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中高生アスリートのためにトレーナー室を開設した浪商学園の新たな挑戦

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
この春から浪商高校校内にトレーナー室が開設された(筆者撮影)

 学校法人浪商学園の大阪体育大学浪商高等学校及び浪商中学校が、中高生アスリートを対象に新しい試みをスタートさせている。昨年度からアスレティックトレーナー2名を常駐させたのに加え、今春から校内にトレーナー室を開設し、同校のクラブ活動を支援する体制を整えたのだ。この試みは2016年度からスタートした併設校の大阪体育大学が取り組むDASH(Daitaidai Athlete Support & High Performance)プロジェクトに端を発している。

 両名の主な活動は、

  1)傷害の評価、応急処置、競技復帰と再発防止のトレーニング(アスレティックリハビリテーション)

  2)リハビリメニューの作成、活動

  3)傷害予防運動の指導

  4)トレーニング指導

  5)保健室・養護教員との連携

  6)完全管理(緊急対応プラン作成、練習環境、備品管理)

というものだ。対象は主にスポーツ関連のクラブ(高校18クラブ、中学8クラブ)活動に従事する学生が中心となってくるが、将来的には学校行事の補助や救護にも携わっていくことを目指している。

 トレーナー室は昼休みと放課後に利用可能で、取材に訪れた日も男子サッカー部や女子バスケ部の高校生たちが故障中のリハビリや、故障までは至っていないが痛みを軽減させる正しい身体の使い方を学ぶため、アスレティックトレーナーの指導を受けながらメニューに取り組んでいた。今回採用されたアスレティックトレーナーの1人、坂内悠(さかうち・はるか)氏はその具体的な活動について以下のように説明している。

 「チーム単位でみてほしいというクラブもあれば、選手個人が2、3人で来て(練習の)オフの日や体育館が使えない日にトレーニングやコンディショニングをみてほしいとか、基本的には(リクエストを)断らないでやっています。

 もちろん医療機関の方がオーソリティが上なので、病院に通っている学生がいればそこに行ってもらっていいんですが、毎日通うのは難しいじゃないですか。だからここできることはここでやった方がいいんじゃいないと学生たちに話しています。学生たちが毎日来てくれればこちらもコンディションが把握しやすいです。

 保健室の先生方も非常に協力的で頻繁にコミュニケーションをとらせてもらい、学校にいる間に起きた体育の時に起こった怪我は教えてもらったりとか、学校で行うイベントだったり熱中症予防の講習会とかがあれば我々がプレゼンしていく予定です。また保健室の先生が過去の傷害のデータをとってもらっていたので、それを共有したりしています」

放課後トレーナー室で中高生アスリートを指導する坂内悠トレーナー(左・筆者撮影)
放課後トレーナー室で中高生アスリートを指導する坂内悠トレーナー(左・筆者撮影)

 今回このような取り組みが実現したのは、先にあげたDASHプロジェクトで掲げた中・高・大の連携の取り組みの一つであり、今春から新設された大阪体育大学スポーツ局がその施策を承継している。これは2015年の同大50周年記念で策定された「大体大ビジョン2024」に基づく“拠点づくり”の一環で、大学のみならず系列の中高生のアスリートも一括管理することで長期間のアスリート育成を充実させ、さらには研究機関としての大学、大学院にも反映できるよう情報を共有していこうというものだ。2人のアスレティックトレーナーもスポーツ局に所属している(ちなみに2人とは別に大学にも、専任教員に加えて2名の専任アスレティックトレーナーが常駐している)。

 中高のクラブ活動といえばクラブごとに指導者(大抵は教員)が配置され、彼らがあらゆる面で指導を一任されているのが一般的だろう。中には指導者が高いレベル(プロや大学)まで競技を続け多少の専門知識を得ている場合もあるだろうが、学生たちが練習中や競技中に負傷するようなケースは現場で的確な措置をするのは難しく、基本的には医療機関に任せるしかない。そうした指導者と医療機関の間にアスレティックトレーナーを置くことで、負傷した学生たちの復帰をしっかり管理するだけでなく、負傷自体を未然に予防していこうというものだ。

 クラブ活動といえどもどの競技も年間を通じて公式戦が組まれ、強豪校になればなるほど勝利が求められてくる。そうした勝利至上主義が重要視されることで、主力選手たちはフル回転で出場することを強いられることも多く、トップ選手ほど故障のリスクが高くなるのが現状だ。まだ中高生たちと接するようになり1か月足らずだが、坂内氏は“傷害予備軍”の学生の多さを実感しているという。

 「青春の1ページなので無理をしてでもやりたいという気持ちはわかるので、こちらも妥協してやらせている部分もあるんですが、ここのラインだけは譲れないというのがあります。やはり(指導者とアスリートは)先生と生徒の関係なので、先生から『大丈夫か?』『痛いか?』といわれて『無理です』といいづらいじゃないですか。そういう部分で我々が受け皿になっていければいいなと思っています」

 残念ながらこうした取り組みは、全国でもまだ数校(関西圏では初めて)しか存在していないという。今後浪商のような私立校なら各校の判断で導入できるだろうが、公立校の場合は決して簡単ではない。またせっかくアスレティックトレーナーを常駐させたとしても、指導者がその存在意義を認識せず彼らの介入を制限するようなことになれば、その効果は軽減してしまう。もう1人のアスレティックトレーナーの高津智光(たかつ・ともみつ)氏も「まずは環境整備ですね」と力説する。

 どの競技に限らずプロや世界のトップレベルに到達したアスリートで、高校時代にまったく故障をしてこなかった選手はほぼ皆無ではないだろうか。むしろ彼らは幸運な存在で、大きな故障に見舞われて若くして競技生活に終止符を打たざるを得なくなった有望アスリートの方が多いのかもしれない。アスレティックトレーナーが現場にいることで、多くの中高生アスリートが保護されることになるのだ。

 浪商や大阪体育大学の活動が一気に全国に波及していくとは思わない。だが彼らが成果を出し続けることで、中高スポーツ界の考え方も必ず変わっていくはずだ。今後も彼らの活動に注目していきたいところだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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