NEM580億円盗難も仮想通貨に怯えるIMF「中国人民元より怖い」日本は安全対策と利用者保護の確立を
史上最大の盗難事件
[ロンドン発]仮想通貨を取り扱う日本の大手交換所コインチェックから約26万人の顧客が預けていた580億円相当の仮想通貨NEM(ネム)が不正送金された事件は、交換所のセキュリティー対策と利用者保護のあり方を改めて浮き彫りにしました。コインチェックは全額補償する考えを表明しました。
仮想通貨は発行枚数に限りがあることや、そのもととなるブロックチェーン技術の応用への期待から買う人が急拡大し、ボラティリティー(価格の変動)が非常に大きくなっています。580億円相当の盗難事件は世界を見渡しても史上最大の被害額と言えるでしょう。
日本の金融庁は管理体制に問題があるとしてコインチェックに業務改善命令を出しました。がしかし、政府からも中央政府からも管理されない仮想通貨は基本的に開発者やコア・チーム、マイニング会社、交換所、ウォレット・サービス提供者、利用者といった各コミュニティーによって自主的に運営されています。
ブロックチェーン技術は、決まった台帳管理者を置かずに参加者が同じ台帳を共有しながら資産や権利の移転を記録していくため、取引が偽名で行われていたとしても追跡することが可能です。このため、仮想通貨NEMの普及に努めるNEM.io財団は盗まれた仮想通貨を追跡、受け取ったアカウントにタグ付けして取引を把握する方針で「犯人」との取引に応じないよう呼びかけています。
盗まれた仮想通貨のデータを「盗品」と考えれば、盗まれたと知りながら取引すれば犯罪に問われるのが世界の常識です。日本の場合、盗品等関与罪を適用して処罰できそうです。「犯人」が不当に利益を得るのをシャットアウトし、交換所が全額補償に応じれば、災い転じて福となすで仮想通貨としてNEMの信頼性は逆に上がるかもしれません。NEMコミュニティーの結束が問われています。
ユーロ圏の外貨準備に組み入れられる中国人民元
1月29日、イギリスの名門大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で国際通貨基金(IMF)欧州事務所のジェフリー・フランクス所長が欧州単一通貨ユーロ圏について講演しました。ドイツ連邦銀行(中央銀行)が中国の人民元を外貨準備に組み入れることについて質問が出ました。
IMFは2016年10月、特別引出権(SDR)バスケットに人民元を加えました。これで構成比は米ドル41.7% 、ユーロ30.9% 、人民元10.9% 、日本円8.3% 、英ポンド8.1%となりました。これを受けて、欧州中央銀行(ECB)は昨年、5億ユーロ相当の米ドルを人民元に切り換えました。
ロイター通信によると、ベルギー中央銀行も2億ユーロ相当の人民元を、スロバキアも人民元を購入。フランス中央銀行はすでに人民元を外貨準備に組み入れ、スペイン中央銀行も検討中だそうです。非ユーロ圏では、スイス国立銀行(中央銀行)とイングランド銀行(英中央銀行)は人民元の資産を運用しています。
フランクス所長は「世界経済における中国経済の重要性を考えると、ドイツ連邦銀行が人民元を外貨準備に組み入れるのは自然な流れだ。人民元が国際金融システムに入ってきたとしてもプレーヤーが増えるだけだが、ビットコインのような仮想通貨は完全に異なるアニマルだ。現在の国際通貨システムを大きく揺るがす可能性がある」と答えました。
「仮想通貨本位制」の脅威
突然、ユーロから仮想通貨に話が飛躍したので、筆者は「日本では580億円相当の盗難事件があったばかりで、仮想通貨の未来を危ぶむ声が出ている。中国では仮想通貨のマイニングや交換所での取引、仮想通貨関連サービスを規制したり禁止したりすべきだと警戒する声がある。韓国でも交換所がハッキング攻撃に見舞われる事件が相次いでいる」と質問しました。
フランクス所長は「私は専門家ではないし、IMFが仮想通貨に対して公式な立場を決めているとは思わないが」と断りながらも「ハッキングやマイニングの問題はあるものの、仮想通貨の流通規模が大きくなってくるとIMFや中央銀行の政策決定者にとって致命的な問題になってくる」と指摘。
仮想通貨は、金本位制から戦後、米ドル金為替本位制を中心としたIMF体制(ブレトン・ウッズ体制)、ドルと金の交換を停止したニクソンショック後の変動為替相場制度へと移行した国際通貨制度を根底から揺るがす可能性を秘めているのです。
取引履歴の透明性が100%保証されているブロックチェーン技術は、貿易の信用状、温室効果ガスの排出権取引、不動産取引の登記簿、金融機関の独自通貨などへの応用が大いに期待されています。サイバー空間のゴールドと言うことができ、セキュリティー対策が確立されれば、国際通貨制度は「仮想通貨本位制」に移行するかもしれません。
フランクス所長は「ブロックチェーン技術は取引を管理する上で非常に有用なテクノロジーだが、ビットコインのような仮想通貨はマクロ経済政策、IMFや中央銀行の通貨政策にとって極めてセンシティブな問題だ」と警鐘を鳴らしました。
「犯人は誰だ」
仮想通貨は19世紀のゴールドラッシュと同じような熱狂に包まれています。今回の仮想通貨の不正送金は、金塊の強奪と同じです。仮想通貨には当時のゴールド以上の価値があるということです。さて「犯人」は誰なのか。
NEM.io財団は不正送金先をもうつかんでいるかと思いますが、捜査の常道として内部に手引した者がいないか真っ先に調べるでしょう。それとも国際犯罪組織のハッカーか。
核・ミサイル開発で経済制裁が強化され、資金が枯渇していると報じられている北朝鮮の仕業かもしれません。
サイバー・セキュリティー会社ファイア・アイによると、16年以降、北朝鮮とみられる攻撃者が世界的な金融システムや銀行を標的にしています。国家や平壌のエリート層の資金を調達するため、ビットコインをはじめとする仮想通貨の盗難を企んでいるそうです。昨年、韓国の仮想通貨を狙った攻撃が相次ぎました。
4月22日 仮想通貨交換所で4つのウォレットが不正アクセスの対象に
5月 2つの仮想通貨交換所を標的としたスピアフィッシング攻撃と不正アクセス相次ぐ
6月初旬 仮想通貨サービス・プロバイダーとみられる標的に対し北朝鮮の関与が疑われる活動が増加
7月初旬 個人アカウントへのスピアフィッシング攻撃により仮想通貨交換所が標的に
仮想通貨政策で先行する日本
偽名でやり取りできる仮想通貨はマネーロンダリング(資金洗浄)や脱税、麻薬や買春、武器の違法取引に使われる危険性があり、取引市場では不正な相場操縦が横行する恐れさえあります。このため日本では昨年4月、世界に先駆けて仮想通貨交換業者の登録制を導入しました。
導入前から仮想通貨の交換業をしていたコインチェックは金融庁の審査を受けており、「みなし業者」として営業していました。4年前に約470億円相当を消失させた仮想通貨交換所マウント・ゴックス事件と今回のコインチェック事件は、日本が良きにつけ悪しきにつけ「仮想通貨大国」であることを浮かび上がらせます。
こんな時にこんなことを言うと不謹慎かもしれませんが、日本は仮想通貨コミュニティーと連携してセキュリティー対策と利用者保護を確立し、「仮想通貨本位制」を主導するぐらいの意気込みでブロックチェーン技術の実用化に取り組んでほしいと思います。そうすれば、急速に国際化していく中国人民元も「恐るるに足りず」です。
(おわり)