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井上尚弥は、なぜ亀田和毅を完全無視するのか? その真意を紐解く─

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
年内に2階級「4団体世界王座統一」を目指す井上尚弥(写真:松尾/アフロスポーツ)

2階級「4団体世界王座統一」へ

7月にスティーブン・フルトン(米国、29歳)を8ラウンドTKOで破った井上尚弥(大橋、30歳)は、スーパーバンタム級転向初戦でアッサリと2つの世界王座(WBC、WBO)を手に入れた。

そして年内に、2階級「4団体世界王座統一」に挑むことになる。

相手は、WBA、IBF世界同級王者のマーロン・タパレス(フィリピン、31歳)。すでに両陣営は交渉のテーブルについており、近日中に合意に至る模様。「12月、日本開催」が有力視されている。

井上は、タパレスにも圧勝するだろう。

これまでの両者の試合を見る限り、力の差があると感じざるを得ない。KO決着が濃厚だ。

2階級における「4団体世界王座統一」は、テレンス・クロフォード(米国、35歳/スーパーライト&ウェルター級)に肩を並べる快挙。当分の間、モンスターの勢いは誰にも止められそうにない。

そんな中、「井上尚弥と闘いたい」と声を上げ続けている日本人選手がいる。

WBA世界スーパーバンタム級1位・亀田和毅(TMK、32歳)だ。

長くトップランカーである彼は、WBA同級王者のタパレスへの挑戦権を有していたはず。だが、それは叶わなかった。WBAは、すでに井上vs.タパレスの「4団体世界王座統一」を優先することを表明。亀田に対しては、前王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン、28歳)と対戦することを求め、ここで勝利したならば王者(井上vs.タパレスの勝者)に挑む権利を与える含みを持たせた。

次の試合で王者タパレスと闘いたかった亀田にとっては不遇処置。

それでも、井上がタパレスを破り、亀田がアフマダリエフに勝利したならば、来春に「井上vs.亀田」が実現する目は残る。

ところが、亀田はWBAからの提案を拒否したようだ。

アフマダリエフとは闘わずに、フェザーに階級を戻す。そして、兄・亀田興毅が開く『3150 FIGHT』に出場し転級初戦を闘う計画を立てている。

「井上尚弥と闘いたい。その資格はあるし勝つ自信もある」と発言している亀田和毅
「井上尚弥と闘いたい。その資格はあるし勝つ自信もある」と発言している亀田和毅写真:YUTAKA/アフロスポーツ

なぜ、亀田はWBAからの提案を受け入れなかったのか?

アフマダリエフに勝つ自信がないのか。いや、そうとは限らない。もしアフマダリエフに勝利したとしても井上と闘うことはできないと悟ったようにも思う。それは現時点において、井上が亀田と闘うことにまったく興味を示していないからだ。

亀田家がボクシング界に残した汚点

おそらく井上は、亀田家のボクシングに対する取り組み方を軽蔑している。

興毅、大毅、和毅の亀田3兄弟は、いずれも世界チャンピオンのベルトを腰に巻いた。興毅はライトフライ、フライ、バンタムと3階級を制覇。大毅がフライ、スーパーフライの2階級制覇、和毅も暫定を含めバンタム、スーパーバンタム級王者になった。

「2階級制覇、3階級制覇」といえば聞こえはよい。だが対戦してきた相手選手の名を並べると中身は寂しい限りだ。

これは特に興毅に言えることだが、プロデビューからの数戦は、ほぼ素人のタイ人選手を相手にKO勝利を重ねていた。世界戦でも強い相手に挑んで王座奪取を果たしたわけではない。

(王座が空位になった時を狙って、それほど強くない相手を選ぶのも戦略。KO率の高い選手との対峙は避け、判定に持ち込めばいい)

そう言わんばかりの「勝てそうな相手を選ぶ」露骨なマッチメイクに玄人ファンたちは鼻白んだ。

次男・大毅にしても内藤大助(宮田)戦での目に余る反則ファイトでボクシング界に汚点を残した。あの時、セコンドについていた父・史郎と興毅の声はマイクに拾われていて、それは大毅に反則を促すものだった。ボクシングに対する冒涜である。世界王者としての評価は低く、複数階級を制覇しながら亀田兄弟は一度も「年間最優秀選手賞」に選出されていない。

「強い相手と闘いたい。弱い相手とは組まないで欲しい」

大橋ジムに所属する際にそう条件を付け、ここまでに体現してきた井上尚弥が、亀田家を快く思うはずがない。ファイターとしてのレベル以前に、ボクシングに対する「志」が違うのである。それが井上が亀田を完全無視する理由だろう。

私は以前、井上が2階級「4団体世界王座統一」を果たした後、初防衛戦の相手が亀田和毅になるのではと思っていたが、そのラインはなさそうだ。

ただ、和毅を「亀田家」で括ってしまうのは少し可哀そうな気がする。

彼は兄たちとは異なり、16歳で単身メキシコに渡ってアマチュアの試合を経て現地でプロデビュー。海外を主戦場にし、これまでのキャリアを積んできた。日本で試合がしたくても、父、兄たちが起こした問題の影響で叶わなかった経緯もある。

プロモーション力も乏しかったことからランキングに見合うマッチメイクもされてこなかった。

そんな彼は、井上戦に辿り着く手段は一つしかないと考えたのではないか。

井上は、2階級「4団体世界王座統一」を果たし、幾度か防衛戦を行った後に階級をフェザーに上げる。その前にフェザー級で世界チャンピオンになるしかないと。

階級を上げてくる井上を、和毅が王者として迎える。

そのシチュエーションが生じた時、両者の対戦が実現する─。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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