Yahoo!ニュース

ゲーム業界に食指を伸ばすオイルマネー SNKの株式取得の狙いとは

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
MiSK財団のホ―ムページに掲載されたリリースより(※筆者撮影。以下同)

11月26日、サウジアラビアのMiSK財団が、ゲームメーカーのSNKの株式のうち33.3%を取得したと発表。さらに、今後も17.7%を追加で取得し、持株比率を51%へと引き上げる予定であることを明らかにした。

(参考リンク)

・MiSK財団のホームページ:「The Mohammed bin Salman Foundation (MiSK Foundation) Announces Strategic Investment of around SAR 813 Million ($US 216.5 Million) in Japanese Gaming Company SNK」

SNKは、「餓狼伝説」「サムライスピリッツ」「THE KING OF FIGHTERS」シリーズなど、90年代に一大ブームとなった対戦格闘ゲームを数多く発売した、日本のゲームファンにはおなじみのメーカーだ。中韓などの東アジア地域やヨーロッパでも、上記のシリーズ作品には多くのファンがいると聞く。

だが、サウジアラビアや中東諸国で、これらのシリーズ作品が人気を得ているとの情報は、筆者はこれまで聞いたことがなかった。いったいなぜ、MiSK財団はSNKの株を大量に取得したのだろうか?

同財団の狙いを調べるべく、元株式会社メディアクリエイトの国際部主席アナリストで、現在は国内外のコンテンツ関連産業のコンサルティングを手掛ける、ルーディムス株式会社CEOの佐藤翔氏にお話を聞いた。

サウジアラビア皇太子が財団を設立。国内ゲーム市場も盛況

MiSK財団は「The Mohammed bin Salman Foundation」の略で、率いるのはサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子だ。

「サルマン皇太子は、実はマンガなど日本のコンテンツの大ファンなんです。皇太子以外にも、今ではサウジアラビアにはたくさんのアニメやゲームファンがいます。財団ではマンガ・アニメ事業も手掛けていて、日本の東映アニメーションと協業したこともあります」(佐藤氏)という。皇太子自らが大ファンだったとは、まさに驚きだ。

また佐藤氏によると、サウジアラビア国内でもプレイステーション5やNintendo Switchなどのゲーム機が小売店や通販で販売され、eスポーツもFPSや対戦格闘、サッカーをはじめとするスポーツ系など、各ジャンルで盛んに開催されているそうだ。

「サウジアラビアの2019年のゲーム市場規模は、米ドル換算で8.37億ドル(約870億円)です。最近では、サウジアラビア通信情報技術省が、コロナ対策も兼ねたチャリティeスポーツイベント『Gamers Without Borders(国境なきゲーマー)』を実施するなど、eスポーツもいろいろ行われています。実はその一環として開催された、ゲーム部門のハッカソン(※)で私がメンターを務めました」(佐藤氏)

※ハッカソン:開発関係者が集まってグループを作り、短期間で開発作業を実施して技術やアイデアを競うイベント。人材育成の場として活用される。

ルーディムスCEOの佐藤翔氏
ルーディムスCEOの佐藤翔氏

サウジアラビアでは、2016年にその名も娯楽庁という役所を設立し、日本の「コミケ」にあたる「コミックコン(Comic-Con)」などのイベントも開催している。また佐藤氏によると「『GCON』という、女性オンリーのゲームイベントが、2015年まで約4年にわたって開催されたこともありますよ」という。

つまり、今回SNKの株式を取得したのは、単なる王族の思い付きであり余ったオイルマネーを散財したわけではなく、すでに大きな市場がサウジアラビア国内にあり、男女を問わず国民にもゲームに十分な関心、理解があったうえで、さらなる市場の活性化を視野に入れたうえでの行動なのだ。

「MiSKなどサウジアラビアの財団が、ゲームメーカーに投資するのはけっして不思議なことではありません。財団のサイトにも書かれていますが、ゲームなどの文化やコンテンツ産業を自国に持ち込むことで、若者たちが活躍をする場を作ろうとしているのです。今後、彼らが石油への極端な依存から脱却するためには、みんなで働かなくてはいけませんからね」(佐藤氏)

過半数の株式取得を「ドタキャン」する可能性も……

実は、同財団がSNKに関わるのは、今回の株式取得が初めてではない。以前からSNKに人材のインターンシップ派遣や、対戦格闘ゲーム「THE KING OF FIGHTERS XIV」内に登場させるサウジアラビア人のキャラクターと、ステージデザインのコンペを実施したこともある。

「つまりMiSK財団とSNKは、サウジアラビア人のキャラクターとかをゲーム内に出して下さい。その代わり制作協力をしますから、というジョイントビジネスを以前からしていたわけですね。『THE KING OF FIGHTERS』シリーズのeスポーツ大会が開催されたこともありますし、プレイヤー人気も以前から高いですよ」(佐藤氏)

では、今回の株式取得を機に、SNKが本格的に中東市場への進出を開始し、MiSK財団主導による新たなゲームが誕生することになるのだろうか? 佐藤氏によると、「それはまだ時期尚早です」という。その理由は、サウジアラビア特有の「延期・中止グセ」にある。

実は2018年8月に、日本eスポーツ連合(JeSU)とサウジアラビアeスポーツ連盟(SAFEIS)が調印を結び、賞金総額は日本円で約3,000万円となる「日本・サウジアラビア eスポーツマッチ」を2019年1月に実施する予定だった。しかし、2018年11月に同イベントの延期が早々に発表され、今なお開催されていない。理由は不明だが、どうやらSAFEIS側が一方的に延期を申し入れたらしい。

また今年の7月には、サウジアラビアの都市プロジェクト(Neom)が、人気ゲーム「リーグ・オブ・レジェンド」を使用したリーグ戦「League of Legends European Championship(LEC)」とパートナーシップを締結したが、締結からわずか14時間後にLEC側から契約解消が発表される事態となった。

「超スピード解消」となったのは、Neomが都市建設のために地元の住民に強制立ち退きを迫ったり、サウジアラビア国内がLGBTQコミュニティに強い差別意識を持つとされていることから、LEC側が多くの批判を受けたことも一因となった。

佐藤氏によれば、このようなドタキャンがサウジアラビアでは日常茶飯事だそうだ。「以前に比べるとかなり改善されましたが、今でも彼らはイベントの準備や運営には慣れていないので、よくドタキャンをしてしまうんです」(佐藤氏)

改めてMiSK財団のリリースを見ると、確かに「Invest(投資)することをAnnounce(お知らせ)した」とは書いてあるが、「InvestをComplete(完了)」したとまでは言っていない。つまり、現時点ではまだドタキャンの余地(?)が十分に残されているのだ。

MiSK財団のホームページに掲載された、SNKの株式取得のリリースより
MiSK財団のホームページに掲載された、SNKの株式取得のリリースより

SNKは、元々は日本で誕生したゲームメーカーだが、同社の株式は紆余曲折を経て、2019年に韓国の取引所(KOSDAQ)で上場された。

筆者が佐藤氏とともに、韓国の金融監督院が公開している、電子公示システムを使って調べたところ、「最大株主変更を伴う株式譲渡契約を締結」(※本題はGoogle翻訳による日本語の表記。原文は韓国語)と書かれたページに以下のような記述が見付かった。

上記代金支払日、最大株主変更予定日は、金融監督院の場外取引の承認を含む取引終結の前提条件がすべて満たされていることを前提に、2021年1月12日か売買取引の当事者が別段の合意をする日としての進捗状況に応じて変更されることがあります。(※筆者注:Google翻訳を使用し、日本語に訳したものをママ引用)

つまり、MiSK財団がSNKの株式を過半数取得できるかどうかは、韓国の金融監督院から承認が出ることも条件のひとつとなっている。これまでのサウジアラビア関連のケースを考えると、はたして当初の発表のとおりに事が進むのか、現時点でははっきりしないというのが現状なのだ。

韓国金融監督院 電子公示システムのサイトに公開された、MiSK財団の株式取得に関する情報
韓国金融監督院 電子公示システムのサイトに公開された、MiSK財団の株式取得に関する情報

(参考リンク)

・韓国金融監督院 電子公示システム:「2020.11.26 最大株主変更を伴う株式譲渡契約を締結」(※タイトルはGoogle翻訳により日本語で表示したもの)

また、ご参考までに現地紙「イーデイリー」が、12月3日に掲載した記事の日本語訳もご紹介しておく。

・ 先月30日には契約締結日を基準に、それぞれが株式などの大量保有状況報告書を提出した。 しかし、これはあくまでも契約締結日基準の変動予定事項で、1月12日に代金納入が行われてこそ可能だ。

・ 金融監督院の関係者は12月1日、外国人投資登録証には「会社設立証明書、投資登録申請書など簡単な書類を提出すればよい」とし、「サウジアラビア国籍の外国人投資登録申請は最近入ったものも承認されたものもない」と述べた。

(※12月3日掲載の「イーデイリー」紙の記事より、一部抜粋して翻訳)

(参考リンク)

イーデイリー:「SNK、サウジアラビア皇太子の株式契約金がない理由は?」(※タイトルはGoogle翻訳により日本語で表示したもの)

今後も日本のゲームメーカーにオイルマネーが流入する可能性大

MiSK財団が本当にSNKの株式を過半数取得するかは未知数だが、前述したように今ではサウジアラビア国内にも、大きなゲーム市場が確かに形成されている。

2015年にはバンダイナムコエンターテインメントが、対戦格闘ゲーム「鉄拳7」にサウジアラビア出身という設定の新キャラクターを、同国からの留学生がデザインを監修したうえで追加したことがある。eスポーツの国際大会で活躍する、本作の強豪プレイヤーもすでに誕生しているとはいえ、サウジアラビアでもここまでゲーム人気が拡大しているとは思いもよらなかった。

「今、サウジアラビアでは、先ほどもお話したように、若者が活躍できる場としても機能する産業の育成、市場の活性化、それから文化開放も徐々に進めています。その目的を達成する手段として、ゲーム産業への進出や、インターンシップによる人材派遣などを行っているわけですね。女性も勉強熱心で、優秀な方が非常に多いですよ。

各財団が具体的に何をやるかまでは私もわかりませんが、彼らがほかの日本のゲームメーカーに投資を始めることも大いにありえます」(佐藤氏)

現在、日本国内では任天堂を筆頭に、コロナ禍による「巣ごもり需要」で絶好調のメーカーがある一方、ゲームセンターなどの直営店を多く持つメーカーは厳しい状況が続いているようだ。もしかしたら、今後はほかの日本のゲームメーカーも苦しい経営を打破するため、MiSK財団などのオイルマネーによる資本参加を受け入れる所が増えるかもしれない。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

鴫原盛之の最近の記事