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死刑反対のノルウェー、国外で死刑判決の国民を8年間かけてコンゴから奪還

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
5月17日に緊急記者会見を開いた首相(右)と外務大臣(左)(写真:ロイター/アフロ)

死刑制度に断固として反対するノルウェー。国外で死刑判決を受けた唯一のノルウェー人を救出するために、ノルウェー政府とコンゴ政府の対話は8年間続いた。

2009年に始まった騒動は、2017年に終結を迎える。死刑判決を受けたジョシュア・フレンチは、憲法記念日で盛り上がる5月17日、母国ノルウェーへと帰還。この件を案じていた国中の人々を安心させた。

死刑判決を受けた2人のノルウェー人男性 一連の出来事

  • 2009年 2人のノルウェー人元兵士、ジョシュア・フレンチ(Joshua French)とチョストルヴ・モーラン(Tjostolv Moland)が、コンゴ現地で働く運転手を殺害した疑いで逮捕される。同年、スパイ罪・殺人罪・強盗罪で死刑判決を受ける。ノルウェー政府は抗議して、2人は控訴
  • 2010年 軍事控訴裁判所はあらためて2人に死刑判決を言い渡す
  • 2013年 モーラン受刑者が刑務所で遺体で発見される。当初、コンゴ政府は自殺と断定したが、同じ共同室にいたフレンチ受刑者による殺害と見解をあらためる
  • 2014年 同僚のモーラン受刑者を殺害した罪で、フレンチ受刑者は無期懲役が確定となる
  • 2017年5月17日 ノルウェーのアーナ・ソールバルグ首相とブルゲ・ブレンデ外務大臣は記者会見を開き、フレンチがこの日ノルウェーに帰国したことを発表

2人のノルウェー人が逮捕され死刑判決を受けて以降、ノルウェー政府は強く抗議し続け、コンゴ政府との対話を続けた。モーランが死亡し、フレンチが同僚の死の罪を負わされたことは不当だとして、ノルウェーからは非難が相次いでいた。

外務大臣は「フレンチの引き渡しは、人道的な理由・身体の健康面に配慮したコンゴ政府による判断だった。(刑を減刑する)恩赦は与えられておらず、フレンチはノルウェーでは罪に問われない」と話す。母国ノルウェーでは罪人として扱われず、人間らしい生活がおくれることを保証。政府間で金銭的解決があったことは否定している。

「フレンチがコンゴで問われた罪はノルウェーではありえない事例であり、国として断固反対する原則だった。外務省は最優先事項として対応してきた」と首相は現地メディアに回答。フレンチは国外で死刑判決を背負った唯一のノルウェー人であることを強調した。

ノルウェー政府は粘り強く対話を続けた。共に解決策を探ってきたコンゴ政府に感謝するとともに、生存して帰国することができなかったモーランの遺族に心からのお悔やみを申し上げると首相は話す。

子どもを想う母親の姿が両国の政府を動かす

「どうにかして解決策に導こう」。両国の政府関係者の心を動かしたのは、フレンチの母親であるカーリ・ヒルデ・フレンチだった。コンゴに引っ越し、息子を支え続ける母親の姿は何度もメディアで報じられ、両国で注目を集める。

「今回の事案における人道的状況と、母親のカーリ・ヒルデ・フレンチの我が子に対する思いやりとその姿に配慮して、コンゴ政府は今回の決断に至った」。首相は記者会見で、息子を支える母親の献身的な姿があったからこそ、コンゴ政府が特例として囚人を解放したと話す。

国の良さを再認識するナショナルデーに帰郷

憲法記念日で国中がお祝いモードで盛り上がる中、フレンチは母国の土地に午前11時にジェット機でひっそりと着陸。18時の記者会見で、フレンチ帰国が公のものとなった。

この日、カーリ・ヒルデ・フレンチは自身のブログを更新し、息子の帰還を喜び、ノルウェー政府に大きな感謝を述べた。

なぜ、ノルウェーという国は一人の命にここまで必死になるのか

今日、私たちは5月17日、ナショナルデーをお祝いしています。私はこれまでいくつもの国に住んできましたが、ノルウェー人であることを常に感謝し続けてきました。なぜ、ノルウェーという国が、たった一人の国民を帰国させるために、これほど必死に力を注ぐのか。それはコンゴの人々にとって理解しがたいものでした。私たちの社会は個人の尊厳に重要な価値を見出しています。そのことを大切にし続けていきましょう

出典:公式ブログ「Free Joshua French」

フレンチ本人からはコメントは出ておらず、ソールバルグ首相はフレンチの現在の健康状態についての回答を避けている。

別記事「死刑や復讐は解決策にはならない オスロで死刑廃止世界会議」

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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