イスラーム国はなぜイスラエルではなくその敵にテロや攻撃を仕掛けるのか?:狙われるシリア
イスラエルがパレスチナや周辺諸国に攻勢をかけると、イスラーム国は、イスラエルやその支援国である欧米諸国ではなく、イスラエルと敵対する国でテロを行う――不可解な現象ではあるが、これが現代中東、あるいは世界の現実である。
拡大する戦火
昨年10月7日のパレスチナのハマースによる「アクサーの大洪水」作戦開始とそれに伴うイスラエル軍によるガザへの大規模攻撃(イスラエル・ハマース衝突)が、周辺諸国にも波及していることは周知の通りだ。
レバノン北部とイスラエル南部では、イスラエルとヒズブッラーが主導するレバノン・イスラーム抵抗による戦闘が続いている。
シリアでは、イスラエルがダマスカス国際空港やアレッポ国際空港といった民間施設への爆撃を繰り返す一方、占領下のゴラン高原と隣接するシリア政府支配下の兵力引き離し地域でも、イスラエル軍とシリア・ゴラン解放抵抗などの民兵による砲撃戦が散発している。またユーフラテス川以東では、「イランの民兵」として知られる武装勢力が、違法駐留を続ける米軍(有志連合)基地に対してロケット弾や無人航空機(ドローン)で執拗に攻撃している。
「イランの民兵」、あるいは「シーア派民兵」とは、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘してきた民兵の蔑称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。シリア政府側が「同盟部隊」と呼ぶこれらの組織は、対イスラエル抵抗闘争の文脈において「抵抗枢軸」と呼ばれる、シリア、ヒズブッラー、そしてイランを軸とする陣営の一翼を担っている。
イラクでも、イラク人民動員隊に属するヒズブッラー大隊などからなるイラク・イスラーム抵抗がアンバール県、アルビール県にある米軍基地へのロケット弾やドローンによる攻撃を繰り返している。
このほか、イエメンのアンサール・アッラー(蔑称はフーシー派)は、紅海南のバーブ・エル・マンデブ海峡でイスラエルに向かう船舶の航行阻止を試みているほか、イスラエルのエイラートなどへのドローンや巡航ミサイルでの攻撃を行っている。
周辺諸国での戦闘は、イスラエルによる攻撃の激化を招くだけでなく、イスラエルを支援しているとして標的となっている米軍(有志連合)による報復爆撃を招いている。
活発化するイスラーム国の活動
こうした暴力の連鎖を利するかたちでにわかに活動を活発化させているのがイスラーム国である。
アル=カーイダの系譜を汲むイスラーム国(ただし2014年にアル=カーイダと絶縁)は、シオニストと(新)十字軍、すなわちイスラエルと欧米諸国を主敵とみなしている。それゆえ、イスラエルと周辺諸国での緊張や混乱に乗じて、イスラエルや欧米諸国に対するテロを行うように思える。
しかし、今年に入って、イスラーム国はイスラエルと敵対する国でテロを繰り返すようになっている。
1月3日、イランのケルマーン市にある殉教者墓地付近で爆発事件が発生し、103人が死亡、188人が負傷した。この事件に関して、イスラーム国は1月5日、殉教志願する2人の兄弟、ウマル・ムワッハドとサイフッラー・ムジャーヒドが、ケルマーン市にあるガーゼム・ソレイマーニーの墓地の隣にある「ラーフィド派偶像崇拝者」(シーア派のこと)の大規模集会に対して自爆ベルトを爆発させ、ラーフィド派偶像崇拝者300人以上を殺害したとする犯行声明を出した。
ガーゼム・ソレイマーニーとは、イラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団の前司令官であり、2010年代後半にシリアやイラクにおいて、シリア軍、イラク軍、そしてロシア軍とともにイスラーム国に対する「テロとの戦い」に参加した「イランの民兵」を実質的に指揮していた人物であり、イスラーム国にとっては仇敵である。このソレイマーニーは、2020年1月3日、有志連合を率いて、同じくシリアとイラクで「テロとの戦い」を推し進めていた米軍によってイラクで暗殺された。イスラーム国は、イランにとって屈辱の日、米国にとって殊勲の日である1月3日にソレイマーニー廟近くでテロを敢行することで、イスラエルと対峙する「イランの民兵」の後ろ盾であるイランにさらなる屈辱を味わせたのだ。
狙われるシリア
だが、イスラーム国のテロがもっとも激しさを増したのは、イランと「イランの民兵」を架橋する前線国家であるシリアにおいてであった。
イスラーム国は1月4日、ケルマーン市での爆破テロへの犯行声明と併せて、アブー・フザイファ・アンサール報道官によるとされる音声声明を発表した。
コーランの一節を引用し、「彼らに会えば、どこであってもこれを殺せ」と題された声明は、パレスチナのイスラーム教徒に対するイスラーム国の姿勢が、他のイスラーム諸国のイスラーム教徒と同じだとしたうえで、その後半部分において、世界中の戦闘員に対して、「地上のすべて、そして空の下で、ユダヤ人、十字軍、彼らと同盟する犯罪者を標的とする」よう動員令を出すという内容だった。だが、その大部分は、抵抗枢軸への批判によって彩られていた。
声明では、抵抗枢軸を「幻想の枢軸」と呼んだうえで、イランがパレスチナ諸派を代理戦争に引き込んでいると非難、イランがパレスチナ解放の主導権を握り、救世主、庇護者として立ち現れてしまっていると疑義を呈した。また、イランの歴史は、イラク、シリア、レバノンのいずれにおいても、特にパレスチナ人に対する「犯罪」に満ちていたと断じた。
批判はヒズブッラーにも向けられ、声明はヒズブッラーの活動がイランの計画を完遂するための「厚意」に過ぎないと非難した。
そのうえで、ハマースについても、宗教ではなく、愛国主義(パレスチナ・ナショナリズム)に基づいて戦おうとしていると異議を唱えるとともに、「西岸やガザが米国のパトロンに統治されていることと、イランのパトロンに統治されていることには違いはない」と指摘し、イランとの協力関係の再考を促した。また「イスラエルとだけ戦うことでは、正しい道を進んでいることは示せない」と主張、ハマースのメンバーに組織に所属することを再検討するよう呼びかけた。
この声明を聞いたイスラーム国のメンバー、あるいは支持者がどのようにこれを解釈したのかは知る由もない。だが、彼らがとった行動は、イスラエルや欧米諸国への敵意ではなく、シーア派、あるいはイランへの憎悪に基づくものであり、その矛先は「アラウィー派(蔑称はヌサイリー派)の独裁」とイスラーム国(そして欧米諸国)が指弾してきたシリアに向けられた。
イスラーム国は今年に入ってから、シリア政府の支配地で以下のようなテロ、攻撃を繰り返した。
〇1月1日、ダイル・ザウル県のクサイバ油田、マズラア油田、ハラータ油田一帯のシリア軍と国防隊の陣地複数ヵ所を襲撃、石油輸送を担うカーティルジー・グループ社の車列の警備要員1人を殺害し、3人を負傷させ、1人を拉致。
〇1月2日、ダイル・ザウル県ティブニー町近郊の砂漠地帯でシリア軍と国防隊の陣地や拠点を襲撃、9人を殺害、20人以上を負傷させる。
〇1月2日、ダイル・ザウル県ドゥワイル村西の砂漠地帯にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の陣地複数ヵ所を襲撃、シリア人4人を殺害、3人を負傷させる。
〇1月6日、ヒムス県タドムル市近郊の砂漠地帯でシリア軍や国防隊の陣地複数ヵ所を襲撃し、兵士4人を殺害、複数人を負傷させる。
〇1月7日、ダイル・ザウル県マヤーディーン市でシリア軍第4師団の兵士1人を襲撃し、殺害。
〇1月9日、ヒムス県タドムル市南の砂漠地帯を通る街道を移動中の寝台バスを襲撃し、シリア軍兵士14人を殺害、19人を負傷させる。これに関して、イスラーム国はシャーム州の名で声明を出し、ヒムス県スフナ市西で「ヌサイリー背教者軍」の車輛を要撃し、兵士5人を殺害、車輛を燃やしたと発表。
〇1月9日、ハマー県との県境に近いラッカ県西部の砂漠地帯でシリア軍と国防隊を襲撃し、シリア軍士官(少尉)1人を含む5人を殺害。
〇1月9日、ダイル・ザウル県カバージブ村近郊の砂漠地帯に展開するシリア軍第137旅団の陣地複数ヵ所を襲撃し、兵士2人を殺害。
これらのテロや攻撃を、1月9日付のアラビア語版スプートニクの報道のように、米国(そしてイスラエル)がイスラーム国を陰に陽に支援してシリアを混乱に陥れている、というような陰謀論をもって示唆的に解釈することも不可能ではない。
だが、シーア派(あるいはアラウィー派、イラン、シリア)への憎悪に裏打ちされているこれらの行動を可能としている遠因として、イスラエルとの戦闘への注力を余儀なくされている抵抗枢軸の治安維持能力の限界(あるいは低さ)があることは看過されるべきではない。
すなわち、レバノン南部・イスラエル北部、ゴラン高原、ユーフラテス川以東、イラクにおけるイスラエル軍や米軍との対決に、抵抗枢軸(とりわけシリア政府)がこれまでイスラーム国の封じ込めに割いてきた人員や資源を振り分けざるを得ない現状が、イスラーム国の台頭を誘っているのである。