【カムカムエヴリバディ】謎の日系アメリカ人 アニー・ヒラカワを森山良子が演じた必然
第21週も終了、あと2週! “朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)もいよいよ佳境である。「驚きの女神」とは誰なのか。日系アメリカ人のキャスティング・ディレクター・アニー・ヒラカワ(森山良子)とは何者なのか。金曜日のクレジットを見るまで森山良子とは気づかなかったほどのサプライズ登場について、演出の橋爪紳一朗さんとチーフプロデューサーの堀之内礼二郎さんに聞いた。
『ラスト サムライ』を参考にしている
――森山良子さんの起用理由を教えてください。
堀之内礼二郎(以下 堀之内)アニーは異邦人としてひなたの人生と時代劇に新しい風を吹かせる重要な人物。年齢は70前後でありながらも、視聴者の方々が初めて出会ったと感じられるような方に演じて頂きたいと考えていました。森山さんは世界中でライブをされていて国際的なコミュニケーションの感覚も豊かですし、森山さんの歌われるジャズはどれも素晴らしいので、英語の発音もきっと大丈夫なんじゃないかと思いました。キャスティングのご相談の際、聞けば、お父さまはジャズトランぺッターで、ルイ・アームストロングとも親交があり、来日したときは通訳もしていたそうで、これはご縁と感じました。森山さん自身もお父さまのご縁も含めてやってみたいと熱意をこめて快諾してくださったんです。
橋爪紳一朗(以下 橋爪) 森山さんには、アメリカから来ている日系人という設定で、アメリカで育って暮らしてきた感じを少し意識して演じていただきました。いつもの音楽とは似て非なる演技の世界に飛び込んでいただいたうえ、ふだんの森山さんのビジュアルとかけ離れていて、セリフは英語だらけという現場で、ご本人も緊張されていたと思います。今回、英語がネイティブの人物を演じるために勉強したうえで撮影に臨んでくださいました。
堀之内 ネイティブに聞こえるように話しながら、繊細なリアクションの演技をされて見事でした。ひなたと茶店で語らうシーンはすばらしかったですよね。
――アメリカでキャスティング・ディレクターをやっているというと、映画『ラスト サムライ』の奈良橋陽子さんが思い浮かびます。
橋爪 アニーはフィクションの中の1人の登場人物であり、ハリウッド映画の話も『カムカム』における1つの物語ではありますが、その肉付けとして奈良橋さんに取材し、『ラスト サムライ』を参考にさせていただいています。
堀之内 奈良橋陽子さんの存在によって、日本人がハリウッドでキャスティング・ディレクターになることのリアリティーや信ぴょう性が増して心強かったです。
――主題歌『アルデバラン』の作詞作曲を手掛けた森山直太朗さんつながりのキャスティングではないのでしょうか。
堀之内 森山直太朗さんが主題歌に関わられたのは、AIさんのチームで依頼されたもので、僕はあとから知りました。その前からアニー役は森山良子さんにお願いできたら素敵だねとチームで話していたので奇跡的な偶然のつながりでした。
参考記事
ドラマ制作の初期から設定されていたアニーという人物がクライマックスをどう彩るか。今後が見逃せない。
『ちりとてちん』に関わっていたときはまだ二十代だった
さて、橋爪さんは第21週が『カムカム』では最後の演出週になる。安子編とひなた編に参加し、安子編で安子が事故にあうシーンなどの衝撃的な回や子ひなたのやんちゃな時代を描いた回が印象的だった橋爪さん。『カムカム』との関わりを振り返ってもらった。
――橋爪さんにとって『カムカム』はどうでしたか。
橋爪 僕は『カムカム』以前、東京局に9年いましたが、二十代のときは初任地で大阪で過ごしました。今回、『カムカム』をやるにあたり、安達(もじり)に声をかけてもらい、3部構成とはおもしろそうだし「ぜひ一緒にやらせてください」となり、2020年の秋に異動しました。ヒロインオーディションの終盤から制作チームに加わって、撮影は東映の映画村のロケセットからはじまり、怒涛のように進んでいきました。るい編の撮影中はひなた編の準備をしていましたが、上白石萌音さん、深津絵里さん、川栄李奈さんと三者三様のヒロインが短期間で入れ替わっていく現場はとても刺激的でした。
堀之内 僕は「ヅメ」と呼んでいますが、橋爪と僕は藤本有紀さん脚本の『ちりとてちん』に参加しているんです。当時、僕は福井局のディレクターをやっていて、朝ドラが舞台になると聞いてちょっとだけ参加させてもらったんです。そのとき、大阪のドラマ班に入って2年めの橋爪から僕はドラマのことを教えてもらったりもしましたし、小浜の海を眺めながらお互い励まし合ったことは忘れられません。
橋爪 小浜の海のことは覚えてませんが(笑)、ふたりとも二十代で若かったですね。あの頃ははじめての朝ドラで右も左もわからず、怒られてばかりでした。
堀之内 『ちりとてちん』はドラマ人としての僕の原点です。今回、三世代のヒロインで100年の物語を描くという大きな挑戦をするに当たり、チーフ演出の安達と一緒に、時には分かれて自分で世界を描ける力のある演出が必要でしたが、様々な経験を経て力をつけた橋爪が参加してくれるということになり、胸が熱くなりました。3部構成のためスタッフもバトンタッチしないといけなかったのですが、安子編は安達と橋爪中心で立ち上げ、安達が2部をやっている間、橋爪には先行して3部の準備をやってもらってうまくバトンタッチできました。ひなた編ではチーフのような役割を果たしてくれました。こういうことは画面には出ませんが、一緒に下積みを経験した橋爪と「カムカム」を一緒にやれたことを個人的に嬉しく感じています。
ーー第21週では、手前に花をあしらうカットが2回ありました。橋爪さんが演出した第5週でも花が手前のカットが印象的でした。
橋爪 僕だけではなくておそらく安達もやっていると思いますが、時代がよく飛ぶし撮影場所も限られているため、季節感を描くためのひとつのアイテムとして花をよく使います。第21週だとストーブやツリーもそのひとつでした。
ーーそういうときは手前に花を置いてとスタッフに要求するのですか。
橋爪 もともと決められたセットに今までなかった場所に急に花が出てくると違和感がありますから、連続ドラマの流れとして成立するかどうかは美術スタッフと相談します。ここは季節感を出したいけどどうすれば良いか。「〇〇を配置しよう」とか「さすがに不自然だろう」とかケースバイケースでやっています。
◯取材を終えて
花や物(もの)越しに画を撮ることは映像手法のひとつだけれど、橋爪さんの花ナメ(花越し)に人物を撮るカットはわりとダイナミックで印象的だった。連続ドラマはたいてい何人かの演出家が参加している。それぞれの個性が少しずつ滲み出てくるところをチェックするのも連ドラの楽しみのひとつである。『カムカム』では下記のスタッフクレジットに記された7人が演出をした。橋爪さんの回は花ナメをはじめとして、安子が事故にあって倒れたところを真俯瞰で撮ったり、本屋から本棚の横面を通って時代劇の撮影所に移動するカットなど、メリハリの効いた画が多く感じられた。
朝ドラは決まったセットが続き同じような画ばかりになって、俳優を有機的に動かすかアングルに凝るかしないと退屈なときがある。橋爪さんは常にそこに工夫していたと感じる。たとえば、第16週、すみれが『破天荒将軍』に出演して大騒動が起きるエピソードでは劇中劇のスタッフたちの顔がしっかり映るカットを選んでいるようで、それはエピソードの内容にふさわしく感じた。
安子編からひなた編を担当された橋爪さん、おつかれさまでした。俳優は安子、るい、ひなたとバトンを受け取って走ったが、演出は何度も何度もバトンを受け取っては渡すことを繰り返し走り続けた。『カムカム』もあと2週。最終週は「見ごたえあるものになった」と堀之内さんは語る。橋爪さんのバトンを第22週は深川さんが受け、演出の最終ランナー安達さんに手渡す。どんなゴールが待っているか楽しみにしている。
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞 石川慎一郎
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」