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なぜ、ピケは自国でブーイングを受けるのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
スペイン代表として戦うピケ(写真:ロイター/アフロ)

10月10日、スペインは本拠地ログローニョでルクセンブルクを4-0と下し、グループ首位でEURO2016の本大会出場を決めた。

この一戦に向け、主力組に多くの故障者や出場停止選手が出て心配されたが、敵を圧倒する戦いは欧州王者の面目躍如だった。中盤は2014年W杯後にシャビ、シャビ・アロンソが引退、イニエスタも故障で欠いたが、セスク、カソルラらが存在感を示した。ファンフラン、ジョルディ・アルバの両サイドバックが敵中深くに駆け上がって決定的なダメージを与え、交代出場のパコ・アルカセル、ノリートら若いアタッカー陣も躍動している。

「世代交代が進みつつある」

そう語ったデル・ボスケ監督も手応えを感じているようだった。この日は出番がなかったが、イスコ、チアゴ・アルカンタラも台頭が望まれる。

心配の種と言えば、ピケへの鳴り止まないブーイングだろうか。ホームゲームにもかかわらず、彼がボールを持つたび、スタンドからは非難の口笛が耐えなかった。良心的な観客がそれをかき消そうと大きな拍手を送るのだが、ざわめきは増した。

その発端は、ピケがバルサの優勝セレモニーでレアル・マドリーを揶揄する歌を歌ったことにある(C・ロナウドが開いたパーティーでマドリーの調子は落ちたと)。早い話、クラブ間のライバル関係を代表に持ち込まれてしまっているのだ。

「代表は自分の家であり、家族だよ」

ピケは試合後にそう語り、これ以上は騒ぎを刺激しないように配慮しているが、騒動の根は深い。

この騒ぎのもう一つの理由は、ピケはカタルーニャ人でカタルーニャのスペインからの独立に積極的な賛同を示していることにある。バルセロナを州都にしたカタルーニャは、1970年代までフランコの独裁政治により、言論や文化を弾圧されてきた。それが最近は独立への気運が高まっている(住民投票やカタルーニャ議会の選挙)。そこで、マドリディスタ(マドリーファン)だけでなく、スペイン全体でカタルーニャの独立には敏感になっているのだ。

もっとも、ルクセンブルク戦のスタメンの内、5人がカタルーニャ人だったわけで、これは後付けに過ぎないかもしれない。

やはり、最大の理由はマスコミにあるとも言われる。

「マドリー系の大手メディアにとっては、カタルーニャ人選手が活躍するのは面白くないのさ」

あるスペイン人記者は語る。

「ピケの言動は些細なことだよ。それをマスコミが面白く取り上げることで、一部のファンが刺激され、行動をエスカレートさせている。考えもなく面白がってやっているんだ。それをマスコミが報道で煽り、手を貸している。事実、6月にレオンで行われた試合よりもブーイングは激しくなった。かゆい部分をなでてやるのに似ているね。困ったことに、そこを掻くとスペイン人は少なからず気持ちいいのだが」

スペインは複合民族国家であり、クラブのライバル関係の根っこにそれぞれの民族としての誇りが潜んでいるだけに複雑と言える。

実は日本と違い、代表ネタは新聞の部数がまったく伸びない。国民の関心を引くためには、マドリーvsバルサの構図を持ち込むのが手っ取り早いという。ピケはその標的にされているに過ぎない。そして次にはカタルーニャ系のメディアも、ピケを擁護する。互いに不健全な敵対関係になるわけだが、実はこのさじ加減こそがスペイン人にとってはサッカーが盛り上がる最高の触媒だったりするのだ。

こうした歪みによって、「スペイン代表が一つになることはない。大きなタイトルを取ることはないだろう」と言われてきた。しかし実際はEURO2008,2010年W杯、EURO2012と下馬評を覆す活躍を見せるようになった。ただ、その主力の多くはシャビ、プジョルなどバルサ勢だったのだが・・・。

前人未踏のEURO三連覇に向け、スペインは爆弾を抱えながらの船出になる。しかし裏を返せば、代表チーム関係者は扱いには慣れている。選手同士の連帯感はこの件で強くなっており、ピケとコンビを組むセンターバックのバルトラは奮起したのか、ルクセンブルク戦では見違える覇気を見せている。一種の緊張感がチームを律し、敵に立ち向かわせることもある。万全は安心を生むが、同時に停滞も伴うのだ。

混乱の中、批判的な声も消えないが、新世代の選手は確実に躍動を始めている。EURO2016で、時代に名前を刻むチームが生まれても不思議ではない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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