社会の授業に政治家が来るのは当たり前、ノルウェー高校の模擬選挙「学校討論」
ノルウェーでは選挙の年になると、「若い世代のための選挙」も前夜祭のようにセットになっている。
通常の選挙のおよそ1週間前に、高校で「学校選挙」と現地で呼ばれている「模擬選挙」が行われるのだ。
学校選挙のポイント
- 学校選挙は基本的には「高校」が舞台
- 希望すると中学校や小学校でも(!)開催可能。決めるのは学校。
- 各政党の代表はすでに議員・今選挙で立候補している若い政治家だったり、青年部のトップだったりする
高校の学校選挙の流れ
- 約3週間、全国各地の高校での「模擬選挙シーズン」が始まる
- 高校には各政党の青年部が集まり、政党同士の討論が行われる。これを「選挙討論」「学校討論」という。
- 討論の前後には、校庭には「選挙広場」という空間ができて、各政党のスタンドで生徒が気になる質問をすることができる
- 学校によっては、加えて先生が生徒を街に連れ出し、大人の政治家もいる各地の選挙スタンドが集まる「選挙小屋」に行き、「社会科の授業の課題」として生徒は各政党を訪ねて政治を比較する
- 通常の本物の選挙のおよそ1週間前に、全国各地の学校の投票結果を反映した総合結果が一斉に公表される
- 与野党の党首たちも熱心に結果を気にする
- メディアでも大きく報道される
模擬選挙がなぜ大事か?
という質問をノルウェーの人に聞いたら、たくさんの答えが返ってきます。いずれにせよ模擬選挙は、「日本で若い人の投票率を上げるには?」という問いに対する、いいヒントを含んでいるものではないでしょうか。
- 高校には今年の選挙で、初めて投票する人もいる
- 高校にいるのは、数年後にはいずれ投票する人たち
- 政党政治を学べる
- 政党比較ができる
- 右派・中道・左派の違いを学ぶ
- 自分で批判的に考える力・議論する力を磨く
- 政治家との交流
- 民主主義の勉強
- 自分とは違う考えの立場の人の身になって討論する力を磨く
- 青年部は「若い世代の声」として、大人のいる母党や国会にどのような影響力を与えていくかを生徒に理解してもらう
- 本物の国政選挙には、各政党の立候補者リストに「青年部からの代表者」もいる(つまり若い声の代表者。だから青年部おすすめの立候補者を若い人は注目することもある)
- 模擬選挙は社会科の授業の一環
- 模擬選挙はつまり「教材」のようなもの
- そもそもこの国では政党政治の違いがをわかるなど、一定の知識がないと成績に響く
では、9/13にノルウェーでは国政選挙がありますが、8月後半におこなわれた、オスロにあるオスロ・ビー・スタイナル高校(Oslo by steinerskole)の学校討論と、選挙広場を見てみましょう。
今年は学校選挙は5つくらいは取材に行く予定だったのですが、この後にワクチン接種がまだ完了していない若い世代でコロナ感染者が増えたために、討論を取材に行けたのは今年はこの学校だけでした。1校だけでも見れてよかった。
右派左派がすごく分かりやすい
こちらは体育館で各政党の青年部が代表者1人ずつ、ずらりと並んだ光景。一番左が極左にあたる政党、中央が中道、右にいくほど右派と、非常に明快にわかりやすい。
体育館で選挙討論!政党の違いをここで知る
今年の学校選挙ではコロナの影響を受けて、特別な光景がありました。
同じ場所に多くの生徒が集まらないように、感染防止対策として、学校によって、一部の生徒は体育館、別の生徒たちはグループに分かれて、複数の教室にスクリーンを設置し、生中継で観察するというもの。この形式は「ハイブリッド」と呼ばれます。
高校には今年初めて投票する人がたくさんいる
討論が始まる直前、私の隣にいた高校生のカレンさん(18歳、左)とイドゥムさん(17歳、右)と話をしました。ノルウェーでは18歳から投票できるので、まさに初めての投票をする世代です。
イドゥムさん「まだ模擬選挙の投票日に、どこの政党に投票するか決めてないの。どのテーマが各政党にとって優先事項か知りたいし、青年部がどう議論するのか見たい」
カレンさん「どうやって互いに反応して、答えるのかね」
自分たちも若いし、議論する青年部の代表も若いから、興奮して楽しめるのだと2人は語る。
イドゥムさん「私たちの周りでは、選挙に行って投票するのは当たり前という雰囲気。気候危機を気にかけている世代だしね」
あぶみ「ノルウェー人って、『議論されているテーマと個人(人格否定)を分ける』というテクニックが浸透しているよね。なんでかな」
カレンさん「米国と違って、右派左派の違いが極端じゃないからかな。どの政党も似ているから極端な分断が起きないんだと思う」
「政党の特徴を高校生に覚えてもらいたい!」必死になる政党
社会科の先生が司会者となり、共通ルールを確認した後、議論が始まった。まずは各政党は持ち時間内に、簡潔に政党の政策や価値観を紹介する。出た言葉は
- 赤党「石油」
- 左派社会党「気候危機、石油」
- 緑の環境党「石油」
- 労働党「全生徒のがんばりが反映される学校、気候危機」
- 中央党「脱中央政権、地方に力を」
- 自由党「薬物依存者には罰ではなく助けを、難民」
- キリスト教民主党「不公平、メンタルヘルス」
- 保守党「学ぶ学校を自由に選ぶ権利、気候危機、」
- 進歩党「減税」
- リベラリスト党「自由」
ノルウェーは石油産業で裕福な国だが、気候危機を心配する若い世代の間では「石油」はホットな話題だ。
若者向けの「政治の話し方」は意識して変える
この後は討論がスタート。大人の政党の討論との違いは、明らかにいろいろと出てきます。
- わかりやすい言葉が多い(ポピュリスト化することもあるので問題もあり)
- 机をたたくなどのジェスチャーや動作の演出が増える(ノルウェーの大人の政治家はブーイングや机をたたくなどはしない)
- 若者の関心のあるテーマが中心となる
このように学校討論での青年部の議論カルチャーは特徴があり、大人の政治家だったら言動も出てくるので、現地の報道陣が面白がって記事にすることもあります。
農家の味方で、愛国心が強めの中央党は、歌い始めたのでびっくりしました。学校選挙は、これだからおもしろい。
若い人と政治の距離を縮める「学校政策」
若者の関心のあるテーマとは、例えば「学校政策」と呼ばれるジャンル。
ノルウェーでは「雇用」「福祉」「移民」などと同じレベルで大事だと議論されている。
日本だったら「就活」「校則」「受験」などが学校政策として選挙で話題になることになるだろう。
- 学校給食を無償化するか
- 通学する学校を市民がもっと自由に選べるようにするか
- 保健室の先生が足りていない
- メンタルヘルス対策
- 成績や試験制度
などなど。他に意外なテーマとして「中絶」も若い人が熱心な話題。
学校に政治色があることは問題視されていない
討論がどのような流れで進むかは各政党の代表者たちに左右されるだけではなく、討論が行われる「学校の政治色」も関係してくる。
「学校選挙の結果が公表される」ということは「各学校は右派よりか左派よりか」がわかるということ。各政党の支持率が全部数字でグラフ化される。
「あの学校は保守党派(に投票する生徒が多い)」「あの学校は左派」などのイメージがあるのが普通だ。
だから学校によって盛り上がるテーマや、人気の政党がある(ノルウェーでは学校に政治色があることは問題視されていない)。
「ここの学校は前回の選挙で僕たちは人気だったから、力をいれるぞ。多めにボランティア党員を送ろう」
「ここでは前回はあまり票が取れなかった。伝統的に右寄りだ・左寄りだ・●●政党寄りだ」
各政党の青年部は、当たり前のように過去の模擬選挙の結果を参考にして戦略を立てる。
日本ではぎょっとするかもしれないが、この国では「なにか問題でも?若い人が政治に熱心でなにより!」くらいの感覚でしかない。
模擬選挙で見えてくる、未来の有権者の関心
この日の討論は
- 「第三の性についてどう思うか」
- 「キリスト教民主党が多様性ある性に否定的で、プライド行進の参加を拒否する党首がいること」
- 「進歩党の移民政策の厳しさや差別」
- 「労働党と進歩党の移民政策は実は同じか」
などの話が盛り上がった。大人が気にする税金の話はほぼ出てこない。
討論後は、校庭で「選挙広場」という空間が待っている。選挙広場については、次の記事「校庭で政治の話をしよう。コンドームをどうぞ。ノルウェー高校の模擬選挙「選挙広場」とは?」にて。