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「牛乳パックをまな板がわりにしないで」 災害時のアレルギー対策は進んだのか? ♯あれから私は

あんどうりすアウトドア防災ガイド  リスク対策.com名誉顧問 
写真提供 いわてアレルギーの会

理解されていなかった災害時のアレルギー

 東日本大震災から10年がたちます。10年前の当時は、アレルギーに対しての理解が今ほどありませんでした。そのため、家族や家を失うなど、やっとの思いで避難した場所で、アレルギーが「わがまま」や「好き嫌い」だと誤解され、食べ物の調達に困った親子がいました。 

 2012年の内閣府の避難所における良好な生活環境の確保に関する検討会(第2回平成24年11月12日)の資料には、当時の親子の声が記載されています。

 「アレルギー疾患が、こどものわがままや、親の過保護のように思われ、悲しかった。」

(喘息)

 「避難所で発作を起こしたが、喘息であることを理解できない周囲の人から『風邪』と思われ、避難所で蔓延すると思われていられなくなり、大規模半壊した自宅へ戻り、2階で生活した。」

(アトピー性皮膚炎

 「4ヶ月の三女の湿疹が悪化し、避難所を巡回している保育士の方に薬を求めたが、それどころではなく、相手にしてもらえなかった。身体中血だらけになるほど掻きむしっているこどもに何もしてあげられず辛かった。」

(食物アレルギー)

 「震災時に親と離ればなれで避難所にいた我が子は、大人たちが大変そうだったので、自分がアレルギーを持っていることを言えず、空腹に耐えかねて配給されたものを食べてしまった。」

 「食べさせられない食料があっても意味がないのに、『アレルギーが出ても食べないよりはいいのだから食べさせろ』と、避難所に食料をもらいに行った時、言われた。」

 「配給の時に『アレルギーがあるので、どんなものがあるのか、成分表示なども見せて欲しい』と何度も話したが、嫌な顔をされ、とても困った。」

 アレルギーに対する理解も公的支援も乏しかった当時です。未曾有の災害の中、支援者も被災しながら対応している状況だったので、アンケートでこのような声を出している親でも、対面では支援を言い出すことすらできていませんでした。

東日本大震災 支援物資の配布の長蛇の列
東日本大震災 支援物資の配布の長蛇の列写真:ロイター/アフロ

 なぜ言い出すことができないかというと、上の写真を見てください。並んだ先にアレルギー対応食品がなかったとしても、「みなが大変な状態なのにとても言い出せない」と思ってしまう気持ちをご理解いただけるのではないでしょうか?

支援しても物資が届かない

 このような状況で、支援に積極的に動いていたのが同じ当事者として苦労がわかる、アレルギーの子を持つ親たちでした。

 現在、いわてアレルギーの会の代表を務めている山内美枝さんもそのひとりです。

資料 いわてアレルギーの会
資料 いわてアレルギーの会

 山内さんは、盛岡市を中心に活動されていたので、被害の大きい沿岸部からは離れていました。ご自身もアレルギーのお子さんを育てている中、いてもたってもいられず、余震がまだ続く避難所にアレルギー支援のポスター貼りやSOSカードの配布を始めたのが3月21日でした。

資料 いわてアレルギーの会 配布したSOS連絡先カード
資料 いわてアレルギーの会 配布したSOS連絡先カード

 そしてその頃からSOSの連絡が入り始め、支援物資も集まってきました。

 とはいえ、東北は都市間の距離が離れているのです。

資料 いわてアレルギーの会
資料 いわてアレルギーの会

 沿岸の各地域に支援物資を置く拠点を6ヶ所設けてもらったものの、移動時間は片道2時間を超えるほどでした。それでも届いた物資を支援物資拠点に運んでいたのですが、ここで問題が起こります。

 下の写真は、令和2年7月豪雨の熊本県の球磨村で撮影された支援物資の写真です。現在でも支援物資はこのようになります。

(一財)消防防災科学センター 災害写真アーカイブより引用
(一財)消防防災科学センター 災害写真アーカイブより引用

 東日本大震災当時はもっと混乱していました。各地で支援物資が山積みされ、中身が確認されないまま放置されることもありました。箱に何が入っているかも分からなかったり、様々な物資が混在しているため、仕分けにすら着手できない物資も多くありました。

 そのため、せっかく支援物資拠点に置かせてもらったアレルギー対応食品が箱の山に埋もれ、必要としている方に届かないことも多々ありました。

1週間以上アレルギー対応食品を入手できなかった人が半数 中には1か月以上入手できなかった場合も

 2019年に発行された農林水産省「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」では、東日本大震災の時、1週間以上アレルギー対応食品を入手できなかった人が半数で、中には1か月以上入手できなかった場合もあったことが記載されています。

農林水産省「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」より引用
農林水産省「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」より引用

 この時、山内さんが聞いたSOSに「食べて死ぬか、食べずに死ぬか悩む」というものがあったそうです。

防災炊き出しハンドブック LFA食物アレルギーと共に生きる会HPより引用 http://lfajp.com/index.html
防災炊き出しハンドブック LFA食物アレルギーと共に生きる会HPより引用 http://lfajp.com/index.html

 食べることで、呼吸困難やアナフィラキシーショック症状が起こることもあります。災害時は医療体制も脆弱になるので、病院に行けるかどうかもわかりません。「食べて死ぬか、食べずに死ぬか悩む」という言葉から、アレルギー対応食品を求めることは、わがままや好みではなく、命に関わる問題であるということがよくわかると思います。

アレルギー対応の備蓄品は2週間分を

資料 いわてアレルギーの会
資料 いわてアレルギーの会

 このように災害時は、特別なニーズに合致する食料が確保できなくなる事があるので、現在、アレルギーの子がいる親の会では、「自助」の大切さを伝えています。 

農林水産省「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」でも、普段使っているアレルギー対応食品を多めに買い置きし、古いものから消費し、消費したら買い足すローリングストック法で、少なくとも2週間分の備蓄を勧めています。

農林水産省「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」 アレルギー対応食品および飲料水について
農林水産省「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」 アレルギー対応食品および飲料水について

 また、震災当時は、困っているのにどうしても言い出せない親たちや、親と離れた場所で被災したこどもが自分から言い出せなかったり説明できないこともあったため、伝えるためのツールも開発されてきました。

資料 いわてアレルギーの会
資料 いわてアレルギーの会

 アレルギーサインプレートや緊急カードは、こちらからダウンロードできます。ビブスを準備している団体もあります。

災害時に起こる想定外

 たとえ、各自の備蓄が進んだとしても、災害時には想定外が起こります。ハザードマップに書かれたとおりの災害だけが起こるわけではありません。外出中に巨大地震が起こると、手持ちの数では足りず、支援が必要になる場合もあります。

資料 いわてアレルギーの会 当時、会に寄せられた相談事例
資料 いわてアレルギーの会 当時、会に寄せられた相談事例

 また、災害時に初めてアレルギーが発症したケースも報告されています。いわてアレルギーの会には、3月11日以降、いつものミルクでアレルギー反応がでるようになったため、アレルギー対応ミルクが必要になった母子の声が届いています。このような場合は、いつも使っている製品の備蓄では対応できないため、公的機関での備蓄も必要になります。

東日本大震災後に動いた国の指針

 国もこの問題を重視し、指針を作成しました。まず、東日本大震災から2年後の2013年8月 内閣府から避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針がだされました。

 この中で、アレルギー等の慢性疾患を有する者も要配慮者として体制を整備しておくことや、

平時から市町村の防災関係部局、福祉関係部局及び保健衛生関係部局が中心となり、関係部局等が協力して、会議を開催し、要介護高齢者、障害児者、妊産婦、乳幼児、アレルギー等の慢性疾患を有する者、外国人等(以下「要配慮者」という。)や在宅者への支援も視野に入れて連携し、避難所についての災害時の対応や役割分担などについて決めておくこと。

(内閣府 避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針より引用)

 避難所における備蓄には、食物アレルギーの避難者にも配慮したものを準備する指針になり、確実に届けられるようにすることが記載されています。

 その際、食物アレルギーの避難者にも配慮し、アルファー米等の白米と牛乳アレルギー対応ミルク等を備蓄すること。(中略)

食物アレルギー対応食品等についても、必要な方に確実に届けられるなど、要配慮者の利用にも配慮すること。

(内閣府 避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針より引用)

 そして、特に以下の部分に注目していただければと思います。指針の中に、「避難所で提供する食事の原材料表示を示した包装や食材料を示した献立表を掲示し、避難者が確認できるようにすること」と書いてあるのです。

7 食物アレルギーの防止等の食料や食事に関する配慮 (1) 食事の原材料表示

食物アレルギーの避難者が食料や食事を安心して食べることができるよう、避難所で提供する食事の原材料表示を示した包装や食材料を示した献立表を掲示し、避難者が確認できるようにすること。

(内閣府 避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針より引用)

 アレルギーの子と日常的に接していない人にとって、「おにぎり」にアレルギー物質が入っているとは想像しにくい事ですが、「小麦」や「大豆」を含むことがあります。粉末だしやカレールー、かまぼこにアレルギー物質が含まれている場合もあります。

防災炊き出しハンドブック LFA食物アレルギーと共に生きる会HPより引用 http://lfajp.com/index.html
防災炊き出しハンドブック LFA食物アレルギーと共に生きる会HPより引用 http://lfajp.com/index.html

 そのため、当事者が自分で見て判断できるよう、避難所で提供する食事の原材料表示が書いてある包装や食材料を示した献立表を掲示することが内閣府の指針になったのです。 

 具体的には下記の写真のように表記します。

資料 いわてアレルギーの会
資料 いわてアレルギーの会

「牛乳パックをまな板がわりにしない」「乳酸菌飲料の容器を計量カップがわりにしない」

 ただ、このように原材料などが表記されたとしても、まな板がわりに牛乳パックが使われていたり、計量カップに乳酸菌飲料の空容器が使われていたために、アレルギー症状がでた方もいました。

イラストACよりあんどうりす作成
イラストACよりあんどうりす作成

 これらは、微量でも症状がでる方がいます。食べなくても触れただけで症状が出る方もいます。だから、たとえよく洗っていたとしても、代用品は使わないことが、アレルギーの子たちの命を守ることにつながります。その場にあるものを利用する防災の知恵は日常から人気がありますが、アレルギー対策に関していえば、再利用は危険です。シート状で使い捨て可能なまな板もありますので、事前に準備しておくことが重要です。

その後の災害で指針は生かされたのか?

 国の指針や知見も積み重なりましたが、その後の災害で、教訓が生かされたのでしょうか?

厚生労働省健康局健康課 栄養指導室 「熊本地震に係る栄養改善・食事 支援について〜国の取組と今後の課題〜」より引用
厚生労働省健康局健康課 栄養指導室 「熊本地震に係る栄養改善・食事 支援について〜国の取組と今後の課題〜」より引用

厚生労働省健康局健康課 栄養指導室 「熊本地震に係る栄養改善・食事 支援について〜国の取組と今後の課題〜」には、2016年4月に発生した熊本地震の際、熊本県庁内に特殊栄養食品ステーションを設置し、日本栄養士会が運営する体制を構築したとあります。また、内閣府の指針に明記されていることから、政府としても支援状況を確認したことや、課題として、混在すると管理が困難になることから、物資調達のルートを平時から調整し、確実に必要な人に届く体制の必要性が書かれています。

 東日本大震災の状況よりは改善が進んだ事がうかがえますが、熊本地震についての静岡新聞報道には、避難所に対応食がなく、熊本医療センターにあるアレルギー対応食の無料配布コーナーを利用した当事者の声が下記のように掲載されていました。

 自宅は半壊状態、14日から車中泊が続く。避難所に対応食はなかった。家に備蓄はしていたが、電気が止まり、調理できなかった。炊き出しのおにぎりをもらい、中の具を尋ねると、「食べれば分かるよ」と返ってきた。「食べたら死んでしまうかもしれないのに」。

 発症した時、救急車は来るのか、渋滞なく病院に着くとも限らない。「成分が分からない物は与えられない」。炊き出しのご飯を、おにぎりにする前に分けてもらって食べさせた。体調が良くない今、配給のパンも怖い。

 対応食の無料配布コーナーには「アレルギー物質25品目不使用」の表示があるアルファ化米や離乳食が置かれている。日本小児アレルギー学会が提供した。同センターの小児科医で同学会員の尾方美佳さんは「慣れない避難所生活で体の抵抗力が弱っている可能性があり、対応食が必要な人はさらに増える」と指摘し、配布場所が増えればと願う。

(静岡新聞 <熊本地震>アレルギーの子 配給が食べられない…(2016/4/26 より引用)

アレルギー対策も進んだ、つながりも作った、次の災害は大丈夫だと思って迎えた2019年豪雨災害での失望

 福島県いわき市「アレルギーっ子交流会もぐのび」代表の緑川琴江さんは、東日本大震災の経験から、仲間も作り、行政とも連携し、防災について学び、訓練も実施していた状態で2019年10月12日の豪雨災害を迎えました。

提供 福島県いわき市アレルギーっ子交流会もぐのび 緑川琴江氏
提供 福島県いわき市アレルギーっ子交流会もぐのび 緑川琴江氏

 「きっと、なにかおきても大丈夫。なんとかなると思っていた矢先」、会の仲間が一階まで浸水する被害にあいました。さっそく支援物資を届けようとしたものの、道路は寸断され届けることができません。被災した方も支援を求めようと、公的機関に出向きました。ところが、多くの人が並んだり、苛立っている中、その方は浸水しているにもかかわらず、アレルギーのことはとても言い出せないと自宅に戻ってしまいました。「SOSを出してもいいことは知っていたけれど、自分がそれにふさわしい被害なのか判断できなかった」とのことでした。

 震災から10年近くたっても、支援を言いだしにくい状況や支援物資が必要な人に届いていない状況があります。

すべての備蓄をアレルギー対応商品に

写真提供 尾西食品株式会社 資料作成 あんどうりす
写真提供 尾西食品株式会社 資料作成 あんどうりす

 そんな中、画期的な対策をとっている自治体があります。備蓄している食品をすべてアレルギー対応食品にしているのです。以前は、アレルギー対応食は種類もなく高額でしたが、現在は、そんなことはありません。アルファ米でアレルギー物質28品目不使用の種類は多様で、対応していないものと値段の差はありません。違うのは、どの味を選ぶのかということだけになっています。

 すべての備蓄をアレルギー対応食品にしている大阪府大東市危機管理室にお聞きしたところ、市民からの声があったため対応したとの事で、今後は味の種類を増やすことも検討されています。

写真撮影 あんどうりす アレルギー対応食品は多様で、おかず、ゼリー飲料やクッキー、飴もある。
写真撮影 あんどうりす アレルギー対応食品は多様で、おかず、ゼリー飲料やクッキー、飴もある。

 混乱した災害時、個別の配送や手渡しが難しくなったり、避難所内での誤食も起きやすくなりますが、支援物資がすべてアレルギー対応食品だと、仕分けや配送の手間を圧倒的に省けます。この膨大な手間を考えると、少なくとも主食の米類については、値段が同じであれば、アレルギー対応食品を選ばない理由がないといえるほどです。28品目以外にアレルギーがある方の問題は残りますが、まずは全国で実施してほしい政策です。

 アレルギーの方は「注意してください」ではなく、「お声かけください」に

 支援者向けに、今は学ぶ資料がたくさんでています。

防災炊き出しハンドブック LFA食物アレルギーと共に生きる会HPより引用 http://lfajp.com/index.html
防災炊き出しハンドブック LFA食物アレルギーと共に生きる会HPより引用 http://lfajp.com/index.html

 この記事内でもいくつか引用した「いばらき親子防災部&LFA食物アレルギーと共に生きる会」が作成した防災炊き出しガイドブックは、わかりやすいだけでなく、アレルギーのある人に優しい支援はみんなにも優しいことがわかる内容になっています。

 また、各地にアレルギーの親の会があるので、当事者の意見が反映されるよう、自治体や支援者の方と一緒に地域の防災計画を作っていただければと思います。避難所で、「アレルギーの方は注意してください」と書かれていると拒絶されたように感じるという当事者の声をお聞きしています。「お声かけください」であれば、「アレルギーの事を言っても大丈夫かな」と思えるとのことです。どうすればいいか、どうしたらいいかは当事者が一番詳しいのです。

 東日本大震災から10年。アレルギー対策は進んだこともあれば、まだまだ変わってない部分もあります。この問題をみんなで一緒に解決していくことは、災害時だけでなく、またアレルギーの当事者だけではなく、みんなにとってふだんから暮らしやすい社会を創る事につながると思っています。

アウトドア防災ガイド  リスク対策.com名誉顧問 

FM西東京防災番組パーソナリティ 兵庫県立大学大学院 減災復興政策研究科 博士課程 女性防災ネットワーク東京呼びかけ人 阪神淡路大震災の経験とアウトドアスキルをいかした日常にも役立つ防災テクを、2003年から発信。子育てバックは、そのまま防災バックに使えるなど赤ちゃん防災の先駆けとなるアイデアを提唱。技だけなく仕組みと知恵が得られると好評で、口コミで講演が全国に広がる。企業広報誌、子育て雑誌などで防災記事を連載中。ゆるくて楽しい防災が好み。

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