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「AI発展の象徴」として世界一を狙う日本産囲碁AIと、「人間とAIの共存」のステージに入った将棋AI

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
DeepMind社のAlphaGoが囲碁トップ棋士に初めて勝利した(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

 世界最強の囲碁AIの開発と若手棋士育成を目標にする「GLOBISーAQZ」プロジェクトが4月18日に発表された。

 詳細はこちら。

 グロービス、「GLOBIS-AQZ」プロジェクトを発表、囲碁AI世界一と若手棋士育成を目指す。囲碁AI開発者・山口祐氏、日本棋院、トリプルアイズ、産総研、東大・松尾研と協働

 強力なバックアップを背に、最高峰の開発陣とプロ棋士による、オールジャパンでの囲碁AI開発だ。

 世界一を目指すにふさわしい最強の布陣と言えよう。

 筆者は将棋のプロ棋士として将棋AIに造詣が深く、最新ソフトやクラウドコンピューティングを駆使して将棋AIをフル活用しており、コンピュータ将棋大会ではいつも解説を仰せつかっている。

 今回のプロジェクトでアドバイザーを務める囲碁棋士の大橋拓文六段(34)から聞いた話も交え、解説していく。

「人間対AI」のステージを終えた将棋AI

 将棋AIでは個人の開発をメインとし、電王戦を象徴として「人間対AI」を中心に発展してきた。そして電王戦は将棋AIが人間を超えたことを証明し、「人間対AI」というステージで社会に貢献を果たして一つの役割を終えた。

 将棋AIは電王戦以降も開発が進められ実力も伸ばしているが、囲碁AIのように大企業が参画して大規模な開発を行う形はみられず、大きな大会が減ったこともあって開発のスピードは落ち着きつつある。

 なお2018年12月6日(現地時間)にGoogle系列のDeepMind社が「AlphaZero」で最強の将棋AIを開発したことを発表したが、これは「AlphaZero」が汎用性のあるプログラムということを証明するためであり、将棋AIにしぼって開発をしたわけではない。

 このことについては、Yahoo!ニュースで記事も書いているので興味のある方はご一読いただきたい。

 最強をうたうGoogle産の将棋AIに、プロ棋士として望むこと

 なお5月に開催される『世界コンピュータ将棋選手権』にAlphaZeroの参加登録はないようで、筆者は非常に残念だ。

「AI発展の象徴」になった囲碁AIの現状

 囲碁では大企業がAI開発の一貫として囲碁AIの開発に乗り出している。

 いま最強とされるのは、Google系列のDeepMind社が開発するAlphaGoZeroだ。

 そして中国の巨大IT企業である騰訊(テンセント)社が開発する絶芸が追っている。

 今回の「GLOBISーAQZ」プロジェクトで世界一になるためには、この2つの囲碁AIを倒す必要がありいばらの道だ。

 中国では囲碁AIの開発が盛んで、絶芸に迫るものも登場しはじめている。アメリカではFacebook社も囲碁AIの開発に参加している。

 これは囲碁AIの開発で成功することがAI技術の発展をわかりやすく示すためだ。いまの囲碁は「AI発展の象徴」というステージで社会に貢献していると言えよう。

 アメリカと中国はAI技術の発展に大きく寄与している2国でもある。今回のプロジェクトは、「AI発展の象徴」である囲碁AIの開発で世界一になり、日本もこの2国にAI技術で迫りたいという意図もあるのだろう。

人間とAIの共存

 いま将棋とAIの関係は、「人間とAIの共存」というテーマに移っている。

 いかにAIを生かして人間の潜在能力を伸ばすか。一つの象徴は藤井聡太七段だ。16歳にして驚くべき実力を兼ね備えているのは、将棋AIの影響が少なからずある。

 今回のプロジェクトでは、囲碁プロ棋士の学習支援に「GLOBIS-AQZ」を導入していく予定だ。

 これは世界戦で日本の囲碁棋士が中国と韓国の囲碁棋士に苦戦していることと関係がある。

 いま日本の囲碁棋士には将棋ほど囲碁AIでの勉強が普及していないと聞く。これは囲碁AIの質や使い勝手の影響だろう。将棋AIで勉強している筆者の感触として、強さと使い勝手は将棋AIによる勉強の普及において絶対条件である。

 それなりのPCを用意すれば最強将棋AIが誰でも使える将棋と比べ、入手できる囲碁AIが上記2つ(AlphaGoZero、絶芸)と実力差があるうえ、それを使うために超高性能PCを用意する必要があり、囲碁AIによる勉強はハードルが高いようだ。

 さらに、中国の棋士だけは世界2位の絶芸を使えるようで、それによってさらに日中の実力差がつくことも懸念されている。

 今回のプロジェクトで「GLOBIS-AQZ」が世界一になり、使いやすい形で提供されれば、日本の棋士も中韓の棋士に対抗できる下地が整うはずだ。

 将棋界ではAIの進化により、旧来の戦法や定跡が見直され将棋が進化した。そしてトップの顔ぶれも変わりつつあり、豊島将之二冠や藤井(聡)七段という若いスターが将棋AIを駆使して実力を伸ばしている。

 囲碁界でも七冠を獲った井山裕太という絶対王者がこの一年でタイトルを3つ減らしたが、そこには囲碁AIの影響もあるという。今回のプロジェクトで勢力図がどう変わるのか、中国や韓国と再び伍していけるようになるのか、気になるところだ。

8月の世界大会に注目

 「GLOBIS-AQZ」は8月に中国で行われる囲碁AIの世界大会に参加を予定している。そこで結果を残せるか注目が集まる。

 冒頭にも記したが、今回は日本でも選りすぐりのメンバーを集めている。このメンバーが揃えば世界一の囲碁AIを開発できるのではないかと期待は膨らむ。

 そうなれば、日本におけるAIの開発や、囲碁界の発展にも大きく影響を及ぼすことだろう。

 私は将棋のプロ棋士ではあるが、囲碁界と将棋界は兄弟のようであり、実際に親交のあるプロ棋士もいる。そのため囲碁界の動向には強い興味もあるし、将棋界に影響をもたらすことも多くある。

 今後も様々な角度から注目していきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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