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トヨタがソフトバンクと新会社 背景には米中ハイテク企業への危機感

井上久男経済ジャーナリスト
新会社設立で握手するソフトバンクグループの孫正義社長とトヨタ自動車の豊田章男社長(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 トヨタ自動車の豊田章男社長とソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は10月4日、共同で記者会見し、新しいモビリティーサービス構築のために共同出資で新会社「MONET Technologies(モネテクノロジーズ)」を設立すると発表した。

ソフトバンクが過半を出資

 新会社は資本金20億円で、ソフトバンクが50・25%、トヨタが49・75%出資して社長はソフトバンクの宮川潤一副社長が就く。将来的には資本金を100億円にまで上げる方針。新会社では、トヨタのモビリティーサービス用の電気自動車「e―Palete(イ―パレット)」を活用して、AI(人工知能)が利用者の需要を予測して配車する「地域連携型オンデマンド交通」や、「企業向けシャトルバス」を展開する。トヨタが持つコネクティッドカーなどのモノ造りの力と、ソフトバンクがもつビッグデータの解析力を融合させることで、新しい「移動手段」を開発していく。

オールジャパンという発想

 両社の提携は、日本企業では株式の時価総額1位と2位の提携であり、大きなニュースとして世界に発信されるだろう。新会社の詳細については他メディアに任せるとして、20年以上もトヨタの動向を観察してきた筆者としては、トヨタの最近の動きの中からこの提携の意義を考えてみたい。

 まず、浮かび上がってくるキーワードが「オールジャパン」だ。これまでのトヨタは、主要な技術・サービスの開発は自前主義にこだわってきた。「現地現物」という現場を大切にする経営哲学の下で、実際に自分でやってみないと開発やコスト管理のノウハウが身に付かないとの考えだ。ところが、自動運転や物流など次世代の自動車技術の分野にグーグルやアマゾンが参入してきているのを象徴に異業種が競合相手になった。この2社はトヨタの2倍近い研究開発予算をもっている。

トヨタの脱自前主義

 トヨタはここに危機感を抱き、自前主義を捨て全方位外交に切り替えた。手を組めそうな相手とはとりあえず組んでみるという考えに転換した。お互いのリソースを活用することで、得られる情報量も増え、開発の効率化できると判断した。世間へのプレゼンテーションが下手なトヨタはステークホルダーにこうした方針転換をうまく説明できていないが、確実に動きは変わっている。

 役員人事にもそれが表われている。トヨタは今年6月、平野信行・三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)社長を社外監査役に迎え入れた。トヨタの主力取引銀行は旧三井銀行だった。創業の頃、三井物産からも支援を受け、豊田章一郎名誉会長夫人も三井家出身であるように、トヨタは三井財閥とのつながりが深い。三井銀行は現在、三井住友銀行(SMBC)。トヨタには現在、SMBC出身の役員が2人いるが、いずれも統合前の旧三井銀行入行だ。

 平野氏は旧三菱銀行出身であり、トヨタからみれば系列の外の人間だ。「この時代に系列なんて関係ない」という人もいるだろうが、創業家の豊田家が支配するトヨタでは今でもかつての繋がりを重んじる。トーメンが経営危機に陥った際、豊田通商が救ったが、トーメン(旧東洋綿花)の創業者、児玉一造氏の弟、利三郎氏が豊田家に婿養子に入り、初代トヨタ社長になった経緯があったので、救済した。半世紀も前のことを「借り」だと思っての救済だった。こうした意味で三菱銀行出身者がトヨタの役員になること自体、異例中の異例なのだ。

MUFGや東京海上とも連携

 平野氏はモルガンスタンレー証券に出向経験があり、邦銀経営者の中では、最もグローバルにネットワークを持つとされる。平野氏の知見をトヨタの経営に採り入れるのが狙いだ。今後、モビリティーサービスの分野でもキャッシュレス対応など新しい決済システムをグローバルに導入していくことが求められるだろう。その際に平野氏の知見が役に立つとトヨタは判断したと見られる。

 また、今年5月の決算発表の席に、東京海上ホールディングスの永野毅社長が現われ、豊田章男社長に、「企業が永続的に続くには何が必要か」と質問して、報道陣を驚かせたが、日本最大の保険会社グループとも密に連携していることをアピールする狙いがあったと見られる。東京海上もご存じのように三菱系企業だ。自動運転の時代になると、責任の所在も含めて損害保険の在り方も変化してくる。そうなると、自動車業界と保険業界が連携して、社会インフラとして新たな損害保険を作らなければならない。

 トヨタがソフトバンクと組むのも「オールジャパン戦略」の一環だ。記者会見でもソフトバンクの宮川潤一副社長は「日本連合を作る」と語り、両社が協力し合うことで自動車とAIの融合など米中に遅れている分野でキャッチアップしていく方針を示した。

対米、対中戦略の狙い

 対米国、対中国戦略という点でもトヨタとソフトバンクの連携は興味深い。トヨタは米国と中国の両国で巨大工場を持ち、大きなオペレーションを展開しているが、政治家や経営者ら意思決定者との人脈力は今一つだ。特にこの10年間はトヨタが内向きな企業に変質してしまったので外部とのネットワーク力が細っていた。

 中国や米国でビジネスを展開する場合、特に雇用や税で大きな影響力を持つ自動車ビジネスは行政とのパイプは欠かせない。トランプ大統領の就任が決まった際に、孫正義氏はすぐにトランプ氏と会えたが、トランプ氏へのパイプがない豊田章男氏は会えないばかりか、米国へ投資を続けてきたのにそれを怠っていると難癖を付けられた。

 孫氏とトランプ氏の間を繋いだのがアリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏と言われる。馬氏とトランプ氏を繋げたのは、中国清華大学に巨額の寄付をしたトランプ支援者の米国の投資家だそうだ。孫氏は持ち前の人たらしで、世界に人脈を築いている。ソフトバンクの10兆円ファンドもアラブの富豪からオイルマネーを引き出してきた。孫氏と組むことで、トヨタは孫氏の豊富な人脈に頼ることも可能になった。

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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