金融機関の手数料が10倍高い例も!企業型確定拠出年金で600万人のサラリーマンがカモにされている
日本の企業年金の中核となった企業型確定拠出年金
国の年金制度とは別に、会社が老後の定期収入を作るための制度として導入するのが企業年金です。一般には退職金の一部ないし全部を企業年金とし「一時金でもらうならただの退職金だが、年金でもらうことを選べば老後の定期収入」と選べる仕組みとなっています。
この企業年金制度、かつては2500万人以上の加入者があったのですが(厚生年金基金、適格退職年金に中小企業退職金共済制度を加えた数字)、今では減少の方向です。2017年3月末の数字ではそれぞれ、
確定給付企業年金 818万人
確定拠出年金(企業型) 591万人
中小企業退職金共済 343万人
厚生年金基金 139万人
となっており単純合計では1891万人となっています。実際には大企業が2制度を1人の社員に適用していることがあり、企業年金がある会社員の4割程度とみられています。
この中で、今世紀に入って前年比で増え続けている制度はひとつだけです。それは確定拠出年金(企業型)です。いわゆる「日本版401k」と呼ばれている制度ですが、社員自身が働きながら自分の退職金持ち分を自己責任で運用する仕組みです。この制度がもしなければ、企業年金の利用者数は1300万人を割っていたことでしょう。
熾烈な競争が続く個人型確定拠出年金(iDeCo)やつみたてNISAでは、手数料引き下げ合戦が個人のメリットに
確定拠出年金(企業型)と、この制度だけ末尾にカッコをつけて書いているのは、個人型の確定拠出年金という制度もあるからです。こちらは基本的に個人が自由に入って自由に積み立てを行う仕組みです。2017年1月から規制緩和により現役世代は誰でも加入できるようになりました。
金融機関のプロモーションも積極的であったこともあり、利用者は昨年末から2倍以上に増え、2017年末にはおそらく75万人くらいの規模に拡大するペースです。こちらは金融機関の競争が激化しており、その効果は「手数料引き下げ」として利用者のメリットとなっています。
新規参入組が手数料が低い投資信託を並べ、かつ口座管理手数料も引き下げてきたため、昔から参入していた金融機関も新プランを提示、対抗値下げを余儀なくされました。かつては年1%以上の運用手数料を取るのが一般的だったバランス型の投資信託(ひとつの投資信託で株式や債券、国内や海外に分散投資できる商品)が、年0.3%以下のところで勝負するようになっているのです。
投資信託の手数料引き下げは、もはや金融機関に取って避けて通れない課題です。金融庁の肝いりで2018年1月よりスタートする「つみたてNISA」では一定の手数料を超えた場合、そもそも販売できないほどの厳しい要件を課しており、たとえば国内株式インデックスファンドであれば年0.5%以上に設定することが認められていません。
仮に運用成績が同等であれば、手数料の高低がそのまま我々の手取りに直結するわけですから、手数料引き下げ合戦は基本的に個人のメリットです。
金融機関の手数料が10倍の例もある企業型確定拠出年金の高コスト投資信託
ところが、この手数料引き下げの影響がまだほとんど生じていないのが企業型の確定拠出年金です。企業型の確定拠出年金は2001年10月からスタートしており、もっとも古株の制度は15年以上の歴史がすでにありますが「昔の手数料割高商品」が未だにゾンビのごとく生き残っていることがあるのです。
投資信託の情報サイト「投信まとなび」で、確定拠出年金向けに設定されたバランス型ファンドをフィルタリングすると126本が出てきます(以下、2017/11/24現在のデータにもとづく)。最安値が「DCニッセイワールドセレクトファンド(安定型)」ですが年率0.1728%の手数料です。これはつみたてNISAや最近提供されているiDeCoの水準です。設定日が2017年7月となっており、新しい商品であることが分かります。
これに対し逆に手数料が高いほうをみると、古いタイプの投資信託がずらりと並びます。2001年10月に設定された「三菱UFJライフ・バランスファンド(積極型)」の手数料は年1.7280%と最安値の10倍にもなりました(といっても、この投資信託は残高2.3億円とほとんど利用されておらず、同社は低コストの「三菱UFJプライムバランス(安定型)(確定拠出年金)」という商品を後ほど設定、こちらが主力商品となっています。手数料も0.2376%と低い数字です)。
手数料率でこれに次ぐ高さ(年1.620%)の投資信託には「DIAMライフサイクル・ファンド2安定・成長型」が254.3億円(2001年10月設定)、「DIAMライフサイクル・ファンド3成長型」が230.2億円(2001年10月設定)、「DIAMライフサイクル・ファンド1安定型」が100.3億円(2001年10月設定)、「DCニッセイ/パトナム・グローバルバランス(株式重視型)」94.6億円(2001年11月設定)など、残高では同カテゴリーでベスト20に入るような商品が含まれています。いずれも古い時期の投資信託ですが、割高な手数料の商品が残高を集めているという実態があります。
そう。最大の問題は、この「古くて割高」な投資信託が多くの企業型確定拠出年金で今でも運用の選択肢として存在している、ということなのです。
確実に将来、会社の責任と金融機関の責任、双方が問われることになる
確定拠出年金(企業型)の問題は、社員が自由に金融機関を乗り換えることができないことです。iDeCo(個人型確定拠出年金)の場合、気に入らない金融機関から別の金融機関に乗り換える余地があり、これは個人の選択の自由を守ることと、金融機関間の競争を促すことになっています。そしてその競争がまた個人の利益を実現しています。
ところが確定拠出年金(企業型)の場合、会社が全社員を対象にひとつの金融機関と契約します(運営管理機関という)。社員が任意の金融機関を選ぶことがそもそもできません。さらに、その運営管理機関が提示した運用商品リストしか、社員は運用の選択肢として選べません。運用手数料年0.3%の投資信託が選べる会社の社員もあれば、年1.5%の手数料の投資信託しか選べない会社の社員もいるのが実情なのです。そして後者の社員は同じ会社に勤め続ける限り、年0.3%の商品を買うことはできません。
もし手数料の割安な投資信託に変更するとすれば、会社がアクションを起こし、金融機関がそれに応じる必要があります。理屈としては金融機関から「これがあなたの会社の社員の利益になります」と見直し提案があってもいいのですが、自らの利益を減らすような提案はなかなか行われていないのが実情です。
この問題は、確定拠出年金(企業型)を実施する会社にとっても、確定拠出年金ビジネスを営む金融機関(運営管理機関)にとっても、実はリスクです。「不利益な商品しか選べない投資環境を押しつけられたことで運用資産が目減りした」と将来訴訟されるリスクは少なくないし、もしそうなったらおそらく負ける可能性が高いからです。
実は確定拠出年金の法律には、会社や金融機関の利益ではなく、社員(加入者)の利益を最大限に優先して制度を運営することがうたわれています(忠実義務規定)。もし、運用の手数料が3倍あるいは5倍高い商品がいつまでもゾンビのように居座っているとしたら、これは社員の利益を尊重していないことは明らかではないでしょうか。
2018年5月に法律改正。今後5年での対応がカギとなろう
しかし今まではひとつ言い訳する余地がありました。運用商品の入れ替えが実務的に困難であったからです。その商品を保有している社員全員の同意書を取らなければ除外が不可能で、かつ会社は該当する社員のリストを入手することが困難でした。前者は労働者保護の見地、後者は個人情報保護の観点から厳しいルールとしていたわけですが、むしろ会社や金融機関に言い訳を許す余地も与えてしまったわけです。
これが2018年5月1日より規制緩和されることになっています。除外が実質的に無理なので、商品見直しをしない、という言い訳は通用しなくなります。さすがに1カ月で見直しというわけにはいきませんが、すくなくとも向こう4~5年くらいで見直しをしなければ、「社員の利益を最大限に優先した」とはいえないでしょう。
まず、企業型確定拠出年金を採用している会社は、割高な投資信託商品が自社のリストに含まれていないか至急確認するべきです。運用手数料が年0.5%を超えていたらそれはもはや高すぎる水準です。よく分からない場合は、金融機関に対して「少なくとも、つみたてNISAに提供しているレベルの商品に見直して欲しい」と注文してみてください。それが会社を将来の訴訟リスクから守り、社員に有利な運用の選択肢を提供することになります。
そもそも会社の担当者が無知であることが、金融機関を野放しにしていることが珍しくありません。その金融機関がメインバンク(お金を借りているとか)であろうと、社員の貴重な老後資産を身代金に差し出すようなことが許されるわけではないのです。
一方、企業型の確定拠出年金でビジネスを営む金融機関は、受託者責任という言葉を改めて認識、クライアントである企業へ見直し提案を行うべきでしょう。金融庁から耳にタコができるほど聞かされているフィデューシャリーデューティは確定拠出年金ビジネスにも無関係ではないのです。
そして一社員の立場(あるいは労働組合の立場)としては、このコラムのリンクを会社の確定拠出年金担当者に送ってみてはどうでしょうか。「うちの投資信託の手数料は実は超割高で、最安レベルからすれば400%も高いんだけど!」というような主張が社員から(できれば労働組合からもプッシュ)寄せられることが、会社に対するプレッシャーになり得ます。
仮に年3.5%の運用成績を確保したのち、運用手数料が0.2%引かれるケースと年1.6%を引かれるケースを比較すると60歳時点での受取額の違いは1363万円と1002万円という大差になります(毎月1.5万円を22歳から60歳まで積み立てたとモデルを設定し試算)。
300万円という差を言い換えれば、金融機関の取り分ということになります。これは無視できません。運用商品の見直しというと、会社の担当者はたいてい面倒ごとだと考えていますが、高い手数料の投資信託を放置することは、社員の退職金をひとり300万円ずつ減らし、金融機関に差し出すことなのです。