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ウクライナ侵攻「フェイク動画」を見抜くためのポイントは、こんなところにあった

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
「ドネツク人民共和国人民軍広報」の「テレグラム」投稿動画より(筆者がキャプチャ)

ロシアによるウクライナ軍事侵攻をめぐって氾濫する「フェイク動画」を、見抜くためのポイントはこんなところにあった――。

ウクライナ軍事侵攻にいたる「ハイブリッド戦」の中で、その口実作りと見られるような様々な「フェイク動画」が拡散された。

オランダの調査報道メディア「べリングキャット」と米ニュースメディア「ニュージー」は2月26日、軍事侵攻に先立って拡散された主な「フェイク動画」の検証結果を、7分弱のユーチューブ動画として公開した。

「ウクライナ工作員による下水処理施設の破壊工作」「ウクライナ軍のロシア国境への侵攻」「ウクライナ軍による攻撃で市民が脚切断の負傷」――いずれも、ソーシャルメディアとロシアメディアを通じて拡散した「フェイク動画」だ。

共通するのは、「ウクライナ政府が武力攻撃を主導した」とのシナリオの主張だ。だがいずれの動画も検証によって、架空のものであると明らかにされている。

ロシアの「ハイブリッド戦」におけるフェイクニュースのインパクトを重く見た欧州連合(EU)は2月27日、ロシアメディアへの規制を表明。大手プラットフォームも検証強化などの対策を打ち出している。

そして、ユーザー一人ひとりが情報を見極める目もまた、問われている。

●「アクションカメラの映像」

我々の情報では、破壊工作員はゴルロフカ近郊の下水処理場の塩素タンク爆破を計画していたようだ。衝突現場からは、外国製の個人用防護具や弾薬、そして防弾チョッキに取り付けられたアクションカメラが見つかった。戦闘員たちは、指揮官に対して任務完了の証明として、その映像を使うつもりだったようだ。ウクライナ側の犯罪的意図を示す証拠として、このカメラの映像を紹介する。

2月18日、ロシア発祥のメッセージアプリ「テレグラム」の「ドネツク人民共和国(DNR)人民軍広報公式チャンネル」が、「DNR広報担当者の緊急声明」として、そんな説明とともに、1分半弱の動画を投稿している。

動画では林の中から交戦場面とおぼしき状況が映し出され、「テレグラム」上の視聴回数は3万回以上にのぼる。

ゴルロフカはウクライナ東部、親ロシア派支配地域「ドネツク人民共和国」内の都市で、ウクライナ政府支配地域との境界に位置する。ここで、ウクライナ側と親ロシア派側での交戦があり、死亡したウクライナ側戦闘員のアクションカメラに写っていた映像、としてこの動画を公開している。

投稿は、交戦前にポーランド語による通信を傍受できたとして、ポーランドの傭兵がウクライナ軍に関与していることを示すもの、としている。

NATO(北大西洋条約機構)加盟国である隣国ポーランドの傭兵がウクライナ政府軍に加わっている、との主張は親ロシア派がかねてから行っているもので、ウクライナ政府はこれを否定している

さらにこの動画ファイルをダウンロードしたネットユーザーが、添付データである「メタデータ」を調べたところ、投稿では交戦があったのが2月18日午前4時ごろとされているのに、動画ファイルの作成日はその10日前の2月8日、ファイルが保存されていたパソコンのフォルダー作成日は、さらに4日前の2月4日になっていることを発見する。

「ベリングキャット」の創設者、エリオット・ヒギンズ氏が、これを紹介。さらに、このメタデータから、オリジナルの動画ファイルに、別の動画ファイルから銃撃音が合成されていることも指摘する。

合成元の動画は、メタデータに残っていたファイル名の検索結果から、2010年にフィンランドで行われた軍事演習を撮影したものと判明した。

この動画は、全ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社(VGTRK)がニュース映像として放送していることも、ネットユーザーの指摘で明らかになっている。またこの模様は、タス通信なども伝えている。

2月18日は、「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の指導者が、情勢緊迫を理由に住民への「避難指示」動画を公開した日だ。「フェイク動画」は、遅くともその2週間前から準備されていたことになる。

そして18日の「避難指示」動画も、その2日前に撮影済みのものだったことが、ネットユーザーによるメタデータの検証で明らかになっている。

※参照:「疑惑動画」のからくりをネットユーザーが暴く、解明のカギになったのは?(02/21/2022 新聞紙学的

●「ロシア国境での戦闘」

今朝、ウクライナ兵がDPRの南側戦線を突破し、ロシア国境に向かって侵攻してきた。

2月21日に「テレグラム」に投稿された40秒ほどの動画は、ウクライナ軍の装甲車2台が連なって、「ドネツク人民共和国」の前線からロシア国境へと向かう様子を、ヘルメット装着のウエアラブルカメラで撮影したもの、と説明されている。動画は「テレグラム」上で36万回以上視聴されている。

また同日、ロシアメディア「RBC」はツイッターに、ロシア連邦保安庁(FSB)による映像だとして、国境検問所がウクライナからの発射物によって破壊されたとする37秒の動画を投稿している。動画はツイッター上で5万4,000回以上視聴されている。

この日は、ロシアのプーチン大統領が、「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を国家として承認するという大統領令に署名した日だ。

いずれの動画も公開後まもなく、公開情報による調査手法「オープンソース・インテリジェンス(OSINT)」の専門家らが、写り込んでいる風景を手がかりに、撮影場所が「ドネツク人民共和国」南部のロシア国境をはさんだほぼ同じ地点であることを特定する。

オランダのオープンソース・インテリジェンス・ブログ「オリックス(ORYX)」によると、動画に写るロシア製装甲車はウクライナ軍では運用されていないという。

また、「ベリングキャット」と「ニュージー」の検証動画によると、ウクライナ政府の支配地域から撮影場所まで到達するには、親ロシア派支配地域を25マイル(約40キロ)にわたって通過する必要がある。

さらに国境検問所が一撃で大破しており、通常の砲弾によるものとは考えられないとし、ウクライナへの軍事侵攻の口実とする「偽旗作戦」のために作成された動画、と認定している。

ヒギンズ氏は、動画の公開から1時間程度で「偽旗作戦」判明までの検証が終わった、としてこうコメントしている

これは私が見てきた中でも、最も愚かな情報操作の企みの一つだ。嘘を目にすることは予想していたが、これほどあからさまに馬鹿げた嘘ばかりだとは思わなかった。低劣なプロパガンダには怒りを覚えるし、これを制作したロシアを哀れにすら思う。

●「兵士の脚切断」と義足

ウクライナの治安部隊は、ドンバスの共和国の市民を標的に、恐怖を与え続けている。第57独立機動歩兵旅団の武装勢力によるスロヴァヤノセルスキー地区のプリシブ村への120ミリ迫撃砲による別の砲撃の結果、1988年生まれの地元住民が、外傷性脚部切断と複数の榴散弾による負傷をした。

「ルガンスク人民共和国(LPR)人民軍公式チャンネル」はやはり2月21日、「テレグラム」へのそんな投稿とともに、砲撃で左脚を切断されたという地元住民の様子を写した1分半弱の動画を公開した。動画は「テレグラム」上で6,800回以上視聴されている。

「オープンソース・インテリジェンス」の専門家、オリバー・アレクザンダー氏は、住民が運び出される際に、「切断された」とされる左脚の部分に、義足の一部が写り込んでいることを指摘する。

すでに義足の人物を使って、「脚部切断」とする動画を撮影していたことになる。

「プロパガンダが、すでにまともではないレベルになっている」とアレクザンダー氏は述べる。

●「クレムリン・メディア」への対策

第2として、EU(欧州連合)におけるクレムリンのメディア・マシンを禁止する。国営のロシア・トゥデイ(RT)とスプートニク、そしてその子会社は、プーチン氏の戦争を正当化するための嘘を拡散することができなくなる。我々は、欧州でロシアの有害な偽情報を禁止するためのツールを開発している。

EUの行政機関、欧州委員会委員長のウァズラ・フォン・デア・ライエン氏は2月27日、ウクライナ侵攻に対するロシアへの制裁措置の柱として、域内からのロシア航空機の締め出し、ロシア軍が駐留するベラルーシのルカシェンコ政権への制裁と合わせて、ロシアメディアへの規制を打ち出した。

今回のロシアの「ハイブリッド戦」における、フェイクニュース拡散のインパクトを示す。

米シンクタンク「大西洋評議会」の研究所「デジタル・フォレンジクス・リサーチ・ラボ(DFRラボ)」は、ウクライナ侵攻に先立つロシアの主な「偽旗作戦」を、RTやスプートニクなどのロシアメディアがどのように拡散していたかをまとめている。

ソーシャルメディアなどのプラットフォーム企業と、ロシア政府との攻防も始まっている。

2月24日、ソーシャルネットワークのフェイスブック(メタ・プラットフォームズ)が、ズヴェズダTVチャンネル、RIAノーボスチ通信、インターネットプラットフォームのレンタ・ルーとガゼータ・ルーのロシアメディア4社の公式アカウントに対して規制を行った。ロシアのインターネット資源やメディアに対するこのような行為は、連邦法で禁止されている。

ロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(Roskomnadzor)は2月25日付で、「ロシアメディアへの保護措置」というタイトルの、そんな文書を公開している。

これに対して、メタ副社長で元英国副首相のニック・クレッグ氏は、次のような声明を出した。

昨日、ロシア当局が当社に対して、4つのロシア国営メディアがフェイスブックに投稿したコンテンツへの独自のファクトチェックとラベリングを停止するよう命じた。当社は拒否した。その結果、ロシア当局は、当社のサービス利用を制限することになるとの声明を出した。

メタの公式ブログは26日付で、ウクライナ情勢に関するファクトチェック体制の強化と、プロフィールのロック機能など、ユーザー向けの安全措置を明らかにしている。

ロシアの「ハイブリッド戦」の矛先はソーシャルメディアなどのプラットフォームにも向けられ、ここでも応酬が行われているようだ。

英調査会社「ネットブロックス」は、ロシアで複数のプロバイダーが2月26日朝からツイッターへのアクセス制を限している、と明らかにした。ツイッターもこの状況を把握している、という。

ツイッターも25日、ウクライナ情勢をめぐって、プラットフォーム操作や不正行為、フェイクニュースなどの検知やユーザーの安全対策の強化を表明している

またグーグルも25日、フェイクニュース対策に加えて、ロシア国営メディアのマネタイズの防止、ユーザー保護強化などを打ち出している。

●フェイク対策としてのコミュニティの力

フェイク動画への検証がある一方で、ロシアの武力侵攻の実態を伝える検証済みのリアルな動画や画像も、ソーシャルメディアでは多数共有されている。

英NPO「情報レジリエンスセンター(CIR)」による、「ロシア・ウクライナ・モニターマップ」がある。

「ロシア・ウクライナ・モニターマップ」には、「ベリングキャット」なども協力し、検証済みの動画や画像などの投稿、570件以上を地図上に表示している。

偽情報への効果的で迅速な対応は、様々な地域で、様々なトピックに焦点を当てたこれらのコミュニティの成長と発展によってこそ、生み出すことができるのだと思う。

ヒギンズ氏は、「フェイク動画」の検証を総括して、そう述べている

ユーザー一人ひとりが、目を凝らしていくことが、力になる。

(※2022年2月28日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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