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国会提出へ最終段階「特定生殖補助医療法案」の深刻な2つの問題

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
(写真:イメージマート)

超党派の国会議員連盟で、第三者の精子や卵子提供により子どもを妊娠出産することのルールを定めた「特定生殖補助医療法案」の最終案が示され、国会提出を目指して各党内で審査がされている。

しかし、法案の内容は、生まれてきた子どもの「出自を知る権利」の保障が極めて弱く、さらに医療の対象から法律婚以外が排除され、医療を提供した病院と医師には刑罰まで規定されようとするなど、深刻な問題が残ったままだ。

このまま法案を成立させて良いのか、特定生殖補助医療法案の問題点を整理したい。

そもそも生殖補助医療とは?

法案では第三者から提供された精子・卵子を用いた生殖補助医療を、「提供型特定生殖補助医療」と規定。方法は、主に病院で精子を子宮に注入する「人工授精」や、体外で精子と卵子を受精させた受精卵を子宮に戻す「体外受精」などがある。

これまでのルールは?

これまで生殖補助医療をめぐる法律はなかった。

日本産科婦人科学会が独自にガイドラインを定めており、例えば提供精子による人工受精は法的に結婚した夫婦のみ、一人の提供者の精子から生まれる子どもは10人以内といったルールが示されている。一方で、学会から外れ独自に生殖補助医療を提供するクリニックもあるという。

国がルールを定めるべきだという声もあったことから、2020年に第三者の精子や卵子で生まれた子どもの親子関係を定めた「生殖補助医療法」が、超党派の議員立法により成立した。

中身は「出産した人が母」「法的な夫が父」といった民法の親子関係の整理で、生殖補助医療の具体的なルールは「2年をめどに検討」と明記された。

この法律をもとに、超党派の国会議員連盟が生殖補助医療のルールを定める「特定生殖補助医療法案」を作成。国会に提出するため各党に法案を持ち帰り審査するという最終段階に入っている。

法案はどんな内容?

今回の法案は、「提供型特定生殖補助医療の実施と情報の管理」についてや「生まれてきた子どもの出自を知る権利」について定めている。

例えば、国が精子・卵子の供給や生殖補助医療を実施する医療機関の「認定制度」を設け、精子・卵子の提供を求める人とをマッチングするあっせん機関は、国による「許可」を必要としている。

提供者の情報は、国が委任する「国立成育研究センター」が管理することになっており、提供者や提供を受けた夫婦、生まれてきた子どもの情報を100年間保存することが定められている。

加えて、精子・卵子提供により利益を受けることを禁止。違反した場合には罰金や拘禁刑などの罰則(刑事罰)が設けられている。

代理出産についても禁止とされている。妊娠出産は、場合によっては命の危険につながり得る行為だが、代理出産は経済格差による身体の搾取へと繋がりやすい側面もあるなど、精子提供などと同列で語ることはできない。

生殖補助医療をめぐっては、確かに医療業界の自主規制ではなく、国が一定のルールを定めることが必要だろう。生殖医療のビジネス化は身体の搾取や生命の危機にも繋がりやすいため、罰則を設けた強い法整備は重要と言える。生まれてくる子どもの権利を第一に、安全に子どもを妊娠出産できる体制が早急に整えられてほしいと思う。

しかし、残念ながらいまの内容では、特に二つの深刻な問題があり、法案を成立させるべきではないのではと考える。

特定生殖補助医療法の問題点①(筆者作成)
特定生殖補助医療法の問題点①(筆者作成)

問題点①「生まれてくる子どもの出自を知る権利の保障が極めて弱い」

法案の趣旨には、生殖補助医療により生まれた子が「自らの出自に関する情報を知ることに資する制度」を設けるとしている。しかし、実際には出自を知る権利が保障されているとは言えない内容になっている。

生まれてきた子どもは、成人(18歳)になるまで精子・卵子提供者の情報を知ることができない。親も提供者の情報開示を求められない。

得られる情報も「年齢」や「血液型」「身長」等のみで、「個人“非”特定情報」しか得られないーーつまり提供者個人を特定する情報は得られないという。個人を特定する情報については、提供者が拒否した場合、開示することはできない。

これで「出自を知る権利が保障されている」と言えるのだろうか。

もし生まれてきた子どもが18歳になるまでに自身の出生について疑問を持った場合、成人になるまでは何の情報も得られない。18歳になったとしても、提供者が拒否したら個人を特定できる情報は得られない。

これでは、「私は何者なのか」と一生葛藤し自らのアイデンティティに悩み苦しんでしまうのではないだろうか。

また、得られる提供者の情報が身長や血液型、年齢等と限られるのであれば、親が遺伝性の疾患や体質、アレルギー、病歴などを知ることが難しく、必要な時に病院で伝えることができないという問題がある。

医療業界の自主規制ではなく、国のルールが必要だと述べたが、もしこの法案が通ると、むしろこれまで自主的に子どもの出自を知る権利を守ってきた医療機関にとっては、それが制限され、権利保障が後退してしまう可能性もあるのだ。

特定生殖補助医療法案の問題点②(筆者作成)
特定生殖補助医療法案の問題点②(筆者作成)

問題点②「事実婚女性や、女性同性カップル、シングル女性等が排除。医療を提供した病院に刑罰」

今回の法案では、提供型特定生殖補助医療を受けられる対象は、法律婚をした夫婦に限定され、事実婚の女性や、女性同性カップル、シングルの女性など、妊娠出産を望む人たちが排除されてしまう。

もし、こうした人たちに医療を提供した病院と医師は、1年以下の拘禁刑、もしくは100万円以下の罰金、またはその両方が科される可能性があるという。

これは、安全に子どもを産みたいと思う人たちが医療から排除され、危険に晒される可能性が高まってしまう。

それだけでなく、もし医療機関がこうした人たちの妊娠出産をサポートした場合、女性や子どもに直接罰則が適用されなくとも、生まれてきた子どもに対し、犯罪行為によって生まれたかのような大きな傷を与えるのではないか。

さらにいえば、すでに法律婚以外のカップルなどから生まれている子どもたちも、「あと数年生まれる時期が違ったら、自分は犯罪行為によって生まれた子どもになってしまっていたんだ」と、大きな傷を負うことになりはしないだろうか。

これでは、出自を知る権利どころか、出自を知ることで傷を負わせる法律になってしまう。

現状、女性同性カップルのなかには、SNSで募った提供者からの精子を、シリンジを使って自力で子宮に注入し、子どもを妊娠出産している人がいる。しかし、そのなかには執拗に精子提供者から性交渉を迫られたというケースもあり、感染症や遺伝病のリスクもある。

医療から排除するのではなく、むしろ適切に医療へとアクセスできることで、性暴力の防止、感染症の検査、提供範囲のコントロール、そして何より母子ともに安全な妊娠出産へと繋げることができるのではないだろうか。

現状の法案では、子どもを望む女性と、出産した子どもを、さまざまな角度からより危険に晒してしまう可能性がある。

子どもの権利と福祉を第一に

生殖補助医療の議論では、よく親のエゴではといった批判が起きるが、だとしたらそもそも性行為によって子どもを持つことも含めて、全てのケースが親のエゴになるのではないだろうか。しかし、だからこそどんな形であっても、生まれてくる子どもの権利や福祉が何よりも第一に守られるべきではないかと考える。

現状の法案では、子どもの出自を知る権利が保障されているとは言えない。さらに、親が法律婚をしているかどうかで、子どもが安全に生まれることができるかが恣意的に分けられてしまっており、明らかに子どもの福祉に反する内容になっている。

法案の考え方の背景には、「家族というのは『父と母と子ども』の形でなければ幸せにはなれない」という家族観に基づく偏見や差別意識も垣間見られる。

少子化を問題視し、国が産めよ増やせよと号令をかける一方で、「望ましい家族の形」に当てはまらなければ排除し、子を産ませないようにする。誰が子どもを産んで良いか、産んではないけないかという資格を管理する考え方は、「SRHR(性と生殖の健康と権利)」の視点からも著しく問題があり、人の生まれや血統のつながりを、子どもには提供を保障しないが、把握しコントロールしたいという、復古的な家父長制を彷彿とさせる。

議員立法を審議するには、基本的には全政党・会派の賛成が必要になる。超党派の国会議員連盟で示された最終案は、現在各党の党内審査へと進んでいる。このまますべての党で審査を通過した場合、法案は国会に提出され、大きな疑問を残したまま成立してしまう可能性がある。

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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