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世界に挑むジャパニーズ・サムライ ~ボクシングトレーナー編~

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
統一ヘビー級王者、アンディ・ルイス・ジュニアを指導したマニー・ロブレス(写真:ロイター/アフロ)

 2006年7月22日、WBAスーパーフライ級王者だったマーティン・カスティーリョは、名城信男に10回TKOで敗れ、タイトルを失った。

 西尾誠の目には、歓喜に沸く名城以上に、カスティーリョのトレーナー、マニー・ロブレスの動きが気に掛かっていた。

 メキシカンであるカスティーリョのリズム、バランスの良さ、打ち終わった直後のディフェンスの意識。ロブレスは基礎の教え方が素晴らしいと感じた。以来、いつかロブレスの下で修業したいと思っていた。

 ライト級の6回戦選手として2005年に現役を終えた西尾は、サラリーマンを経て、トレーナーとなる。選手を指導する立場になってからは、いつもロブレスのことが頭にあった。

写真:本人提供
写真:本人提供

 月日が流れた2019年2月、西尾はSNSでロブレスに連絡を入れる。「あなたの下でトレーナーとして学ばせてください」。

 すると呆気ないほど簡単に道が拓けた。

 「いいよ! いつでもLAの私のジムにおいで」。そう、ロブレスが返信して来たのだ。2019年4月、西尾は海を渡る。LAXエアポートからはウーバーを利用して、ロブレスが待つノーウォークの「Legendz Boxing Gym」まで移動した。

 

 1971年4月11日生まれのマニー・ロブレスは、6歳の時、両親と共にメキシコからアメリカ合衆国に移り住んだ。所謂、不法移民である。

 ロブレスは語る。

 「父と母は、より良い生活を求めて、アメリカに入国した。とはいえ、6歳児にとって、どれほどの困難が伴ったか想像出来るかい? 見知らぬ地、国、言葉はまったく通じない。学校に行っても、全員が英語で話し掛けて来る。満足な教育なんて得られやしなかった。それはつまり、まともな職にも就けないってことさ。学も無い、履歴も無い、ソーシャルセキュリティーナンバーも無い、ただの不法移民だったよ」

 ロブレスの父は名を知られたボクシングトレーナーだった。見様見真似で、ロブレスもトレーナー修業を開始する。

 「すべてを父から教わった。父は相談相手であり、道標であり、師であり、親友だった。彼が2007年の3月3日に亡くなった時は、私の人生そのものが壊れたよ。仕事も家も失った…。でも妻が支えてくれた。

 妻も同郷の人なんだ。彼女が先にアメリカ市民となったことで、私も34歳にしてアメリカのパスポートを得られた。有難いことだね」

写真:本人提供
写真:本人提供

 ロブレスのジムには、元WBOバンタム&WBCフェザー級王者のジョニー・ゴンサレス、27戦全勝21KOのWBOフェザー級チャンピオン、オスカル・ラファエル・バルデス、2019年6月1日にアンソニー・ジョシュアを7回KOで下して、WBA/IBF/WBOヘビー級チャンピオンとなるアンディ・ルイス・ジュニア、18勝1敗のロブレスの息子らが汗を流していた。

 西尾にとっては、何もかもが新鮮だった。

 「日本の選手に比べて、メキシコ系のファイターは頑丈ですね。ただ、それはトレーニングによるものです。日本人はテクニックを磨くことばかりに気を取られているなと感じました。

 具体的には、1~2kgのダンベルを持って連打のシャドウボクシングを30秒やって、20m~30mのダッシュをし、その後にサンドバッグを30秒打つ、なんていうメニューをこなします。また、パワー全開で30秒サンドバッグを打ち、次の30秒はスピードのあるコンビネーション重視、その次は足を使って30秒という計1分半のトレーニングを3~4セットやって、持久力を付けるとか。1.5Kgのメディシンボールを壁や地面に叩きつけることもやっていました。闘える体のベースを作ることに重きを置いていますね」

 西尾はその後も頻繁にLAでのトレーナー修業を重ねる。

写真:本人提供
写真:本人提供

 「ご存知のように、アンディ・ルイス・ジュニアは昨年12月のジョシュアとの再戦で敗れました。統一世界ヘビー級チャンピオンとなったことで、パーティー三昧の日々を送っていたんです。キャンプに入ってからも、あそこが痛い、ここが痛いと週に4回くらいのトレーニングしかせずに初防衛戦を迎えました」

 新チャンピオンには色々な人間が群がり、そんな輩と付き合うなかで、ルイスは朝、起きることができなくなっていく。きちんと準備すれば、リターンマッチでも勝てた筈だと、ロブレスは振り返る。

 「マニーは試合前から『奴とは今回限りだ。魂の無い選手とは一緒にやれない! 選手もトレーナーも魂があって初めて共に闘える』と話していました」

 現在、角海老宝石ジムに所属する西尾は、ロブレスから吸収したことを現場で活かそうと努めている。

 「マニーのメニューをそのまま日本人選手にやらせてしまったら、壊れてしまうケースもあるでしょう。そこは柔軟に考えています。メキシコ系の選手たちは、あまり階級を考えずにスパーをしますが、日本人は1階級上でも『ちょっと考えます』っていう反応が見えますね。Legendz Boxing Gymでは、アマチュア選手でも4~6ラウンドのスパーを一週間に3日こなすのが普通ですが、いきなり日本人選手にそんなメニューを与えたら、体に支障が出るように思います。ですから、上手く一人一人の選手にアレンジすることが大事です」

撮影:著者
撮影:著者

 トレーナーの仕事は決して日進月歩ではない。「辞める日まで、日々勉強ですよ」と西尾は言う。

 新型コロナウイルスの影響でジムが休止中の今、西尾は過去のノートを読み返し、DVDやYouTubeでアーロン・プライヤー、マルコ・アントニオ・バレラ、フェリックス・TITO・トリニダード、オスカー・デラホーヤ、リカルド・ロペス、カネロ・アルバレス、西岡利晃等の映像を見て研究中だ。

 「それと、ベランダで毎日10ラウンド縄跳びをし、かつ担当している選手に近いスタイルでシャドウボクシングをしています。色々なバランスを感じたり、何か新しい発見が見つかればいいなと思って、遊び感覚でやっています(笑)」

 師から学んだ“魂の入った指導”に注目だ。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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