中田裕二 20周年を迎えた“月の世代”が歌う、ダンディズムが薫り立つ10編の男の人生哀歌に酔う
椿屋四重奏としてデビューし20周年を迎えた中田裕二が、前作『LITTLE CHANGES』から約1年半振りとなる12作目のオリジナルアルバム『MOONAGE』を4月26日に発売。“太陽のように眩しい光ではなく、月のような柔らかな灯りが照らしてくれる世界”――42歳になり自身と自身が作り出す音楽を“月の世代”(=MOONAGE)と語る中田の、さらに艶と色気が増した歌と音楽が10曲、“月明り”となって聴き手の心を優しく照らしている。このアルバムに込めた思いを中田にインタビューした。
「自分も自分の音楽も、太陽のように人を照らすタイプではないとずっと思っていた」
――自らの現在地を『MOONAGE』という言葉と世界観で表現しています。
中田 自分も自分の音楽も、太陽のように人を照らすタイプではないという思いがずっとあって。このタイトルはデヴィッド・ボウイの『月世界の白昼夢(ムーンエイジ・デイドリーム)』という曲にもインスパイアされました。僕自身の人生が、だいぶ陽が落ちて、黄昏時ぐらい、もう月も少し見え始めた、そんな場所にいる年齢だと思う。僕だけではなく、同世代と少し上の世代の人の中にはそう感じている人もいるのではないでしょうか。
――全曲中田さんの作詞・曲・プロデュースですが、中田さんが今を生きる中でリアルに感じることがシンプルな言葉とメロディになって、リアルだけど想像力を掻き立ててくれる曲が揃っていると感じました。
中田 今42歳で、これまでの人生を振り返ると、全く思い通りにならなかったというのが実感。そう感じている人、多いのではないでしょうか。迷ってばかりだったし今もそう。まさに自分の今の姿を投影する曲達です。そうするとやっぱり太陽ではなくて、太陽って絶対的なもので、月はそうじゃないところがあって。そこが人間の存在自体の不確かさみたいなのを表してくれているから、昔から月を愛でる習慣があるのだと思います。
「ここ数年自分の存在意義というものとずっと対峙していた。それが『ハグレモノ』には素直に出ている」
――孤独や葛藤、弱さや強さ、情けなさ、全てを曝け出しているように感じます。
中田 ここ数年、自分の弱さや駄目なところも含めて向き合わざるを得なかったというのは事実だし。でも向き合っているうちに、自分で答えをつかみに行くのではなく、結果として何か“向こう”から寄ってくる感覚、意識を抜けて“無意識”の領域に入れたというのは大きいと思っていて。
――一曲目の「ハグレモノ」に<転げ落ちた暗闇に 詩は生まれ 歌は宿る>という歌詞があります。
中田 いきなり世の中に背を向ける宣言をしていますが(笑)、ここ数年自分の存在意義というものとずっと対峙していた感覚があって。それが素直にこの曲には表れていると思います。ハグレモノだからこそ、歌を歌う仕事にありつけたと思っています。
「自分の心境がちゃんと作品になっている。でも一曲も楽観的な曲がない(笑)」
――ラストが「存在」という曲で、<確かなものが見つからない 他にないか 他にないかと探して><地に足をつけながら 誰かの為に 微笑みを浮かべて>という、迷いながらも歩き続けるんだという決意を感じさせてくれます。
中田 「ハグレモノ」と「存在」は表裏一体で、角度は違いますが「ハグレモノ」の<君を知ったから死ねないな>と言葉と呼応しているんです。今まで迷いや葛藤があっても“作品”にするために、敢えて距離をとって俯瞰で見たり、演出していたと思います。でも今回はこの曲を含めて、すごく自分の心境がちゃんと作品になっていると思っています。でも一曲も楽観的な曲がない(笑)。今回は中田裕二の言葉を聴いて下さる方に、ストレスなくリアリティを持って届けるという裏テーマもあって、そこは意識しました。
「この不寛容な時代、色々なことを吐き出せない辛さを感じている人が多いと思う。僕もその一人」
――まるで短編小説のような、短い中に豊かさを感じせてくれる、濃密な世界が広がっている歌詞です。混沌とした時代だから確かな言葉もすごく必要だと思いますが、それ以上に不安を肯定してくれて「こういう人もいるんだ。いいんだ」と思える歌や言葉が求められている気がします。そういう音楽が増えている気がします。
中田 まさにそういう音楽を作りたいです。僕はいい意味での多様性や矛盾を内包する昭和映画が好きなんですが、今はますます勝ち負けの世界になったというか、数字の比較の世界というか、そこで色々なことを吐き出せない辛さを感じている人が多いと思います。僕もその一人です。それを受容してくれる場所がないというか。だからそんな不寛容な時代の中で、「あんまり無理しなくてもいいんだよ」という思いが、このアルバムにはメッセージとして存在しているのかもしれません。
「これまでライヴや作品作りで、一緒に中田裕二サウンドを追求してきたメンバーでレコーディング。このアルバムで完成したと思っています」
――先ほど『MOONAGE』というタイトルは、デヴィッド・ボウイの『月世界の白昼夢(ムーンエイジ・デイドリーム)』からインスパイアされたと教えていただきましたが、あの曲にはミック・ロンソンの素晴らしいギターが不可欠です。そう考えるとこのアルバムでは八橋義幸さんという名ギタリストが存在しています。八橋さんを始め、昨年中田さんとツアーを共にし、セッションを繰り返した手練れのミュージシャンが作る音がアルバムの強烈な“色”になっています。
中田 全幅の信頼を置いているミュージシャンで、僕の非常に暗い(笑)、重い表現をきちんとキャッチしていただけるメンバーです。お酒もよく飲んだし、僕のほぼ全てを知ってくれているメンバーなので、曲を作っている時から、できあがるサウンドを想像しながら、まるで当て書きのように書きました。
――前作『LITTLE CHANGES』は引き算の美学で作り上げた、音数が少なく、でも芳醇なサウンドが楽しめるアルバムですが、今作もそれを感じます。
中田 そうですね、このメンバーは、大人は引き算の方が大事になってくるということをわかっているみなさんです。そこにたどり着くまで修練が必要ですが、僕も以前は超情報量の男で、音を詰め込むタイプでした。
――中田流歌謡曲のようなポップスから、新機軸ともいえるダンサブルなナンバーまでいい“薫り”の音と歌が楽しめます。去年のライヴでもそうでしたが、張替智広さんのドラムとベース隅倉弘至さんのリズム隊が作る、エグい、でも情緒を感じるグルーヴが中田節をさらに際立たせていると思います。
中田 そうなんです。少し年上のこのお二人が持っている独特の、ちょっと枯れたというか捻くれているグルーヴは、僕達世代とはまた違う尖り方をしていて、それが本当に気持ちいいんです。このお二人と八橋さん、千ヶ崎学さん(B)、奥野真哉(P/Syn)さん、sugarbeansさん(P)、高橋結子さん(Per)、四家卯大さん(VC)と、これまでライヴや作品作りでご一緒させていただいて、中田裕二サウンドを作り上げてきて、このアルバムで完成したと思っています。
――「蒼ざめた光」は<月明かり>という、唯一アルバムのタイトルを連想させるようなキーワードが入っています。切々と歌っていって、チェロの音が絡んで、いい意味でドープな世界に入っていける曲です。
中田 すごくドープですよね。クラシックが持っている、美しき深淵というか、あの音像でしか表現できないものがあるんです。
――「SEESAW」はリズムカルなピアノが鳴っている、アルバムの中では唯一といっていいポップな曲です。
中田 アルバムがドープな感じで始まり、そのまま終わるんじゃないかと心配になりましたが(笑)、明るい曲を入れることができてよかった(笑)。こういう軽い、明るい曲調なんですけど、歌詞は人間が持っている業というか、性質を描いた重い歌詞で、それをどれだけ楽しげに歌っているかというギャップを楽しんで欲しい。以前から明るい曲も作ってきましたが、でも歌詞は絶対に人間の“困ったちゃんな部分”を赤裸々に書かないと「嘘ばっかりついてるわ、この曲」って納得できない部分があって。そういう意味でこの曲はすごく自分の中でバランスがいいというか。毒気が必要なんです。
――どの曲にも通底しているのは、陰や憂いを感じさせてくれるダンディズムです。
中田 ダンディズムって敗北者の視点だと思う。挫折とか敗北感とか喪失感、それがダンディズムに通じるのかもしれません。失敗をたくさんしている人、でもやけくそになっていない人のことが、僕はやっぱりかっこよく見えます。
中田は5月13日から、2019年の"Sanctuary"ツアー以来4年ぶりとなるフルバンド編成でのツアー『TOUR 23 "MOONAGE SYNDROME"』7公演と、昨年末の年忘れ公演で通算100公演目を迎えた、単独での弾き語りツアー『中田裕二の謡うロマン街道』5公演を開催する。