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労基署の送検リストは「ブラック企業リスト」じゃなかった?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

5月10日、2016年10月から2017年4月の半年間に労働基準監督署が書類送検した334件の企業名リストが厚労省のホームページで公表された。インターネットでは「厚労省公認のブラック企業リスト」などと評する発言も見られる。

労働基準関係法令違反に係る公表事案(厚生労働省 2017年5月)

労基署の書類送検は毎年約1000件に上るが、これまでその個別の結果は、全国の都道府県ごとに労働局が独自に発表していた。ホームページで企業名を掲載していたのは大阪労働局や岩手労働局、鹿児島労働局などごく一部に限られていた。どの労働局もプレスリリースは出すものの、メディアが報道しないで知られずに終わってしまうことも多かった。そうした事態を改善し、厚労省がブラック企業に関する情報を積極的に公表する政策を取ったことについては、まずは評価すべき取り組みと言えよう。

そもそも、労基署はどういう場合に書類送検に踏み切るのだろうか。労働基準法や最低賃金法、労働安全衛生法をはじめとした法律に違反している企業について、労基署は基本的に、是正勧告などの行政指導を行う。それでもなかなか改善されず、是正勧告が繰り返されるような企業については、行政指導から刑事手続きに移ることになる。書類送検、つまり罰則を科すために、検察官に資料を送付すのである。行政指導になかなか従わない悪質な企業が、労基署に書類送検される。これが一般的な理解と言っていいだろう。

しかし、実際に労働基準監督署に勤務する現役監督官に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。「あれをブラック企業リストと言われてしまうと違和感がある」というのだ。実は、書類送検される企業や、送検される内容には一定の傾向があり、「書類送検される企業が悪質とは限らない」という。そこで本記事では、現役監督官の説明を参考にしがら、書類送検リストを読み解いてみたい。

なぜ労働安全衛生法の送検が圧倒的に多いのか?

今回の書類送検リストを見て、多くの人が気づいたであろうことが、労働安全衛生法関係の書類送検が非常に多くを占めているということだ。たとえば、

「高さ6.8mの屋根の端に手すり等を設 けることなく労働者に作業を行わせた もの」

「ゴンドラを使用するに当たり作業開始 前の点検を労働者に行わせなかったも の」

といったものが送検の理由となっている。

これはもちろん、労働安全衛生法関係の違反が深刻であるという現状を示しているのだが、それだけではない。労働安全衛生法での書類送検については、実はある「法則」が作用していることが多いという。送検される場合の多くは、死亡事故や深刻な大怪我の事故があった場合なのだ。

今回の送検リストを見ると、労働安全衛生法違反での送検について、「事案概要」として、死亡や重大な怪我があったことを明記しているものと、そうでないものがある。こうした事故の記述がないものは、事故を起こす前に送検されたのかと勘違いしがちだが、そうではない。

鹿児島で送検された建設会社「ツカサ」は、リストでは「安全帯を使用させることなく、労働者に高さ8.5mの法肩で作業を行わせたもの」としか書いていない。だが鹿児島労働局のホームページを調べると、安全帯を付けていないことを理由とした死亡事故が送検の原因だったことがわかる。

労働安全衛生法違反(墜落防止措置義務違反)の疑いで書類送検

兵庫で送検されたヤマト運輸神戸深江支店についても、「運転中のフォークリフトと接触するおそれのある場所に、危険防止措置を行わず労働者を立ち入らせたもの」としかリストに書いていないが、報道を調べれば、右足切断の重傷事故をきっかけに送検していたことがわかる。

派遣従業員がフォークリフトにひかれ足切断 ヤマト運輸を安衛法違反容疑で書類送検

上にあげたのは、実態の本当にごく一部にすぎない(厚労省は記入事項のフォーマットを統一してほしいものだ)。実際に現役監督官に聞いてみると、労働安全衛生法関係で人が亡くなったり重傷を負ったりするような大事故が起きた場合には、是正勧告を繰り返したわけでなくても、監督官は積極的に送検するという運用があるという。社会的な「制裁」という意味があるのだろう。ある別の監督官は、「人が亡くなった場合は、監督官も人間だから力を入れて捜査する」と話してくれた。

最近の傾向として、政府の「働き方改革」を受けて、長時間労働での労災についても、違法が確認された場合にすぐに送検される流れが波及しつつあるようだ。過労自死が労災認定され、記者会見で公表された直後に送検された電通(同社は過労自死の労災を繰り返していたが)、同様に長時間労働による精神疾患の発症が労災認定され、記者会見で公表された直後に送検された三菱電機などがその代表例だろう。

同じく「一発アウト」にされがちな送検内容として、労災事故の虚偽報告や未報告、いわゆる労災隠しがある。職場で事故を起こしたのに、家で怪我してのだと偽ったり、休業日数を少なくごまかしたり、こうした違反の場合は、労基署はかなり厳格に対応し、一回だけで書類送検するような運用がされているそうだ。

残業代未払いでは、ほとんど送検されない

一方、今回の公表は厚労省の長時間労働削減推進本部による「過労死等ゼロ」緊急対策として実施されたものだ。そうであれば、残業や深夜労働の割増賃金を支払っていない事件(労基法37条違反)の送検が多く公表されていそうなものだ。

だが、リストを調べてみると、この半年で労基法37条違反は7件しかない。しかも、うち3件は香川県小豆郡土庄町で外国人技能実習生に対して行われていたもので、同日に送検された事件である。割増賃金での送検の少なさは、問題の深刻さに比べて際立っている。2015年度に割増賃金の未払いで送検された件数を調べてみても、1年間を通じてわずか37件しかない。

それに比べて労働時間・賃金関係でずば抜けて目立つのが、最低賃金法4条違反だ。これは賃金が最低賃金に満たない場合なのだが、リストでは半年で62件に上る。最低賃金法に違反する悪質な企業が多いということなのだろうか。実はそうとも言い切れない。現役監督官によれば、最低賃金法の場合は、実際に「払いたくても払えない」ケースが圧倒的に多いという。

そもそも最低賃金法違反で是正勧告を繰り返す企業に対して、監督官が「次やったら送検ですよ」と忠告した場合、たいていの企業は支払うという。700〜900円程度の最低賃金を払えばいいのだから、膨大な未払い残業代を認めて払うのとはわけが違う。それでもなぜ最低賃金を払わないのか。もちろん悪質なケースもあるのだが、会社に実際に金がない、倒産しかけた中小零細企業であることが多いという。今回のリストの掲載企業のうち、16社が倒産、2社が解散しているという東京商工リサーチの発表も、この問題を補足するデータであるといえよう。

加えて、最低賃金法違反は、監督官にとっても送検しやすいという監督官側の事情もある。賃金関係での送検には、経営者が「故意」に賃金を払わなかったという事実の立証が必要となる。最低賃金の場合でいえば、「わかっていて最低賃金分の給料を払わなかった」という確認が必要だ。これを経営者が否認すると捜査は難航するのだが、最低賃金は上記の背景により、「経営的に払えないから、払わなかった」と認める経営者が比較的多いという。

残業代未払いの送検が困難な理由もそこにある。経営者が「故意」を認めないのだ。

「残業していたとは知らなかった」

「そもそも職場に残っているだけで労働じゃない」

「タイムカードはあるけど、その通りに本当に働いていたとは思えない」

などと、残業させていたことじたいを否定されるのである。こうなると監督官の捜査は行き詰まってしまい、送検を諦めてしまうケースが多い。逆に言えば、送検された企業たちは、「故意」を認めている分だけ、まだ「マシ」であるともいえよう。

このように、特に賃金関係の違反では、悪質な企業がうまく逃げ切り、潰れかけた中小零細企業ばかりが送検され、公表されているという傾向がある。先ほどの現役監督官は苦言を呈していた。

「上手に言い訳する企業ほど、書類送検しにくいんです」。

今回の書類送検リストの公表じたいは評価できるが、これを「ブラック企業リスト」として捉えてしまうと、悪質な企業の問題が見えなくなってしまうことがお分かりいただけただろうか。賃金未払いに限らず、法律をかいくぐって長時間労働やパワハラをさせて、若者を使い潰すブラック企業は多い。労基署の書類送検だけに頼らず、ぜひ弁護士やNPO、労働組合に相談してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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