「同性愛は依存症」「LGBTの自殺は本人のせい」自民党議連で配布
今月、自民党議員の大多数が参加する議員連盟の会合で、ある冊子が配られた。そこには「同性愛は精神障害で依存症」など、性的マイノリティに関する差別的な内容が書き連ねられていた。
「同性愛は心の中の問題であり、先天的なものではなく後天的な精神の障害、または依存症です」
「(同性愛などは)回復治療や宗教的信仰によって変化する」「世界には同性愛や性同一性障害から脱した多くの元LGBTの人たちがいる」
「LGBTの自殺率が高いのは、社会の差別が原因ではなく、LGBTの人自身の悩みが自殺につながる」
「性的少数者のライフスタイルが正当化されるべきでないのは、家庭と社会を崩壊させる社会問題だから」
性的マイノリティの権利保障が一向に進まない日本。その背景には、政権与党である自民党が、同性愛嫌悪やトランスジェンダー嫌悪、性的マイノリティに対して差別的な認識を持つ「宗教」組織によって支えられている実態がある。
広まる差別的な主張
冊子が配られたのは、「神道政治連盟国会議員懇談会」の会合。
全国各地の8万社の神社が参加する宗教法人「神社本庁」を母体とする政治団体「神道政治連盟」、その趣旨に賛同する国会議員により構成される議員連盟だ。
懇談会には、262名もの国会議員が会員として名を連ねており、自民党議員の多くが参加。神道政治連盟は自民党政権に強い影響力を与えているという。
先日の会合で配られた冊子のタイトルは「同性愛と同性婚の真相を知る」。弘前学院大学の楊尚眞氏による講演録のようだ。
冒頭、「今日の講演の目的は(中略)性的少数者を卑下したり、軽んじることではありません。性的少数者の人格、尊厳は尊重しなければなりません」と書かれている。
しかし、そのあとに続く言葉は、明らかに「人格と尊厳の尊重」とは真逆の、ヘイトスピーチや憎悪言説と呼べるようなものばかりだった。
例えば、「同性愛は心の中の問題であり、先天的なものではなく後天的な精神の障害、または依存症です。」「しかし個人の強い意志によって依存症から抜け出すことは可能なので、同性愛からの回復治療の効果が期待できる」といった主張がされている。
世界には、宗教的な背景から、同性愛を「病気」とし、電気ショックやカウンセリングなどで異性愛へと無理やり“矯正"しようとする「転向療法(コンバージョンセラピー)」が、今なお行われている国がある。こうした処置は著しい人権侵害であり、カナダのように法律で明確に「犯罪」と規定されているところもある。
日本では、このような暴力的な人権侵害行為は確認されていないが、会で配られた冊子では、転向療法を推奨するような危険な考え方が記載されていた。
WHOは1990年に「同性愛」を精神疾患から除外している。「性同一性障害」についても、2019年に精神障害というカテゴリから外す判断を行った。
アメリカ精神医学会は、2007年に「同性愛者への転向治療は効果がない」ことや、むしろ転向療法によって「うつ病、自殺などが増加する」といった指摘をしている。これに対して冊子では「回復療法をしたから彼らがこのような状態になるのではなく、元々彼らは自分たちの内面に様々な問題を抱えていることに起因する」のだと主張されている。
加えて、「LGBTの自殺リスク」について、「自殺率が高いのは社会的な差別があることが原因かというとそうではありません。LGBTは自分自身が様々な面で葛藤を持っていることが多く、それが悩みとなって自殺につながる」と綴っている。
さらにこう続く。学校で教えるべきは「回復治療や宗教的信仰、又は自然に変化していくことがあり、世界には同性愛や性同一性障害から脱した多くの元LGBTの人たちがいるということ」。
性的マイノリティの自死未遂の割合は、非当事者に比べてLGB(同性愛者や両性愛者等)で約6倍、トランスジェンダーは約10倍高いという調査もある。厚労省が委託実施した職場実態調査でも、性的マイノリティ当事者が、非当事者よりもメンタル不調の割合が高かった。これは明らかに、社会の側に性的マイノリティに対する根強い差別や偏見があるからだ。
転向療法が非科学的であり、危険な暴力行為であることは言うまでもないが、性的マイノリティの自殺率が高い原因は、「本人のせい」であるかのような言説に非常に憤りを覚えた。
同性愛は矯正すべきという危険な主張
さらにこの冊子では、なぜか社会では「同性愛の要因は"遺伝"である」という認識が一般的だという前提にたち、「実は"遺伝"ではなく"後天的"なものだ」という言説を主張する。
確かに、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学による研究では、同性愛に関する「単一の遺伝子」が存在するわけではないという結果を明らかにしている。しかし、これは同時に、複数の遺伝子の関わりが影響している部分もあり「ゲノムから個人の性的行動を予測することは実質的に不可能」「同性愛の性的指向は、個人が生来の人格として持って生まれる不可分の部分だということは、否定されない」としている。
ただ、ここで問題なのは、同性愛などが「遺伝」なのか「後天的」なのか、という議論そのものではなく、この冊子でされている主張が、同性愛は「後天的」なものだから「矯正すべきだ」という危険な論理が展開されていることだ。
例えば、「同性愛の原因について、家庭環境、特に親子関係に問題がある」とし、「同性愛者の母は、子供と密接な関わりを持つ親密な母や子供に対して過度に統制的で抑圧的な母が多く、同性愛者の父は子供との距離感があったり、敵対的、或いは子供に対して否定的な父が多い」と主張する。
さらに「同性愛を擁護する教育をすれば同性愛者は増える」とし、「性的少数者のライフスタイルが正当化されるべきでないのは、家庭と社会を崩壊させる社会問題となる」からと述べている。
同性愛の"原因"が、"家庭環境"にあるとし、同性愛を擁護すると同性愛者は"増え"、"社会を崩壊させる"という論理自体が、明らかに悪質な同性愛者蔑視だ。
「社会を崩壊させる」などと、全く非論理的な主張で性的マイノリティを「スケープゴート」、つまり仮想敵や生贄のように利用し、「家族・伝統を守る」と保守派の支持を集めようとする手法は世界的にもよく見られる。
冊子では最後に、「国連や欧米諸国からも同調圧力がありますが、決して屈することなく、むしろ世界の過ちを正しい方向に導く道徳的な国家になるべきだと思います」と締め括られていた。
日本でも「宗教」は大きく関係している
この講演を行った楊尚眞氏はキリスト教学者のようだ。なぜ「神道」の政治団体でこうした言説が採用されているかという点に疑問を感じるが、残念ながら、宗教的な背景からこうした差別的な主張をする人を説得することは非常に難しいだろう。
問題は、明らかに差別的で問題を多く含む言説が、自民党の国会議員が多く所属する議員連盟で、実際に広められてしまっていることだ。
よく「欧米と違って日本は無宗教なのに、なぜいつまでも同性婚が認められないんですか」という素朴な質問を受けることがある。
もちろん政治の領域がシスジェンダー・異性愛者の高齢の男性という"同質"な人ばかりに偏っている、という点も指摘できる。しかし、今回の神道政治連盟国会議員懇談会で配られた冊子からもわかるように、日本でも宗教に基づく差別によって、マイノリティの人権が侵害され続けている状況がある。
参院選で各政党に対し、さまざまなアンケート調査が行われているが、性的マイノリティに関する法整備について、野党だけでなく与党の公明党も含めて年々賛成の割合が高まっている。たとえば、「みんなの未来を選ぶためのチェックリスト-参議院選挙2022-」でも示されているように、「同性婚」については、党として反対なのは、主要政党のなかで今や自民党だけだ。
朝日新聞の調査によると、昨年自民党が提案し、結局自民党内の強硬な反対によって国会提出が見送りとなった「LGBT理解増進法案」を早期に成立させるべきか、という質問に対して、「賛成」は自民党候補者のうち40%。半数を割ったのは自民だけだという。
これは、自民党議員や候補者一人ひとりの認識を変えたら良いというレベルの話ではない。政党の背後には宗教団体があり、その「票」も含めた影響力が強くあるかぎり、または党として性的マイノリティの権利保障を進めなければ票が集まらないという状況にならないかぎり、この現状を打破するのは難しいとも言える。
そしてこれは性的マイノリティの話だけではない。特に選択的夫婦別姓をはじめ、ジェンダー平等や、家族、子育て、福祉をめぐる政策、または歴史教育や安全保障、憲法改正などの論点にも繋がっている構造的な問題でもある。
性の多様性をめぐって、社会の認識は大きく変わりつつある。しかし、明らかに政治領域だけが一向に変わらず、むしろかたくなに変わろうとしない現状がある。
たとえ保守の立場から"慎重"に進めたいという意識があるとしても、政権政党の中で、ここまで非論理的で事実に基づかない、明らかに悪質な差別的言説を、党内の大多数の議員に配ってしまえるような状況には、驚きを隠すことができない。
このまま性や家族のあり方について、差別や不平等を温存し続ける社会で良いのか。日本社会に生きる市民一人ひとりの行動によって、変えていってほしいと思う。