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『虎に翼』で朝ドラヒロインに強烈なダメ出し。前向きだけでない生々しさが描かれた1週間

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)NHK

 今週の朝ドラ『虎に翼』は大きな波乱があった。初の女性弁護士から戦後に判事補となり、家庭裁判所で奮闘するヒロインの寅子(伊藤沙莉)。PRにひと役買った人気歌手の茨田りつ子が、ラジオで「人助けを最高の仕事なんて、本気で思ってなきゃ言えない言葉よ。困ったご婦人方は、ぜひ佐田寅子さんをお訪ねになって」と語ったこともあって有名人になり、無意識に調子に乗ったような態度も。

 そこを正されていったわけだが、明るくて前向きが鉄板の朝ドラのヒロインが、家族たちから強烈なダメ出しを受けるのは、なかなかなかったことだろう。そんな1週間を振り返る。

持ち上げられて得意げに語って

 まず月曜放送の71話。アメリカの司法視察から帰国した寅子は、シャレたヘアスタイルと赤い口紅の目立つメイクに、派手な柄のワンピースのいでたちが目を引いた。ニューヨークの判事から自分たちの設立した日本の家庭裁判所が評価されたことを、同僚に喜々として話したあと、久しぶりの我が家に戻ったのは遅い時間。

 娘の優未や同居する甥っ子たちは、寅子が帰る頃を見計らい、急に勉強する振りを始めていた。寅子はアメリカ土産にお菓子と共に英語の本をどっさり渡し、「たくさん勉強して世界を広げてちょうだい」と話す。

 雑誌の密着取材を受けることになり、子どもたちの新しい服が必要という話が出ると、「お金は私が十分家に入れているんだから」とサラッと口にした。優未には「今日もお利口さんにしてた?」と尋ね、優未は「宿題が終わったあとに、(寅子の親友で義姉の)花江さんのお手伝いもしたよ」と良い子の顔で答える。

 家での取材では寅子も料理に加わったが、慣れない手つきに記者から「普段料理してないの?」と見透かされた。女性の司法修習生たちとの対談では「私たちは法律を勉強することすら許されなかったの。あなたたちは恵まれているんだから」と一席ぶっていた。

 家族からは数々の感謝、修習生たちからは「後を追わないと」などと、取って付けたように持ち上げられながら、どこか得意げな寅子に「おや、おや、おや」とナレーションが入った。この週の振りになる回だった。

昭和の父親のような言い草が飛び出す

 72話では、寅子は最高裁判所長官らと共にラジオに出演する。「家庭裁判所は女性本来の特性を発揮できる、女性裁判官にふさわしい場所」と言う長官に「適性は個々の特性で決められるべきで、男女は関係ないのでは」と反論。「家裁は女の場所といった思考は間違った偏見を生みます」と長官の前で言い切った。

 「真の女性の社会進出とは特別枠があてがわれることでなく、男女平等に機会を与えられることだと思います」と続ける。寅子らしい正論だが、家で聴いていた花江はラジオを切った。

 妻の不貞行為による離婚調停を担当している最中、新潟地家裁への判事としての異動の内示が出る。帰宅して花江と弟の直明に「私と優未の2人だけで行こうと思うの」と切り出す寅子。

 直明に「優未に寂しい想いをさせちゃう」と反対される。花江にも「寅ちゃんは何もわかってない。優未は置いていって。私が責任を持って面倒を見ますから、お仕事に専念なさってちょうだい」と言われると口論に。

寅子「何を怒ってるの? 言いたいことがあるなら言ってよ」

花江「言ったって仕方がないでしょう! この家の主は寅ちゃんなんだから」

寅子「何その言い方? こっちは家族のために毎日必死で休まず働いてるのに!」

 まるで昭和のお父さんのような言い草が飛び出た。男女平等な社会を願い法曹界で闘ってきた寅子が、良くない意味で男性的、家長的な思考に陥っているように感じたひと幕だ。

 花江は「そういう態度よ! 家族に目を向けられないくらいまで頑張ってくれなんて頼んでない。優未は甘えたくても必死に我慢して良い子を頑張ってる。寅ちゃんが見てるのはね、本当の優未じゃないの」と、怒ったのちに泣き崩れた。家事の苦労を顧みられない専業主婦のうっ憤が爆発したよう。この週のヤマ場のシーンだった。

娘に「お利口さん」を求めてた?

 続きの73話では、意気消沈した寅子に「私の何がダメだったのかしら?」と尋ねられた直明が「ダメではなかったけど、些細な『ん?』みたいなズレは結構あったかな」と答えた。頑張っている寅子を応援したくて、みんながズレを受け流していて、気づいたときにはとんでもないおかしなことになっていたと。

 そして直明は、優未がテストで31点を取ってきたときのことを話す。「31」を赤鉛筆で書き加えて「84」に偽装し、寅子に見せたのだった。寅子は「間違えた部分を復習して勉強するのよ。そしたら次は100点だから」と声を掛けていた。

 このシーンが放送されたときは、「まず84点を誉めてあげて」といった声がネットで上がっていたが、問題はもっと根深かったのだ。直明は言う。

「ちょっと見れば偽装だってわかるのに。優未はお姉ちゃんの顔色をうかがって、ズルしてでも良い子の振りをしている。それをお姉ちゃんも求めてきた」

 寅子は「そんなつもりはまったく」と否定するが、「心からそう言える? 手の掛からないお利口さんを求めてなかった?」と問われると言葉が出ない。

 離婚調停は不成立に終わる。甘味処に行くと、取材で対談した修習生たちが「佐田さんの言動は短絡的」「ただ吠えればいいものじゃない」などと揶揄しているのが耳に入る。

 家裁に戻ると、調停で離婚を拒んでいた妻に「女の味方みたいな顔してさ。恵まれた場所から偉そうに!」と、危うく刃物で刺されそうに。踏んだり蹴ったりで家に帰り、縁側からのぞくと、優未が自分には見せない無邪気な笑顔でカルタをしていて、寅子は涙を流した。

「生まれ変わるからついてきてください」と懇願

 そのまま74話では「私のどこが変わっちゃったのか、もっと教えてほしいの」と家族会議を開く。花江の長男の直人には「お母さんにお茶を頼むときとか『ありがとう』って言わないのがイヤだ。やってもらって当たり前だと思ってる」、次男の直治には「その道を極めろ、一番じゃなきゃダメって態度をされると、やりたくなくなる」などと容赦なく言われた。「朝からお酒臭いのもイヤだ」とも。

 中学教師の直明は「就職先に悩んでいるとき、話を聞いてくれるって言ってたのに、結局聞いてくれなかった。いつも忙しそうで声を掛けにくくて」と話した。「僕に興味ないのが悲しい!」と珍しく感情を高ぶらせる直明に、寅子は「そんなふうに思わせてしまってごめんなさい」と詫びる。強烈なダメ出しの連発だった。

 新潟に優未を連れていくかは、優未本人が決める流れになりかけたが、花江が「そんな決断を優未にさせないで。責任は寅ちゃんが負うべきよ」と促す。寅子は優未に「今までダメな母親でごめんなさい」と頭を下げた。

「あなたのことを思えば、花江に預けるのが一番だってわかってる。でもね、今ここで別れてしまったら、取り返しのつかないことになるのもわかるの。生まれ変わるから新潟についてきてください」

 切々と語りかけた寅子に、優未は即座に「はい」と答えた。

飛び越えていた地盤を作るために新潟へ異動

 職場では、寅子の新潟への異動を決めた人事課長の桂場から理由を告げられる。

「君はもう昔の弱い者じゃない。周りを動かす力がある。裁判官として正しく成長する道筋を飛び越え、時の人となってしまった。それに甘んじている君に、どんな役職も任せられん。だから、地盤を作るんだ」

 寅子が考えていたように天狗の鼻をへし折ろうとしたわけでなく、裁判官が本来積む経験を支部でしてこい、とのことだった。寅子は感激の面持ちで「土台しっかり固めてきます」と宣言した。

 そして、75話では優未と手を繋いで新潟に赴いていった。2人で暮らすようになって、優未のスンの仮面はなかなか取れないようだが。

瞬間的に視聴者の反感も

 朝ドラヒロインとはいえ、半年放送される物語の中で、道を外れたりすることはある。仕事に打ち込みすぎて、子どもがおろそかになる展開も少なくない。

 たとえば、『あさが来た』で波瑠が演じた起業家のあさは、女性のパイオニアという点では寅子に通じるが、娘は忙しい母に反発して自身は花嫁修業を望んだ。『べっぴんさん』で芳根京子が演じたすみれも、子ども服作りに情熱を注ぐ一方で家は留守がち。娘は寂しさから夜遊びを始めて家出もしている。

 しかし、過去のヒロインたちは娘への負い目を自覚していたのに対し、寅子は幼い優未が良い子を演じているのにまったく気づかず、満足していた。優未に自分の息子たちと同様の愛情を掛けながら、家事を全部切り盛りしていた花江に対してもそう。思いやりを忘れていて、瞬間的にはヒロインが視聴者の反感も買った。

悩みつまずく姿もリアルな物語

 もちろん、寅子が間違ったことをしていたわけでもない。苦難を乗り越えて頑張り続けているのは変わらない。スターのようになったこともあって、無意識に調子に乗ってしまうのは誰でもあり得ること。

 直明が指摘したように、小さなズレが積み重なって、大きくなってしまったというところだろう。そこをリアルに描いた第15週だった。

 法律的にも男女不平等だった時代から始まりながら、現代にもいまだ残る問題に感じさせてきた『虎に翼』。寅子と花江の夫婦喧嘩のような口論も、令和の家庭にあることなのだろう。吉田恵里香の脚本によるこの物語は本当に絶妙で、視聴者を我がことのように引き付ける。

 寅子は一度は法曹の道に挫折している。単に明るく前向きなだけでなく、悩みつまずくヒロイン像は、伊藤沙莉のナチュラルな演技とも相まって生々しい。

 来週からは舞台が新潟に。第16週は「女やもめに花が咲く?」と謳われているが、寅子の再出発で新たな展開も注目だ。

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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