FacebookとTwitterがSNSをあえて「遅く」する
フェイスブックやツイッターが、SNSをあえて「遅く」している。
きっかけは米大統領選挙をめぐるフェイクニュース対策だ。
瞬間的に連鎖的に大規模に。「いいね」とシェアとリツイートで、情報の流通スピードをバイラル(ウィルスのよう)に上げ続けることが、これらのプラットフォームのサービスの根幹だ。
それが一気に、バイラルをせき止め、ハードルを設けて「摩擦」を加え、そのスピードを鈍らせることに注力する。
それによって回避しようとしているのは、暴力や混乱、そして分断だ。
深呼吸をして落ち着いた上で、情報の真偽や価値を見極める。普通の会話を交わすためには、そんな「減速」が必要になっている。
●相次ぐ警告ラベルの表示
この選挙で勝ったのは私だ。大差で!
投票日から4日後の11月7日午前10時半すぎ(米東部時間)、トランプ大統領はそんなツイートをしている。
トランプ氏のツイートには、「このツイートが投稿された時点では選挙結果の公式発表は行われていないようです」とのリンクが表示され、メディア各社の報道内容などをまとめたツイッター社の大統領選特設ページ「アメリカ大統領選挙2020」に誘導する。
その50分ほど後、NBCとAPが相次いで、焦点となっていたペンシルベニア州の勝利をもって、民主党候補のジョー・バイデン氏の次期大統領当選確実を報じた。
ツイッターは、特に投開票日以降、トランプ氏の選挙関連のツイートの多くに「このツイートで共有されているコンテンツの一部またはすべてに異議が唱えられており、選挙や他の市民行事への参加方法について誤解を招いている可能性があります。詳細はこちら」などの警告ラベルを表示し、その一部を非表示化。
非表示化した投稿については、警告ラベル内の「表示」を改めてクリックしなければ投稿内容を見られないようにした。
また、非表示化した投稿は、「コメント」「いいね」「共有」機能を停止し、クリックすると「このツイートを共有できない理由」との警告画面を表示。
残る「リツイート」ボタンについても、大統領選での安全対策についての掲示とともに、「引用リツイート」のみができるようにした。
フェイスブックでも、トランプ氏の同様の書き込みに対し、やはり同社の大統領選特設ページに誘導する警告を表示している。
フェイスブックは3日の投開票日以降、トランプ氏の選挙に関するほとんどの投稿に、「投票は集計中です。2020年米国大統領選挙の当確はまだ出ていません」などの警告ラベルを表示。「選挙に関するアップデートを見る」のリンクから、ロイター、APなどの情報をもとにした同社の特設ページ「2020年米国選挙投票情報センター」に誘導していた。
NBCとAPのバイデン氏当確報道の後は、開票結果に関する警告ラベルの文言は「Joe Biden候補に、2020年米国大統領選挙の当確が出ました」と変わった。
●プロダクトの「減速」
この数カ月、ソーシャルメディア企業が大統領選対策として取り組んだあらゆる手立てが、プロダクトの中核部分の減速、遮断、あるいは抑制を含むものだった―つまり、民主主義を守るために、アプリケーションを劣化させたわけだ。
ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ケヴィン・ルーズ氏は米大統領選の投票日から2日後の11月5日付の記事の中で、そう指摘する。
ツイッターとフェイスブックの取り組みのキーワードは「摩擦」だ。
選挙をめぐる根拠のないツイート、暴力や混乱を招きかねない投稿を共有するための手数を増やすことで「摩擦」を加え、拡散を「減速」させる取り組みが相次いだ。
「ペンシルベニア州の(郵便)投票に関する連邦最高裁の判断はとても危険だ」。連邦最高裁が10月末に同州の郵便投票について投開票日消印のものについては3日後まで有効とするとの判断を示したことに対し、トランプ氏は投票日前日に、そんなツイートを投稿している。
これに対してツイッターは投稿から40分後に、警告ラベルとともに非表示の措置を取る。
スタンフォード大、ワシントン大などによる選挙のフェイクニュース監視プロジェクト「エレクション・インテグリティ・パートナーシップ」の調査によると、ツイッターのラベル表示前は、1分間に827回の拡散があったが、ラベル表示後は151回に急減したという。
根拠のないツイートに対して可視化の度合いを下げ、他のユーザーによる共有のハードルを上げることで、拡散を「減速」させる。その取り組みは一定の効果を示しているようだ。
ツイッターではさらに、これらのラベルで非表示としたツイートについては、同社の検索機能の表示対象からも除外する「非インデックス化」の対応をしているように見える。
この結果、特定のキーワードやハッシュタグをキーにして自動的な拡散をする動きにも、一定のハードルとなっているようだ。
ただ、トランプ氏のツイートは、ラベル表示までの40分間に5万5,000回以上リツイートされ、12万6,000回以上「いいね」されていたという。
フェイスブックでも、この「摩擦」による拡散「減速」の取り組みは行われている。
疑問のあるコンテンツについては一時的(7日間)にニュースフィードにおける表示優先度がゆるやかに格下げされ(50%)、[サードパーティーのファクトチェッカーによる]検証のためのファクトチェックシステムで待機状態となる。
英ガーディアンは10月30日、フェイスブックのコンテンツ管理のためのガイドラインを入手したと報道。その中で、AIによる自動チェックと合わせて、緊急の場合は人間の判断によって、コンテンツをファクトチェックのための「待機状態」とし、表示優先度を下げることで、拡散を防いでいる、という。
●「真実の裁定者」とコンテンツ管理
前回の2016年米大統領選では、フェイクニュースの氾濫が混乱を招いた。その拡散の舞台として批判の矢面に立ったのがフェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアだった。
以来、各社はフェイクニュース対策に取り組んできた。
だが、「真実の裁定者」と見られることを嫌い、その判断には揺らぎがつきまとった。また、対応には温度差も目についた。
選挙をめぐるフェイニュースを、ユーザーの属性に基づいてピンポイントで拡散できてしまう政治広告。
ツイッターは2019年10月末、政治広告の世界的な掲載停止を表明している。だがフェイスブックが政治広告を米国内でのみ掲載停止したのは、2020年11月3日の投票締め切りが終了した後だった。
※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019 新聞紙学的)
さらにツイッターは5月末、トランプ氏の郵便投票に関する根拠のない主張に対して、初めて警告ラベルを表示。その3日後、トランプ氏が黒人暴行死事件をめぐる暴動への発砲を示唆したツイートに対しては、非表示とする対応を取っている。
だが、フェイスブックは同じ投稿をそのまま掲載し続けた。
※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的)
※参照:SNS対権力:フェイスブックとツイッターの判断はなぜ分かれるのか?(06/04/2020 新聞紙学的)
ツイッターCEOのジャック・ドーシー氏も、フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏も、「真実の裁定者」の役割を担うことは繰り返し否定している。
両社は、プラットフォーム運営者として、コンテンツ管理についての「免責」が認められている。だが、そこから一歩でも踏み出せば、メディアとしてコンテンツの真偽に責任を負う、莫大なコストが待っている。
●緊急事態への対応
だが、大統領選の投開票日が近づくにつれ、ソーシャルメディアによる対応は一気に積極性を増す。
特徴的だったのが、タブロイドメディア「ニューヨーク・ポスト」による、バイデン氏に関する「暴露ニュース」への、フェイスブックとツイッターの対応だった。
※Facebook、Twitterがメディアの「暴露ニュース」を制限する(10/16/2020 新聞紙学的)
フェイスブックは「サードパーティーによるファクトチェックが必要」としてリンクの表示を制限。ツイッターは、「個人のプライバシー情報を含んでいる」「ハッキングされたコンテンツの流通を禁じた規約違反」を理由として、ニューヨーク・ポストのツイートを非表示とした(のちに撤回)。
バイデン氏優勢が伝えられるにつれ、開票後の暴動などの可能性も危惧される中で、フェイスブックやツイッターが注力していったのが、拡散に「摩擦」を加えることによる「減速」の取り組みだった。
しかもそこには、AIによる自動判定に加えて、人間の手動による様々な「減速」への介入があったようだ。
●「減速」と透明性
これらは日々の重要な会話のために使われているプラットフォームだ。米国の選挙でこのような対応をしたのなら、他の国の選挙では、なぜやらないのか、ということになる。気候変動問題はどうなんだ? 暴力問題は?
「フィルターバブル」の提唱で知られる起業家のイーライ・パリサー氏は、前述のケヴィン・ルーズ氏によるニューヨーク・タイムズの記事の中で、そう指摘する。
米大統領選で、フェイクニュースの拡散を「減速」できるのなら、なぜその対策を他国、他の社会問題で取ることができないのか。
さらに、別の問題も指摘されている。
情報の流れが「加速」されるのも、「減速」されるのも、ソーシャルメディアのブラックボックス化したアルゴリズムのチューニング次第、ということに変わりはない、という点だ。
プラットフォームは(コンテンツ管理の)判断についての透明性がない―それによって、陰謀論がはびこる余地を与え、誤情報の本当のコストを覆い隠すことになっている。
フェイクニュース研究の専門家であるハーバード大学のジョーン・ドノヴァン氏は、6日付のMITテクノロジーレビューへの寄稿の中でそう指摘する。
この判断に説明責任が果たされなければ、その先に待っているのは陰謀論と過剰な規制だとドノヴァン氏は言う。
実際に、プラットフォームのコンテンツに対する免責を定めた米通信品位法230条については、トランプ氏が5月に修正のための大統領令に署名。それだけでなく、バイデン氏も、かねて230条の撤廃を主張してきた。
新政権になっても、引き続き、この問題はプラットフォームにのしかかる、ということだ。
テクノロジー企業が説明責任を果たさないままにコンテンツ管理の判断を繰り返していけば、それは陰謀論への燃料となり、さらにまずいことに、政府による過剰な規制の口実となってしまうのだ。
●スローニュースという考え方
情報の「減速」の必要性は、長く指摘されてきた。
アリゾナ州立大学ジャーナリズムスクール教授、ダン・ギルモア氏は、その著書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』(2011年、拙訳)で、こう述べている。
料理の世界では素晴らしいトレンドが台頭している。その名は“スローフード運動”。ファストフード及びそれが引き起こす環境的、栄養学的ダメージへの反対運動だ。2009年末、バークマンセンターの研究員だった私の任期が終わった時、ザッカーマンはこんなことを言っていた。我々は“スローニュース”とでも言うべきものが必要だ、と。スローニュースとは要は、いったん深呼吸してみる、ということだ。
※参照:フェイクニュースに対抗する”スローニュース”とは?(02/04/2017 新聞紙学的)
少なくとも、情報の「減速」、つまりスローニュースの発想が、フェイクニュース対策として一定の効果があることは、この米大統領選で明らかになった。
(※2020年11月8日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)