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ベレーザが初代アジアクラブ女王に!目まぐるしいポジションチェンジで超・過密日程をクリア

松原渓スポーツジャーナリスト
初代アジアクラブ女王に輝いた(筆者撮影)

 金色の紙吹雪が舞う中、国内リーグ、リーグ杯と合わせて3冠目となるタイトルを、主将のFW田中美南が高々と掲げた。

 韓国で11月26日から5日間にわたって開催された「女子クラブ選手権2019 FIFA/AFCパイロット版トーナメント」で、なでしこリーグ王者として出場した日テレ・ベレーザ(ベレーザ)が2勝1分で優勝し、初代アジアクラブ女王に輝いた。

 ベレーザは11月26日の初戦で昨季中国スーパーリーグ王者の江蘇蘇寧足球倶楽部(江蘇蘇寧)と1-1のドロー。国内ではあまり経験がないマンツーマンの守備と高速カウンターに苦戦するやや苦いスタートとなったが、第2戦では昨季韓国WKリーグ王者の仁川現代レッドエンジェルズ(仁川現代)に2-0で快勝。そして、この第3戦では、昨季オーストラリアWリーグ王者のメルボルン・ビクトリー(メルボルン)に5-0で大勝した。

 メルボルンは、今年6月まで本田圭佑選手が男子トップチームに所属していたことでも知られる。初戦は仁川現代に0-4で敗れたが、第2戦ではベレーザが引き分けた江蘇蘇寧に1-1で引き分け、微かに優勝への望みをつないでいた。

 一方、2試合を終えて首位に立つベレーザは勝てば文句なしの優勝という状況でこの最終戦を迎えている。ふたを開けてみると、試合は一方的なベレーザのペースになった。

 永田雅人監督は、2日前の仁川現代戦から先発4名を交代。GK山下杏也加、最終ラインは右からDF有吉佐織、DF土光真代、DF松田紫野、DF伊藤彩羅(いとう・さら)。MF三浦成美がボランチに入り、インサイドハーフ(IH)にMF長谷川唯とMF菅野奏音(かんの・おと)。右サイドハーフ(右SH)にFW遠藤純、左サイドハーフ(左SH)にFW植木理子、FW田中美南が1トップの4-3-3のフォーメーションで、菅野と伊藤が大会初先発を飾った。

 試合は7分にDF有吉のピンポイントクロスに田中がヘディングで合わせて先制すると、このゴールを皮切りにベレーザがメルボルンゴールに襲いかかった。14分に遠藤、17分に長谷川、21分には植木と、コンビネーションプレーと個人技を織り交ぜた多彩な攻撃からシュートを放つ。

 そして34分、遠藤のパスをペナルティエリア内で受けた伊藤が倒されてPKを獲得。これを伊藤が自ら蹴り、ゴール左隅に確実に決めて2点差とした。

 44分には植木に代わって17歳のMF岩崎心南(いわさき・ここな)がIHに投入され、これに伴って菅野がIHから左SHに、試合中に植木と左右のポジションを入れ替えて左SHに入っていた遠藤が一つポジションを落として左SBに下がり、伊藤が左SBから右SHに移った。

 後半も一方的に試合を進めるベレーザは、49分、田中が長谷川の長いパスに抜け出し冷静にGKの逆をついて3-0。56分には再び田中が、遠藤の左からのクロスに合わせてハットトリックを達成。残り30分あまりでほぼ試合を決めると、永田監督は再び、交代策で大胆にポジションを入れ替えた。

 直近の6日間で3試合にフル出場してこの試合に臨んでいた長谷川を下げ、DF清水梨紗を右SBに投入。右SBだった有吉が左SBにスライドし、左SBの遠藤が再び左SHにポジションを上げ、菅野がIHに戻った。

 さらに63分には、長谷川と同じく3試合にフル出場していた三浦を交代して、右SHにMF宮澤ひなたを投入。これに伴って、右SHの伊藤が左SHに移り、遠藤はこの日4度目のポジションチェンジで左SBに。左SBの有吉がIHに入り、IHの菅野が一列下がってボランチを務めることとなった。

 そして90分、宮澤のヒールパスを受けた岩崎がペナルティエリア外から左足を振り抜くと、鮮やかなミドルがゴール左上に決まって5-0。最終戦を大会最多得点で締めくくった。

主将の田中美南が優勝カップを掲げた(筆者撮影)
主将の田中美南が優勝カップを掲げた(筆者撮影)

【過密日程の中で示した総合力】

 攻撃では、3試合で8得点。ワントップで3試合に先発した田中が、4ゴールで大会得点王に輝いた。守備では3試合を通じてフル出場したGK山下と土光を中心に、3試合1失点の堅守を見せ、文句なしの優勝だった。

 今大会は女子版アジアチャンピオンズリーグ(ACL)のテスト版として行われた。FIFAは今後、女子クラブW杯開催の構想などを明らかにしており、アジアクラブ女王になったベレーザが出場権を得られるかもしれない。

 また、いまだかつてないようなハードスケジュールの中で結果を出したことにも価値がある。ベレーザは23日の皇后杯2回戦を戦った後、韓国への移動を挟んで、26日から中1日で今大会を戦い抜いた。帰国後も4日(皇后杯3回戦)、8日(皇后杯準々決勝)と試合が続く。また、10日から釜山(韓国)で行われる「EAFF E-1 サッカー選手権2019 決勝大会」には、ベレーザから11名が選出されている。

 蓄積された疲労は、判断力の低下につながる。実際、他の3チームは、この最終戦では後半に足がつる選手が続出していた。また、韓国は連日5℃以下の寒さで、ケガのリスクも高まった。

 そうしたことを予測して、永田監督は今大会前に「選手のコンディションが壊れないように最大限計らいながら一番良い成績を目指す」と、タイトルよりも個々のコンディションへの配慮を優先させることを強調。交代などのタイミングについては、「(コンディションを保つために)どれぐらいの出場時間が適切かは選手によって違うので、本当は血中の数値などを測って判断するのが理想ですが、(それができないため)今回は経験則や(自分の)目測や、選手とのコミュニケーションでコントロールします」と語っていた。

 海外の男子サッカーのビッグクラブでは、連戦での個々の疲労度を予測するために血中乳酸濃度を測定するなど、科学的なシステムを活用しているが、女子サッカーではまだそこまでの環境は整っていない。そうした中、永田監督が選手の疲労度を考慮して生かしたのが、ベレーザの選手たちのユーティリティ性と戦術理解度の高さだ。

 この試合では、3回の交代のたびに複数の選手のポジションを入れ替えている。それによって、長谷川や籾木、三浦や清水ら、フル出場を続けてきた主力選手の負担を減らすことができたのは大きい。

 たとえば、メルボルン戦でフル出場した有吉、遠藤、菅野、伊藤の4人は、試合中に3つのポジションでプレーした。

 選手同士が試合中にポジションを流動的に入れ替えながらプレーすることは、国内リーグでもベレーザではよくあることで、試合終盤には交代によるポジションのスライドを行うこともあった。

 だが、90分間のなかでここまでポジションを入れ替えた試合は見たことがない。「初めての経験だった」というIHのポジションでラスト30分間プレーした有吉は、充実した表情でこう振り返った。

「厳しい日程だったので、うまく(交代で)ローテーションしながら戦いましたが、メニーナの選手も普段出場機会がない選手も質の高いプレーができることがうちのチームの強みでもあるし、それをアジアで示せたことが嬉しいです。いろいろなポジションでプレーしても、永田さんから『やることは変わらない』といつも言われています。その中でみんながそつなくプレーできていたと思います」(有吉)

 「やることが変わらない」のは、攻守の共通認識が明確にあるからだろう。守備では全員が的確なポジションを取り続けることで意図的にボールを奪い、攻撃では常に数的優位の状況でゴールに向かう。両サイドが積極的に仕掛けることも一貫している。

 そうした戦術理解のためのスキル獲得を、メニーナから一貫させていることも大きいだろう。長谷川の言葉には、そのことが実感としてこめられていた。

「メニーナから同じようなサッカーを目指してやってきている中で、今日は(伊藤)彩羅がベレーザらしいプレーを見せてくれました。自分自身も本当にやりやすかったし、メニーナの選手もこういうことができるんだ、と分かって、今後がすごく楽しみになりました」(長谷川)

 今大会には、下部組織のメニーナからDF後藤若葉、伊藤、岩崎の3名が参加していた。中でも、この試合では18歳の伊藤が躍動した。伊藤のボールコントロールのスキルや動きの躍動感は、10代の頃の長谷川を彷彿とさせる。2人が同じピッチに立つのはこの試合が初めてだったが、長く一緒にプレーしているような連係のスムーズさがあった。ベレーザでもすぐに馴染めそうだ。

【目標はクラブ女子W杯への挑戦権】

 国内では対戦相手が限られるため、戦い方もある程度決まってくる。その中で、外国人選手を相手にチームとしての伸びしろを見つけられたことも戦果だろう。永田監督は、大会全体をこう総括した。

「クラブチームには助っ人のような外国人選手がいて、チームのベース(土台)にそういう選手が合わさるとクラブチーム独特の高いレベルになると感じました。そういった相手に自分たちのスタイルでトライして、慣れることで対応できるようになっていったことは収穫です。その中でフィジカルやスキルがある相手からいかに得点するかは課題だと思いました。新たな課題もできて、3試合は良い学びになったと思います」

 永田監督は就任時から、結果よりもプロセスを重視してきた。その背景には「個々の成長には終わりがない」という考え方がある。それは選手個々の考え方とも一致する。

 主将としてチームを牽引し、国内リーグでは4年連続得点王の田中は、この大会でも得点女王になった。だが、その口からまず語られたのは反省の弁だ。

「結果はチャンピオンですけど、国内では感じられないようなパワーやスピード感、プレッシャーをベレーザとして感じられたのはすごく大きかったですね。初戦で中国のチーム(江蘇蘇寧)と対戦したときは、分析もなくて難しさはあったけど、(相手のやり方に)慣れなくて、自分自身もチームを引っ張るようなプレーができませんでした。マンツーマンで守られた時に割っていく力とか、パワーも技術的なスキルも足りないと感じましたね。今日(のメルボルン戦)も、3点は取れたけど、もっとゴールへの迫力を持たせたり、ボールロストをなくさなければいけなかったと反省しています」(田中)

 中盤のキーマンである長谷川は、代表とクラブでフル出場を続け、この過密日程のなかでもパフォーマンスを落とすことはなかった。メニーナの選手たちの活躍を収穫として挙げたが、田中同様、初戦の江蘇蘇寧戦を課題に挙げている。

「初戦の相手のような、マンツーマンで守られて最後のところはブロックを作ってくる相手に対してどうやって攻めるか、ゴールまで崩し切るためにはもっとアイデアが必要だと感じました。相手を(自陣から)引き出すために、相手と2対1(の数的優位)を作れる場面は多かったのですが、(自分が)それを周りと共有していく力がまだ足りないなと思いました」(長谷川)

「今後対戦してみたい相手」として、選手たちから多く挙がったのが、欧州のクラブ女王を決めるUEFA女子チャンピオンズリーグ(CL)で4連覇中のオリンピック・リヨンだ。リヨンにはなでしこジャパンの主将であるDF熊谷紗希をはじめ、各国トップクラスの代表選手が集う。そのリヨンと対戦して、世界一のクラブを目指すーーその思いの強さは、田中の次のような言葉から窺い知ることができた。

「リヨンと対戦してみたいです。でも、今はアジアの中でもピンチを作っていて、リヨンの選手だったら(そのミスを)確実に決めてくるだろうなと。一つのミスが命取りになるなかで、最初から100%でできないようではリヨンとやるのはまだまだだな、と思えたから、そういう意味でも(大会に参加して)良かったなと思います」(田中)

 日本でも2012年から14年にかけての3年間、欧州や南米、アジア、オセアニアの強豪クラブを招待して「国際女子クラブ選手権」を開催したことがある。第1回大会決勝はINAC神戸レオネッサ対リヨンで、当時、ドイツ女子W杯優勝メンバーが集っていたINACがリヨンと熱戦を繰り広げ、延長戦の末に2-1でリヨンが優勝した。FIFA公認ではなかったが、ハイレベルで見応えのある大会だった。

 今大会はアジア限定での“テスト版”だったが、やはり国内リーグとは異なる新鮮な刺激が随所にあった。

 今後、大会が本格化すれば、その出場権をめぐって各リーグのモチベーションも高まるだろう。そうした機運の中で、各大陸王者を決める大会の整備が進み、世界ナンバーワンクラブへの道をひらくFIFA公認の女子クラブW杯が始まることにも期待している。

アジアから世界への挑戦を目指す(筆者撮影)
アジアから世界への挑戦を目指す(筆者撮影)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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