中国・韓国のパンダ外交を読解する
蒋介石の妻が始めたパンダ外交
訪韓した中国の習近平国家主席と韓国の朴槿恵大統領が今月3日の首脳会談で、中国から韓国にパンダのつがい1組を貸与することを決めた。
中国の「パンダ外交」は日中戦争期、中国国民党指導者、蒋介石の妻、宋美齢が米国に2頭を贈ったのが始まり。宋美齢は対米宣伝工作を担当。パンダ贈呈は中国のイメージアップを図り、米国を味方につけるのが目的だった。
現在パンダが1頭もいない韓国へのパンダ貸与をどう見たらいいのか? ドイツと比較して考えてみる。
中国との経済関係を強化するドイツでは、2012年に唯一頭のパンダ「バオバオ」が34歳で死亡。メルケル首相は今月6日から訪中しているが、パンダ貸与の話が出るかどうか。
メルケル独首相と朴槿恵大統領の比較
【ドイツ・メルケル首相】
・ドイツと中国の貿易総額は過去3年、年間約1400億ユーロ(約19兆3700億円)。今年第1・四半期の対中輸出は9.8%拡大。
・2011年と12年に中国とドイツの合同閣議を開催。今年秋に3度目の合同閣議を予定。
・2007年、ベルリンでチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と会談、その後、対中関係は冷え込む。
・中国の人権問題には言及しているが、経済関係を優先。
・2008年、欧州連合(EU)・中国のパートナーシップと協力のための協定(PCA)。
【韓国・朴槿恵大統領】
・習近平国家主席は中国の国家指導者として慣例を破り、初めて北朝鮮より先に韓国を訪問。韓国の「正統性」にお墨付きを与えた。
・従軍慰安婦や靖国参拝など歴史問題や安倍政権批判で習近平氏と共闘。
・13年の対中輸出依存度は26.1%と過去最高。対中直接投資額も前年比で30.5%増。中国は今や最大の貿易(かつ最大の貿易黒字)相手国。(日本総研)
・今回の首脳会談で12年5月に開始された中韓自由貿易協定(FTA)の年内妥結で一致。
3期に分類できるパンダ外交
英オックスフォード大学のポール・ジェプソン博士らが分析した結果、死者・不明が8万8千人以上にのぼった2008年の中国・四川省大地震をきっかけに中国の「パンダ外交」は第3期に入っている。
(1)1937~1983年日中戦争と冷戦
(2)1984~2007年トウ小平氏の開放政策。1984年、絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)で附属書1(今すでに絶滅する危険性がある生き物)に格上げされ、基本的に商業目的の取引は禁止される。中国政府は年間100万ドル(約1億円)にのぼる料金でパンダの貸与を開始
(3)2008年~四川大地震後
日本の歴史学者、家永真幸氏は著書『パンダ外交 中国はパンダという「資源」をどう活用し、国際社会を渡ってきたか?』(メディアファクトリー新書)で次のように分類している。
(1)日中戦争期
(2)冷戦期
(3)外貨稼ぎ、1994年、和歌山アドベンチャーワールドに初の長期レンタル方式
ジェプソン博士は環境の専門家、家永氏は日中関係に詳しい歴史学者という違いはあるが、分類の仕方はある程度、共通している。ジェプソン博士から電話取材できたので紹介しよう。
(1)1937~1983年
蒋介石は米国との関係を強化するためパンダ2頭を贈呈したが、中国共産党の毛沢東時代も地政学に基づき戦略的な関係を強化するため、1957年ソ連にパンダを贈呈。北朝鮮にも贈られる。
ニクソンの電撃訪中に合わせて、1972年、シンシン、リンリンのつがいが米ワシントンの動物園に贈呈。同年、日本でもカンカン、ランランがパンダブームを巻き起こす。外交目的を達成するため、首都の動物園に。
フランス、英国、メキシコ、スペイン、西ドイツ(当時)にも贈られる。1957~83年にかけ「友好大使」として贈呈されたパンダは全部で24頭。
(2)1984~2007年
トウ小平氏が開放政策を進めたため、「パンダ外交」も地政学重視から市場としての重要性に軸足を完全に移す。1984~87年、8つの動物園に月5万ドルで貸与されるが、1991年、中国政府は短期の貸与を禁止する。
(3)2008年~
四川大地震でパンダの生息地の5.9%が破壊され、67%が影響を受ける。1~3日間しかないパンダの交尾期間を直撃する。このためパンダ外交の対象も絞られる。
ジェプソン博士は筆者に「韓国へのパンダ貸与のニュースは知らなかったが、極めて興味深い。パンダ外交の第3期はFTAで合意しているか、価値のある資源や技術を中国に提供している国に限定されている」と指摘する。
大切なポイントは現在、何頭いるかではなく、パンダがどれだけ中国からやって来たり、送還されたりするかだという。
パンダは対中FTA合意のご褒美
まず、中国とFTAで合意した国・地域に注目してみよう。
08年ニュージーランド パンダなし
08年シンガポール 12年11月パンダ到着
09年マカオ 10年12月パンダ到着
09年ASEAN(東南アジア諸国連合) タイ10年にパンダ貸与延長、マレーシア14年5月到着、香港パンダ4頭
14年韓国 同時にパンダ貸与を発表
中国は欧米諸国を中心に保護主義が広がることを警戒しており、パンダ外交とFTAにはかなり密接な相関関係があることがわかる。韓国へのパンダ貸与はまずFTAと関係している。
パンダと資源・技術
次は資源や技術供与に注目してみよう。
11年英スコットランドにパンダ2頭 スコットランドはサケ、ランドローバー、石油化学・再生可能エネルギー技術26億ポンド(約4500億円)相当を中国に供与
12年フランスにパンダ2頭 酸化ウラン供与、フランスの原子力企業アレバが中国でウラン処理施設を建設、国際石油資本トタルが中国の石油化学プラントに投資。総額で200億ドル(約2兆円)
13年カナダにパンダ2頭 カナダは中国に酸化ウランを供与、中国の国営石油企業がカナダのオイルサンド企業(21億ドル=約2100億円=相当)を買収
2050年までに原発を現在の5~6倍に増やす計画の中国にとってウランの確保は「パンダ外交」に値するというわけだ。
Guanxi
ジェプソン博士は中国語で互いに利益を享受できる関係を意味する「グァンシー(Guanxi)」にも注目する。
基本となるグァンシー4原則は
「信頼」
「好意」
「依存」
「適応」
だという。
パンダ外交は「グァンシー」の象徴でもあるのだ。韓国の朴槿恵大統領は中国との間にグァンシーを構築。
これに対して、中国とEUは今年3月の首脳会議で、現在協議を進める投資協定が締結すればFTA交渉の開始を検討することで合意したばかり。しかも、メルケル首相は中国の人権問題を完全には棚上げしていない。
これが、韓国にパンダが貸与され、ドイツにはまだやって来ない最大のポイントになっている。
外国生まれパンダの中国送還の意味
2010年には米国生まれのパンダ2頭が本国に送還されたが、その直前、オバマ大統領はダライ・ラマとの会談は対中関係を損なうと警告を受けていた。
FTAが発効したあともパンダがやってこないニュージーランドのキー首相は「パンダのために私たちの見解を売り渡すことはないだろう」と発言したことがある。
昨年12月、ミシェル米大統領夫人が、ニクソン訪中で中国が米国にパンダ2頭を贈呈したことに触れ、「この素晴らしい動物は両国の間で深まる絆を象徴しています」と述べ、習近平国家主席の彭麗媛夫人が「パンダは両国民のやさしい気遣い、両国間の友好を象徴しています」と応じ、米中友好を演出した。
パンダが中国に送還されたり、待てど暮らせどやって来なかったりする背景にはグァンシーの問題もあるようだ。
習近平氏のパンダ外交
日本へは2011年、パンダ2頭が上野動物園にやって来た。沖縄・尖閣諸島が国有化される前で、中国がまだ日本との関係を修復しようとしていたことがうかがえる。
事実上、習近平体制になってからのパンダ貸与は
2013年カナダ2頭
2014年ベルギー2頭、マレーシア2頭
これに韓国が加わる。
対外強硬路線で深まった国際社会での孤立を改善する狙いも指摘されている。毛沢東時代のようにパンダ外交に地政学的な要素が加えられるのかどうかはわからない。
しかし、日本生まれパンダの中国送還が相次ぎ、パンダの貸与期間が短縮されたり、打ち切られたりするときは注意した方が良い。いよいよ日中関係は瀬戸際ということだ。
(おわり)