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円形脱毛症との闘い:原因から治療まで、最新の医学的知見を総まとめ

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

円形脱毛症は、突然髪の毛が抜け落ちる原因不明の自己免疫疾患です。頭皮や体のどこにでも現れる可能性があり、多くの患者さんに心理的な影響を与えています。今回は、この謎めいた病気について、最新の研究成果をもとに詳しく解説していきます。

【円形脱毛症とは?症状と特徴を詳しく解説】

円形脱毛症は、髪の毛が丸く抜け落ちる自己免疫疾患です。症状は軽度から重度まで様々で、頭皮の一部が禿げる程度から、全身の毛が抜けてしまう場合もあります。

この病気の特徴は、髪の毛が抜けても毛根は破壊されないことです。そのため、適切な治療を行えば、再び髪が生えてくる可能性が高いと考えられています。

円形脱毛症は、年齢や性別を問わず発症します。特に10代から40代の若い世代に多く見られ、子どもでも起こることがあります。統計によると、一般人口の0.57%から3.8%が生涯のうちに円形脱毛症を経験するとされています。

症状の現れ方も様々です。単発性(一箇所のみ)、多発性(複数箇所)、全頭型(頭全体)、汎発型(全身)など、様々なパターンがあります。また、まれに爪にも症状が現れることがあり、爪の表面にくぼみができたり、縦じまが入ったりすることがあります。

【円形脱毛症の原因:免疫システムの暴走と遺伝的要因】

円形脱毛症の正確な原因はまだ分かっていませんが、最新の研究では、免疫システムが重要な役割を果たしていることが明らかになっています。

通常、私たちの免疫システムは、体内に侵入してきた細菌やウイルスと戦う役割を担っています。しかし、円形脱毛症では、この免疫システムが誤って自分の毛根を攻撃してしまうのです。

特に注目されているのが、CD8+T細胞という免疫細胞です。この細胞が毛根周辺に集まり、インターフェロン-γ(IFN-γ)という物質を分泌することで、毛髪の成長を妨げていると考えられています。

IFN-γは、毛髪成長サイクルを乱し、毛根の「免疫特権」を崩壊させます。免疫特権とは、通常の免疫反応から保護された状態のことで、健康な毛根はこの状態を維持しています。しかし、円形脱毛症ではこの免疫特権が失われ、免疫細胞の攻撃にさらされるのです。

また、遺伝子の影響も無視できません。円形脱毛症の患者さんの家族や親戚にも同じ症状が見られることが多いのです。研究によると、一卵性双生児の場合、片方が発症すると、もう片方も発症する確率は55%にも上ります。

さらに、環境要因も発症に関与していると考えられています。ストレス、感染症、ホルモンバランスの乱れなどが引き金になる可能性があります。また、喫煙や肥満なども円形脱毛症のリスクを高める可能性があることが分かってきました。

【最新の治療法:JAK阻害薬の可能性と従来の治療法】

円形脱毛症の治療法は、これまでステロイド剤の塗り薬や注射が主流でした。しかし、最近では新しい治療法が注目されています。

その一つが、JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害薬と呼ばれる薬です。JAK阻害薬は、免疫システムの暴走を抑える効果があり、円形脱毛症の症状を改善する可能性があります。

JAK阻害薬は、IFN-γの作用を阻害することで、毛根への免疫攻撃を抑制します。これにより、毛髪の成長サイクルを正常化し、発毛を促進する効果が期待できます。

本邦では、すでにバリシチニブとリトレシチニブという2種類のJAK阻害薬が円形脱毛症の治療薬として承認されています。ただし、すべての病院で使用できる薬剤ではないため、事前の確認が必要です。

従来の治療法も、依然として重要な選択肢です。ステロイド外用剤は、軽度から中等度の円形脱毛症に効果があります。また、ミノキシジルの外用や、ジフェンシプロンによるかぶれ治療(接触免疫療法)なども用いられています。

重症例では、全身ステロイド療法や免疫抑制剤が使用されることもありますが、副作用のリスクを考慮する必要があります。

JAK阻害薬の登場は、円形脱毛症治療の大きな転換点となる可能性があります。しかし、長期的な安全性や効果については、さらなる研究が必要です。患者さん一人ひとりの状況に合わせて、適切な治療法を選択することが重要です。また、新しい治療法の開発と並行して、従来の治療法の改善や最適化も進めていく必要があるでしょう。

【円形脱毛症と関連疾患:全身への影響を考える】

円形脱毛症は、単なる美容の問題ではありません。患者さんの生活の質に大きな影響を与える可能性がある病気なのです。特に、自尊心の低下やうつ症状といった心理的な問題を引き起こすことがあります。

そのため、治療は髪の毛を生やすだけでなく、患者さんの心のケアも重要です。カウンセリングや支援グループへの参加が効果的な場合もあります。

また、円形脱毛症は他の自己免疫疾患と関連していることがあります。例えば、アトピー性皮膚炎、甲状腺疾患、尋常性白斑、乾癬などです。研究によると、円形脱毛症患者の約20%がアトピー性皮膚炎を併発しているとされています。

さらに、最近の研究では、円形脱毛症患者さんに全身性の炎症反応が見られることが分かってきました。これは、心血管系のリスクや動脈硬化のバイオマーカーの上昇とも関連しているかもしれません。

そのため、円形脱毛症と診断された場合は、他の病気の可能性についても注意が必要です。定期的な健康診断や、必要に応じて他の専門医への受診も検討すべきでしょう。

【最新の研究動向:マイクロバイオームと円形脱毛症】

最近の研究では、皮膚や腸内のマイクロバイオーム(微生物叢)が円形脱毛症の発症や進行に関与している可能性が示唆されています。

健康な人と比べて、円形脱毛症患者さんの頭皮や腸内では、細菌の種類や量が異なることが分かってきました。例えば、頭皮では、プロピオニバクテリウム・アクネス(ニキビの原因菌として知られる)が増加し、スタフィロコッカス・エピデルミディス(皮膚の常在菌)が減少する傾向が見られます。

腸内細菌叢も、円形脱毛症患者さんでは健康な人と異なる組成を示すことが報告されています。これらの発見は、将来的に、プロバイオティクスや糞便移植などの新しい治療アプローチにつながる可能性があります。

円形脱毛症の研究は日々進んでいます。遺伝子治療や幹細胞治療など、新しい治療法の開発も進められています。また、免疫システムのより詳細なメカニズムの解明や、環境要因との相互作用の研究なども行われています。

将来的には、個々の患者さんの遺伝子プロファイルや免疫状態、マイクロバイオームの状態などを総合的に評価し、最適な治療法を選択する「個別化医療」の実現が期待されています。

円形脱毛症について、さらに詳しく知りたい方は、日本皮膚科学会のウェブサイトをご覧ください。また、アトピー性皮膚炎との関連についても興味深い研究が進んでいますので、合わせてチェックしてみてください。

参考文献:

1. Šuti´c Udovi´c, I., et al. (2024). Deciphering the Complex Immunopathogenesis of Alopecia Areata. International Journal of Molecular Sciences, 25(11), 5652. https://doi.org/10.3390/ijms25115652

2. 日本皮膚科学会. 円形脱毛症診療ガイドライン.

3. Pratt, C.H., et al. (2017). Alopecia areata. Nature Reviews Disease Primers, 3, 17011. https://doi.org/10.1038/nrdp.2017.11

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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