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【トランプのアメリカ】ドル単独主義が戻ってくる おののく世界

木村正人在英国際ジャーナリスト
世界がトランプに振り回されている(写真:ロイター/アフロ)

「あなたたちは問題視するかもしれないが、ドルは私たちの通貨だ」

トランプ米大統領の誕生が現実となり、ダッシュボードの計器類が右に左にくるくる回り始めています。不動産王のトランプは成長最優先のアメリカニズム(米国第一)を掲げ、国際協調は二の次です。基軸通貨ドルの通貨政策も一国主義(単独主義)に大きく舵を切るでしょう。「財政均衡・金融緩和」から「財政拡張・金融引き締め」にトレンドが変わる可能性があります。

英紙フィナンシャル・タイムズの元欧州担当で現在、独立系金融・経済プラットフォームOMFIFのデービッド・マーシュ最高業務責任者が「ドル単独主義が戻ってきた」というコラムで次のように考察しています。トランプ・ショックで欧州は大きな打撃を受ける恐れが膨らんでいます。崩壊を防ぐために欧州連合(EU)は結束できるのか、瀬戸際に立たされています。

マーシュがドル単独主義の前例として挙げるのは、

(1)1971年のニクソン・ショック、ドルと金の兌換を一時停止、ニクソン米大統領の中国電撃訪問

(2)1980年代前半のボルカー・ショック、カーター、レーガン時代、連邦準備制度理事会(FRB)のボルカー議長による急激な金融引き締め

(3)2008年のリーマン・ショック、世界金融危機の引き金になったブッシュ時代のリーマン・ブラザーズ倒産

――の3つです。

ニクソン時代の財務長官ジョン・コナリーは交渉相手国に対し「あなたたちは問題視するかもしれないが、ドルは私たちの通貨だ」と言ってのけました。欧州はニクソン・ショックに振り回された経験から、独自の経済通貨同盟(EMU)と単一通貨ユーロを作りました。

トランプは2018年に任期切れとなるFRBのイエレン議長を交代させる意向を示しています。トランプノミクスの減税と大型インフラ投資はハイインフレを引き起こすでしょう。「長期的にみるとドルは通貨高と通貨安の間を振れ、脆弱性を増す」とマーシュは予測しています。

トランプが米大統領選に勝利してから欧州や米国の国債金利は急騰し、ユーロ圏のインフレ期待も上昇しています。このため2017年3月以降も欧州中央銀行(ECB)の量的緩和を延長することに反対する声が強まってくるでしょう。

12月8日にECBが量的緩和の今後について決定する直前に、トランプ・ショックはECBの国債買い入れプログラムをぶち壊しにする可能性があるともマーシュは指摘しています。

筆者の見立て

ニクソン・ショック、ボルカー・ショック、リーマン・ショックに続くトランプ・ショックは予測不能です。ベテラン経済アナリストやジャーナリストの分析も右に左に大きく振れています。ただマーシュが言うように今後、基軸通貨ドルは国際協調的ではなく、内向きの単独主義的に動くのは間違いないでしょう。

減税、財政出動による内需拡大はハイインフレと長期金利の上昇を招き、もしイエレンを更迭すれば金融引き締めに転換という強烈なシグナルになるかもしれません。

財政出動を伴わない量的緩和は株式や不動産といった資産バブルを引き起こし、富裕層を潤わせました。しかし、その一方で住宅費の高騰で庶民の可処分所得を減らし、格差を拡大させる大きな原因になってしまいました。反エスタブリッシュメント(支配層)、反エリートを原動力とするポピュリスト政治家は中央銀行を標的にし、その独立性を脅かしています。

欧州はトランプのアメリカニズムによる最大の犠牲者にされる恐れが大きくなっています。EUの崩壊とロシアの介入を防ぐためには、財政統合を進めるユーロ共同債を発行してユーロ圏とEUの結束を固め、独自の防衛力を強化することが急務です。

しかし現実は量的緩和策をめぐるECBとドイツなど債権国の対立が深まり、英国のEU離脱決定、米大統領選のトランプ勝利でポピュリズムが欧州で勢いを増しています。

イタリアの憲法改正国民投票、オランダ総選挙、フランス大統領選、ドイツ総選挙で既成政党と新興のポピュリズム勢力が反エスタブリッシュメント、反エリートを対立軸に激突します。

ブラックユーモア

ファラージ(右)のツイートから
ファラージ(右)のツイートから

トランプが米大統領選で勝利した後、真っ先に会った海外の政治家は、反EU、反移民を叫んで英国のEU離脱決定をリードした英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首です。

第二次大戦を勝利に導いたルーズベルト、チャーチルの米英「特別関係」は今やトランプ・ファラージの「ポピュリスト関係」に変わってしまいました。ファラージがツーショットをツイートしていますが、もう恐ろしくて笑うしかないブッラクユーモアの世界です。

IMFの世界経済見通し(16年10月)から主要国の名目GDPを見てみましょう。ロシアのプーチン大統領はクリミア併合などウクライナ危機、シリア内戦で武力行使も辞さない強い姿勢を示しましたが、経済力が伴わないことが一目瞭然です。だから日本に接近し、経済協力を取り付けようとしています。

出所:IMFデータより筆者作成
出所:IMFデータより筆者作成

トランプ大統領が北大西洋条約機構(NATO)欧州同盟国に対して集団防衛義務を果たすと明言するか否かはまだ霧の中です。このためプーチンが東欧やバルト三国など旧共産圏諸国に揺さぶりをかけてくるリスクが大きく膨らんでいます。

プーチンはトランプと中国の習近平国家主席の間でブローカー的に動きたいのではないでしょうか。ルーズベルト、スターリン、チャーチルで第二次大戦後の戦後秩序を決めたヤルタ会談のチャーチルの役割をプーチンは務めるつもりだと筆者は思います。

皮肉な話ですが、ロシアと敵対した民主党のオバマ大統領やヒラリー・クリントン前国務長官より、トランプの方が人道的ではないとしても世界秩序を安定させる可能性があります。

同

為替や物価の影響を除いた購買力平価(PPP)で見た世界経済に占めるGDPの割合を見ると日米欧の経済力が落ちる一方なのに中国がどんどん力をつけていることが分かります。筆者には共和党のチーム・トランプが「弱いドル」を志向するとは思えません。そんなことをすると米中逆転が早まってしまうからです。

皆さんはどう思われますか。

いずれにせよ、米大統領選は一夜にして世界の勢力図を一変させてしまいました。トランプ大統領の誕生で環太平洋経済連携協定(TPP)の成立は厳しくなりました。確実なのは中国がアジア地域でさらに影響力を増してくることです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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