E-1サッカー選手権 韓国側から観た日韓戦「率直なところ、ここまでで一番力が落ちていた」
ヨム・ギフン「怖くなかった。縦パスの後にバックパスが入ったから」
「率直なところ、今まで対戦した日本のチームの中で一番力が落ちていたと思います」
試合後、68分から投入され1分後に4点目のゴールを決めたヨム・ギフンはそう言った。代表としてのプレーと合わせ、Kリーグの名門スーウォンの一員として毎年のようにアジアチャンピオンズリーグを通じ日本のチームと対戦してきた。これまでも実直に日本評を口にしてきた存在だ。この日もベンチから戦況を眺め、ピッチで直接対戦したからこそ、肌で感じられる部分があった。
「今日の日本はパスのルートが単調でしたから。今までの日本だと横パスで上手くサイドを変えたり、こちらのギャップを作った後にバランスよく縦へのラストパスを通されていた。韓国が一番苦しんできたのは、そこだったんですよ。でも今日は、縦パスの後にバックパスが入ったから、守備陣が対応する時間が合った。あまり怖くはなかった」
同じく試合後には、キム・シヌクや大会MVPイ・ジェソン(チョンブク)にも日本の印象を聞いたが、いずれも上品にまとめたものだった。ヨムのこの発言に最も相手の本音が含まれていた。
17日に行われたE-1最終日の“決勝戦”、男子日韓戦の結果は4-1で韓国の勝利となった。国際Aマッチの日韓戦では38年ぶりのスコアだという。韓国側からこの試合をどう観たのか、現場にて韓国語で直接取材を行った。
強い決意で臨んだ日本戦
来年1月に徴兵に行く元鳥栖のキム・ミヌ(スーウォン)にとって、左MFで出場した日本戦は、入隊前の最後の試合でもあった。試合前にシン・テヨン監督からチームにこんな指示が出ていたことを明らかにした。
「精神的に相手を圧倒すること、そしてセカンドボールを拾うこと」
今年7月に就任したシン・テヨン監督のチーム戦術の輪郭はようやく今年11月10日のコロンビア戦で見え始めた。コンパクトな陣形から、速いボール回しをして相手を崩していく。日本に関する細かい分析より、自らやるべきことをやるという考えだったと取れる。
それよりも”テンション”のほうが重要だった。チームは大きな批判に晒された状態でこの大会に臨んでいた。ワールドカップ最終予選での盛り上がりに欠ける本大会出場決定、10月の欧州遠征での惨敗、11月のコロンビア戦での勝利で持ち替えしたものの、今大会は”渋い”ゲームが続いていた。格下とみなしてきた中国に2-2のドロー、そして北朝鮮相手にオウンゴールでの1-0の勝利。批判が再燃していた。
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日本戦に向けては、「過程より結果」と前日練習で宣言していた。
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チョン・ウヨン「日本戦は世界のどの相手よりも一番重要な試合」
味の素スタジアムのピッチで、韓国代表はその通りの姿を見せた。一部の選手は国歌斉唱で大きな声を出して熱唱。また試合前、ベンチで円陣を組み、大声を上げてピッチへ散っていった。
布陣も「過程より結果」を重視するものだった。
2トップをこの試合のために温存したイ・グノ(カンウォン)と、197センチと長身のキム・シヌク(チョンブク)で構成したのだ。
11月のAマッチコロンビア戦で一気に株を上げたイは日本DF陣に捕まる場面もあったが、キム・シヌクが2ゴールと気を吐いた。
キム・シヌクはKリーグでは09年から現在まで通算283試合出場、112ゴール。ウルサン時代の2012年にはアジアチャンピオンズリーグ優勝の原動力になった。そんなキムの韓国代表での起用は「諸刃の剣」と見られている。2014年ワールドカップ時のホン・ミョンボ監督はこう評していた。「試合中、長身の彼がピッチに入ると、意識しまいと思っても彼を探してしまう。ロングボールを彼に当てようとしてしまう面がある」。
実際にキムは直近の11月のAマッチウィークで招集外となった。この間に韓国代表は結果を残した。いっぽう自身は今季の国内リーグで、チョンブクのターンオーバー制のなか全盛期の約半分の10ゴールに留まっていた。29歳にして評価がやや下がっていたのも確かだ。
しかし、シン・テヨン監督はなりふり構わず彼を先発起用。2ゴールで期待に応えた。13分の1点めの日本DF昌子源を圧倒した高さもさることながら、35分の自身の2点め(チームとしても3点目)も注目に値した。197センチの大型FWが利き足と反対の左足で決めた。なかなかJリーグの長身FWには見られない絵だったのではないか。
現場で取材していたメディア陣から、こんな声が挙がった。
「観た? 試合前にキム・シヌクは大声で顔をくしゃくしゃにして韓国国歌を歌っていたでしょ? ワールドカップに向けて生き残るにはこれが最後のチャンス、という覚悟だった。同タイプのソク・ヒョンジュン(トロア)がフランスでいいプレー(今季6ゴール)を見せているから」
チーム状況の挽回、ワールドカップ行きへの個人の意気込みと合わせ、日本戦への強い意識もあった。23分にFKから無回転シュートを決めたチョン・ウヨンはこう言い切った。
「韓日戦は世界で一番大事な試合。選手の誰もがそれを知っていますから」
ハーフタイムの”井戸端会議”「ハリルホジッチを韓国にください」
ハーフタイム、記者室では韓国記者はこちらの姿を見るや、興奮気味にあれこれと畳み掛けてきた。匿名での本音トークの内容は、こんなところだった。
「ハリルホジッチを韓国にくださいよ! そうしたらいいのに。ワールドカップが終わった後に。よっぽど韓国のほうが合うと思う。日本はスペースを通す精密なパスが最大の売りだったのに、すっかりそういう魅力がなくなった」
「ネットではいっそのこと日本に0―5で負けて、シン・テヨンを解任という書き込みもあったけど、そうはなりそうにないな」
「試合はまだまだ分からないよ。シン・テヨンのチームは後半に集中力が切れることが多いから。特に後半残り20分くらいから」
日本のカメラマンからは「ハリルホジッチはどっちの監督なの?」と話しかけられた。
こちらからは”井戸端会議トーク”の流れで、韓国メディアに対してこう言ってみた。
「3分の日本の先制点のあと、5分に右サイドバックのコ・ヨハンがコケて、その後草サッカーレベルのアフタータックルをやったでしょ? 警告をもらって明らかに浮足立ってた。韓国も先制されて前に出てきたけど、逆に早い時間に彼のところを突けば、展開は違っただろうに。もう警告も貰えないわけで。例えば、彼をベンチに下げて交代カードの一枚をDFで使わせることになれば、それはそれで悪くはない」
すると「確かにあのタックルは幼稚だったな」という返事が返ってきた程度だった。すでに相手に余裕があった。
見逃すべきではない。日本はテストに使われた
後半、少し気にかかるシーンが有った。シン・テヨン監督は69分に韓国の4ゴール目が決まった後、71分に今回のチームの看板選手にして大会MVPを受賞した右MFイ・ジェソンをベンチに下げた。交代で投入されたのが、センターバックのチョン・スンヒョンだった。
同時に、4バックから3バックへと舵を切った。試合後、この背景をシン監督に直接話を聞いた(会見が筆者の質問の前で打ち切られたため、会見会場入口近くで声を掛け、直接話を聞いた)。
――3点差がついたから、余裕があって3バックを試せたという側面はあるでしょうか?
返事は、即答とは言えないものの、概ね質問を肯定するものだった。
「ワールドカップまでの試合すべてで、本大会を想定したシミュレーションをしています。今日もそうだった。ただ、余裕があったから試せたという面はありますよ」
3バック・4バック併用論者のシン・テヨンだが、7月に新監督に就任して以降、3バックはさっぱり使いこなせずにいる。10月のAマッチウィークでのロシア、モロッコとの対戦ではメンバー構成の都合上もありこれを採用したが2試合で7失点と大崩壊。今大会でも第2戦の北朝鮮戦で採用し、無失点で抑えたものの攻撃面ではオウンゴールの1点のみに終わり、火に油を注ぐような結果になったという経緯がある。
この点は記しておかなければならない。
日本は16日の試合で、 韓国にいわくつきのシステムをテストされ、しかも1ゴールも奪えなかったのだ。
韓国ウェブニュースメディアの「ジョイニュース」は試合後、「戦術の多様性も確保。二兎を得た韓国」との見出しを打った。
韓国にとっての今回の日本戦「格好のカンフル剤」
国際Aマッチとしては歴代79戦目となるサッカー日韓戦は韓国の4-1の勝利で終わった。韓国から見れば通算成績は41勝23分13敗。日本戦勝利は2010年5月24日の埼玉スタジアム2002でのゲーム以来だった。
ロシアワールドカップに向かうチームにとっては、とても都合のよいゲームになった。勝利したことで試合自体が格好のカンフル剤となった。去年の10月の前任者時代から続いた国内のサッカー界への批判を、11月のコロンビア戦での勝利で一度は鎮めた。しかしその後の今大会での不振で、批判が再燃していた。現地で取材する韓国記者からは「いずれにせよ、シン監督は茨の道を行く。この時期の解任はさすがにないだろうが、日本に負けたら、より厳しい目に晒される」という話が聞かれた。日本戦は「気持ちの引き締め直し」としては最適だったのだ。試合後、韓国のサッカーコラムニストの第一人者、ソ・ホジョン氏は同国最大のポータルサイトにこんな見出しの記事を寄稿した。「歴史的な日本戦勝利にも、胴上げはなかった」。
注視すべき日韓の「ワールドカップへの成長曲線」
最後に、日韓サッカーを比較分析してきた立場として、日本について言っておきたい。
ワールドカップへ向かう4年間の成長曲線の話だ。平坦か、あるいは上出来の準備をしてきた日本、そして毎度のように揉め、起伏の激しい韓国。しかし最後の半年間での成長曲線で、毎度のように”差される”。また、この歴史が繰り返されるのではないか。16日の東京での敗戦を観て、そんなことを思った。
前回大会もそうだった。日本は2013年11月の欧州遠征でオランダと引き分け、ベルギーに勝利した。いっぽう、韓国はホン・ミョンボ監督就任から半年という段階で、同時期にはUAEでロシア相手に1-2の敗戦を喫していた。しかしワールドカップ本選での両国の結果は同じく1分2敗でさしたる違いがなかった。むしろ韓国が得失点差で1点上回ったくらいだ。
そうやって細かく観ていくと、両国のワールドカップ史で日本が韓国を上回ったことは一度しかない。2010年南アワールドカップ。両国ともにベスト16に進んだが、日本はパラグアイ相手にPK戦まで行ったため、公式記録はドロー。韓国はウルグアイ相手に90分内での敗戦を喫した。決して本大会で韓国と戦っているわけではないが、両国を比較すると見えてくる歴然とした事実だ。
今回の日韓戦で見るべきもの「追い詰められて、勝つ」相手の姿
ハリルホジッチは既報の通り、試合後、「相手のほうが力が上だと分かっていた」「この大会では2つ勝った」と発言した。ベストメンバーが揃わないのだから、参考とすべきではない、とでも言いたげだ。
いやいや、どんな事情であれ、試合が開催される以上はホームでの韓国戦での負けは許されないだろう。こちらが舞台を用意して、相手に踊りに踊られたのだ。選手には相手ほどのサバイバルの気持ちがあったのか? 監督にはそれを取りまとめる求心力があったのか。
ハリルホジッチは前回のブラジルワールドカップでは、アルジェリア代表監督としてメディアと激しい衝突を起こしてきた。激しいトレーニングや国内組軽視発言が反発を買ったのだ。
筆者は韓国のメディアを通じて、当時の姿の話を聞いてきた。韓国とアルジェリアはグループルーグ第2戦で対戦したのだ。この試合前、わざわざアルジェリア記者団のほうから韓国記者団に対して、ハリルホジッチの悪口が「通報」されたという。「大会途中でもいいから、辞めさせたいんだ」と。しかし、最後の最後でグループリーグ突破を決め、ラウンド16ではドイツと戦い、延長戦まで持ち込んだ。評価を一気にひっくり返し、英雄になった。
最後の最後での結果を期待するなら、今は強く批判することが「良薬」。ハリルホジッチの歩んできた道を考えても、16日の日韓戦で得られたポイントとは、そういったものくらいか。
なにせこの韓国は叩かれに叩かれ、追い詰められた状態だったのだから。それを目の前で観た。追い込んで、追い込んで、奮起を促す。ここからの解任がない限り、そういうワールドカップへの道のりとするしかない。