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今年も「満腹」にしてくれた、テレ東の「グルメドラマ」たち

碓井広義メディア文化評論家
『孤独のグルメ』松重豊さん演じる井之頭五郎(番組サイトより)

深夜の「グルメドラマ」はテレビ東京のお家芸。

今年もまた、何本もの作品が登場し、見る側を満腹にしてくれました。

愛する仕事と町中華

『ザ・タクシー飯店』主演・渋川清彦

『ザ・タクシー飯店』の八巻孝太郎(番組サイトより)
『ザ・タクシー飯店』の八巻孝太郎(番組サイトより)

昔から「安くておいしい店はタクシードライバーに訊け」と言われてきました。

街なかを流しながら、休憩時間に立ち寄った店で食事をする彼らは、味、値段、そして店の雰囲気にも敏感だからです。

『ザ・タクシー飯店』の主人公・八巻孝太郎(渋川清彦)は、クルマで走ること自体が大好き。

さらにもう一つ、偏愛しているのが町中華です。

たとえば、東京・志村坂上の「丸福」。偶然入ったにもかかわらず、一瞬で店に馴染む感じが町中華の達人っぽい。

見知らぬ客との小さな交流を楽しみ、注文した「チャーハン」と「きくらげ玉子炒め」をじっくりと堪能します。

食べながら「たまらん、おかずとチャーハンのエンドレスループ!」と心の中でつぶやくあたりは、『孤独のグルメ』へのオマージュでしょうか。

そこに「人生は選択の連続。自分が正解と思えば正解なんだよな」といった、八巻らしい言葉が加わります。

在京キー局の連ドラ初主演という渋川さんですが、どこか訳あり風でいて、仕事と食にこだわりを持つ男がよく似合う。

車中での客とのやり取りも含め、しっかり「人間ドラマ」になっていました。

飯テロならぬ、「酒テロ」ドラマ

『晩酌の流儀』主演・栗山千明

『晩酌の流儀』の伊澤美幸(番組サイトより)
『晩酌の流儀』の伊澤美幸(番組サイトより)

『晩酌の流儀』のテーマは、「家飲み」を極めること。

不動産会社に勤務する伊澤美幸(栗山千明)は、一日の終わりに、おいしく酒を飲むことを最上の喜びとしています。

そのためには努力を惜しみません。まず、定時退社したいので、集中して仕事をします。

次が最高の状態で酒と向き合うための「準備」で、それがサウナだったりする。

さらに、スーパーで安くて旨い食材を買う。

モットーは「家飲みで一番大事なのは、最小のコストで最大のパフォーマンスを出すこと」。

帰宅後の手早い料理で、「しめさばカルパッチョ」や「麻辣にら玉」などが食卓に並びます。

そして最大の見せ場が、待望の1杯目。

まるで恋人を見るような目で、ビールが注がれたグラスを見つめ、やがて静かに、しかし情熱的に黄金色の液体を喉に流し込む。

そして2杯目。

美幸は「これが私の流儀だ!」と宣言し、別のグラスを冷蔵庫から取り出します。

適度に冷えた状態のグラスで飲み続けたいんですね。

番組冒頭、美幸が「ドラマを見終わった後、あなたもきっと、お酒を飲み始める」と宣言します。

まさにその通り。飯テロならぬ、完璧な「酒テロドラマ」でした。

食との出会いは一期一会

『絶メシロード season2』主演・濱津隆之

『絶メシロードseason2』の須田民生(番組サイトより)
『絶メシロードseason2』の須田民生(番組サイトより)

『絶メシロードseason2』の主人公は須田民生。

演じたのは前作同様、映画『カメラを止めるな!』の濱津隆之さんです。

絶メシとは、「絶滅してしまうかもしれない絶品メシ」のこと。

地方の町に長くひっそりと生息する、枯れた店でしか出会えない味です。

そんな絶メシを求めて、民生は週末になると1泊2日の旅に出る。

金曜の夜、クルマで出発して現地で車中泊。

翌日の土曜、自分のカンを頼りに絶メシを見つけて味わい、夜には自宅に戻ってくる。

登場するのは、全て実在の店です。

千葉県鴨川市の「真珠の庭」は、歴史を感じさせる外観と店内。

女将さん(藤田弓子)の「ガードを突き破って懐に飛び込んでくる接客」も昭和っぽい。

注文した「金目鯛の煮魚定食」は煮汁がしっかり染みており、甘みと生姜のバランスも抜群。

追加で頼んだ「車エビのカツレツ」は、準備に4日かけた労作。どちらも大満足でした。

とはいえ、高齢者である店主は「次に来てくれた時はマンションが建ってるかもしれないよ」と笑う。

失ってしまうには惜しいですが、絶メシは一期一会の覚悟も必要です。

物語はお店の取材を基に構成されており、濱津さんが放つ独特のリアル感が光っていました。

不変のパターンが生む幸福感

『孤独のグルメ Season10』主演・松重豊

『孤独のグルメ』の井之頭五郎(番組サイトより)
『孤独のグルメ』の井之頭五郎(番組サイトより)

2012年にスタートした『孤独のグルメ』は、今年で10周年。めでたい!

主人公は、個人で輸入雑貨を扱っている井之頭五郎(松重豊)。

商談で訪れるさまざまな町に「実在」する食べ物屋で、「架空」の人物である五郎が食事をする。

そんな「ドキュメンタリードラマ」ともいえる基本構造は、ずっと変わっていません。

東京の渋谷区笹塚にある店は、そば屋さんなのに、なぜかメニューには沖縄に傾倒した品が並ぶ。

「しからば、揺さぶられてやろう」と意気込む五郎。

注文したのは「とまとカレーつけそば」です。

食べながら「うーん、初めてなのに、これは俺が食べたかったものだ」と心の声を発する。

無用なウンチクや解説に走らず、ひたすら実感だけを独白していく。この不変のパターンがたまりません。

このドラマ、10年の間に「グルメドラマ」というジャンルを広めると共に、「ひとり飯」を一種の文化にまで高めました。その功績も大きい。

しかも、多くの後続番組が『孤独のグルメ』との差別化に腐心する一方で、元祖は堂々の「いつも通り」を貫いています。

新シーズンでも、そこにいるのは孤高の「ひとり飯のプロ」です。

食に対する「好奇心」「遊び心」、そして「感謝の気持ち」。

この3つがある限り、井之頭五郎は永遠です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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