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第4号被保険者制度を創設せよ 〜勤労者皆社会保険制度へむけての私案

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(ペイレスイメージズ/アフロ)

勤労者皆社会保険制度の実現は可能か

現在、政府の社会保障審議会を中心に、被用者保険の適用拡大の議論が進められています。つまり、パートタイム労働者や中小企業勤務の雇用者についても、厚生年金や健康保険(健保組合や協会けんぽ)の加入者にしようとする議論です。

企業に雇用されている者であれば、本来であれば、これらの被用者保険が適用されるべきことなのですが、さまざまな経緯から、適用から除外されているのが現状です。もちろん、これらの人々も、国民年金や国民健康保険などに加入したり、もしくは家族が加入している保険でカバーされたりすることで、いわゆる国民皆年金・国民皆保険制度が成立しているとされているわけですが、制度間で給付や負担に格差があることから、社会保障制度全体、ひいては日本経済の大きな課題とされてきました。この問題の改善が、いま議論されているわけです。

政府は、骨太方針2018においても、「勤労者皆社会保険制度」の実現を打ち出しています。国民が広く、社会保障の枠組みでリスクから護られる制度の確立が期待されるところです。

負担の問題をどう解決するか

ところが、この問題の解決は容易ではありません。最も大きな障壁は、発生する社会保険料負担の拡大を、誰が、どうやって賄うのかという問題です。簡単な数値例で考えましょう。年収360万円(月収30万円)の中小企業勤務の独身サラリーマンが、新たに被用者保険の適用となったと仮定します。この人がこれまで毎月支払っていた社会保険料は、概ね、

国民健康保険料 23,500円/月

国民年金保険料 16,340円/月

計 39,840円/月

です(注:概算ですので、居住地域や年齢、家族構成で異なります)。ところが、被用者保険に加入となることで、毎月の保険料負担が次のように変化します。

協会けんぽ保険料 本人負担額 17,205円/月(労使負担合計額 34,410円/月)

厚生年金保険料本人負担額 27,450円/月(労使負担合計額 54,900円/月)

計 44,655円/月(労使負担合計額 89,310円/月)

被用者保険は、企業と被用者が、保険料をおおよそ半々で折半しあうということになっていますので、給与明細書には、本人負担額しか表記されませんが、それと同じ額を企業が負担して、保険者(年金機構など)に収める仕組みになっています。

もちろん、負担の増大に応じて給付も拡大します。特に、年金については、国民年金では基礎年金だけしか支給されませんが、厚生年金の適用となることで、報酬比例年金も支給されますし、遺族年金や障害年金も充実します。したがって、損か得か、という観点からは、決して損ではないのですが、社会保険料負担が増えることで、現在の手取り所得が減る可能性があることも確かです。

最も議論を呼ぶのが、企業の負担です。事業主分の負担が実質的には誰の負担なのか、という問題もあるのですが、会計上は企業が負担せねばならない費用として計上されます。しかも、現在、パートタイム労働者についても被用者保険が強制適用となっているのは、従業員が501人以上の企業であって、500人以下の企業については、労使の合意に基づいて適用拡大が可能という扱いになっています。つまり、中小企業の多くが適用から外れているわけですから、仮にストレートに適用拡大を実施すれば、この保険料負担が新たに生じるのは、中小企業を中心とした企業群となります。したがって、社会保険の適用拡大は、経済界にとっては重要な問題です。

それでも適用拡大は必要だ

筆者は、それでも被用者保険の適用拡大は必要だと考えます。最も大きな理由は、今後予想される公的年金の防貧能力の低下です。現在の公的年金制度には、マクロ経済スライドと呼ばれる、給付の実質額抑制制度が組み込まれています。このマクロ経済スライドですが、今後、うまく機能すると仮定すると、報酬比例年金部分は実質額で5%程度しか減りませんが、基礎年金部分については、三割程度が実質額で削減されると見込まれます。

となりますと、基礎年金だけを受給する老後の生活は、かなり厳しいものにならざるを得ません。可能な限り多くの人が、厚生年金の報酬比例年金を受け取って、安定した老後につなげていく必要があるのです。

単純な適用拡大も問題がある

仮に、上記のような負担の拡大の問題が奇跡的にクリアできたとしても、もうひとつ大きな課題があります。それは、国民年金と厚生年金の負担に「格差」が生じる問題です。

社会保険料は、単純に給与所得にかけられるわけではなく、標準報酬にかけられています。これは、われわれが受け取る報酬額を区分したものなのですが、厚生年金の場合、下限額が8.8万円に決められています。これには理由があります。現在、厚生年金の保険料率は、労使合計で18.3%ですが、8.8万円に18.3%をかけると、16,104円(本人負担額8,052円)となります。これは、国民年金保険料16,340円とほぼ同額です。

ということは、これより下の金額で標準報酬額を設定すると、国民年金より低い負担額で国民年金よりも多額の給付を受け取れることになります。そのため、これ以上、標準報酬額を下げて、厚生年金の適用拡大を推し進めることには、深刻な格差の問題が生じてしまいます(もちろん年金財政も悪化します)。

「第4号被保険者」を創ろう

ここまで、被用者保険の適用拡大には、負担の増大と格差という二重の困難が発生することを説明してきました。このままでは、被用者保険の適用拡大は、その必要性にもかかわらず、非常に難しいでしょう。しかし、筆者はつぎのような制度で、この問題を乗り越えて、適用拡大を推し進めることを提案したいと思います。

現在の公的年金制度は、加入者を第1号被保険者(国民年金)、第2号被保険者(厚生年金/共済年金)、第3号被保険者(第2号被保険者の配偶者)と区分していますが、新たに第4号被保険者とでもいうものを作って、加入者を再整理してはどうかという提案です。

この"第4号被保険者"は、原則として被用者年金(厚生年金/共済年金)に加入しますが、報酬比例年金部分に相当する保険料を労使折半で負担するものとします。加えて、基礎年金に対応する保険料は個人の定額負担とし、これも同時に負担します。

企業からすれば、パートタイム労働者を含めた従業員を、社会保険適用することで負担が増大するわけですが、18.3%(事業主負担9.15%)をフルで負担するのではなく、報酬比例年金部分だけに抑えられた負担となるため、企業側の抵抗感も和らぎ、導入が比較的、容易になります。筆者の概算では、労使合計でおおよそ11%程度の保険料率(本人/事業主負担5.5%)で、現行制度とフィットすると見込んでいます。

基礎年金相当分の保険料にも軽減措置を行います。現行の厚生年金でも、最低標準報酬月額8.8万円の本人負担保険料額は8,052円ですが、これに近づける形で、税による補助を行います。つまり、通常であれば16,340円の国民年金保険料となるところを、およそ半額の8,000円程度の定額負担で基礎年金を受給できるものとするのです。これは、保険料拠出の税による国負担という形式で行います。即ち、企業ではなく、政府が労働者と保険料を折半するという制度です。

さらに、この制度を、現行で標準報酬月額が15万円以下の被用者にも適用可能とします。この場合、報酬比例年金部分の保険料率を、標準報酬月額と比例して増加させることで、標準報酬月額15万円以上の被用者と負担の段差が生じないようにスムージングをかければ良いでしょう。

こうすることで、中小企業や、パートタイム労働者を多く雇用する小売業、飲食業の社会保険料負担を軽減しつつ、適用拡大を実施し、厚生年金を受給できる勤労者を拡大することができます。また、所得に比して重い社会保険料負担に苦しむ中低所得層の負担を緩和し、手取り所得を増加させることが可能になります。この制度の帰結として、中低所得層の社会保険料負担が減少するからです。これら中低所得層の多くは、若年労働者であろうことが予想されます。若者世代の生活を楽にすることで、世代間格差の緩和にも役立ちます。

また、これはテクニカルな点ですが、この第4号被保険者となった人たちは、原則として被用者年金制度の加入者としてカウントします。これは、基礎年金拠出金制度を前提とすると、第4号被保険者制度による適用拡大で被用者年金側の負担能力が増大する分、基礎年金の負担もより多く分担して貰う必要があるからです。実は、これによって、国民年金制度の財政が好転します。なぜならば、被保険者の人数が減ることで、基礎年金拠出金の金額が減り、積立金の取り崩しスピートが緩和されるからです。これは、マクロ経済スライドのもとでの基礎年金の削減額がより少なくなることを意味していますから、公的年金制度の防貧能力維持につながります。

財源はどうするのか

このような制度は、言うは易しで、財源の裏付けを明確にしなければ、絵に描いた餅となります。しかし、筆者は財源調達は可能であると考えます。

まず、どの程度の費用が生じるか、概算してみましょう。

現在、第1号被保険者、つまり国民年金加入者がおおよそ1,574万人ですが、このうち、パートタイム労働者がおおよそ37.6%程度存在します。この人達が、仮に全員、新設の第4号被保険者となったとし、これら全員に毎月8,000円の拠出金補助を充てたとすると、年総額で約5,700億円が必要となります。

また、既存の第2号被保険者(厚生年金)の加入者3,530万人のうち、標準報酬月額が15万円以下の割合は、おおよそ7%ですが、これら全員に最大で見積もって、毎月8,000円の拠出金補助を充てた場合、約2,400億円です。

これらを合わせても、8,100億円程度の財源が必要となるわけですが、この金額は、軽減税率の導入で失われる税収、一兆円よりもずっと少ない金額です。軽減税率は、低所得対策、格差解消策としては全く効果がないばかりか、徴税コストをあげ税制の効率性を損ない、また資源配分を非効率化させる、考えうる限りで最低の税制度ですが、この制度の導入を取りやめれば、この程度の財源は捻出できるということです。

同じ規模の財源で、将来世代の貧困化を相当程度抑えることが見込めるわけですから、どちらを選択すべきかは、言うまでもないでしょう。

以上、年金制度を中心として被用者むけ社会保険制度の適用拡大策を論じました。社会保険制度は、年金制度だけではなく、医療保険、介護保険などもあるわけですが、同様の制度を構築すれば、適用拡大の可能性は高まります。

勤労者皆社会保険制度は、これからの日本の貧困対策として重要な論点となるでしょう。上記のような大胆な策も含めて、方策が論じられていくことを期待したいと思います。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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