Yahoo!ニュース

K-POPアイドルの仕事にも影響か…韓国版“働き方改革”で韓流業界はどう変わる?

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

有名映画監督がレイプ疑惑で告訴されたり、自殺者まで出てしまった韓国芸能界の“#Me Too”運動が一旦落ち着きを見せる中、新たな話題がふたたび韓国芸能界を騒然とさせている。

その話題とは、韓国で7月2日からスタートした“週52時間勤務”だ。これまで韓国では平日40時間、平日延長12時間、休日勤務16時間を合わせて週68時間が労働時間の上限だったが、今年2月、勤労基準法改正案が韓国国会で可決し、休日勤労16時間を減縮した「週52時間勤務」が3月に公布された。

現在は公共機関や従業員300人以上の企業で先行実施を行っており、2021年7月までに従業員5〜49人の事業所へと適用範囲が広がるという。

文在寅大統領が大統領選で掲げた公約である「夕方のある暮らし」や、昨年発表された「韓国の100大国政課題」のうち71番目の「休憩のある生活のための仕事・生活バランスを実現」が、ついに現実化に向けて前進したと言えるだろう。

多くの韓国人が過酷な業務からのストレスで“火病”や“怒り調節障害”になり、度々過労死事件が発生することでもわかるように、韓国の労働環境は決して良いとは言えない。

(参考記事:年間11万人が“火病(ファビョン)”に苦しむ現代韓国。なぜ火病は韓国特有の病気なのか)

だからこそ「週52時間勤務」の実施に伴ってワーク・ライフ・バランスの実現はもちろん、ホビー産業の発展、消費活性化、雇用創出など、さまざまなポジティブ効果が期待されているが、一方では「労働時間だけを減らしても、返って通常業務の強度が高くなる」「そもそも52時間勤務が難しい職種と、そうでない職種との格差が広がる」といった懸念の声も上がっている状況だ。

そんな中、「52時間勤務」に対してもっとも悩みを抱えているのが、エンタメ業界である。

韓国の映画ニュースサイト『CINE21』によると、6月11日に行われた映画振興委員会主催の「勤労基準法改正関連映画界の現案説明会」には多くの映画関係者が押し寄せ、政府関係者に質問を浴びせたという。

それもそのはず。これまで韓国に映画制作(映像・オーディオ記録物製作および配給業)は、勤労基準法が改正されるたびに“特例業種”に分類され、法定労働時間の例外を認められてきた。

ところが昨年、人気ドラマのADがドラマ制作環境の劣悪さを告発するため、自ら命を絶つ事件が発生。この事件が今年2月に開かれた臨時国会で話題に上がり、映画産業が特例から外されることになったのだ。

(参考記事:「自殺予防相談窓口」の担当者まで… 実は日本より深刻かもしれない韓国の過労自殺)

昼夜問わず撮影することが多く、過酷で厳しいと言われる韓国映像コンテンツ業界の労働環境だが、今後はいくら残業代が発生しても週52時間をオーバーする労働そのものが違法と見なされる。これは韓国エンタメ界において大きな変化を迫られると言えるだろう。

ある映画制作者は、「週52時間勤務を守ると撮影時間はもちろん、撮影機材レンタル料やスタッフの食費など、全体の制作費が10〜20%上がると予想される。そうなれば特に中・小規模映画は大きな打撃を受けるはずだ」との意見を示していた。

(参考記事:【スクリーン・コリア】最低賃金は月給5万円!? 韓国映画界の過酷すぎる“労働環境”の実態)

「メリットは徹底的に計算して必要なシーンだけ撮るという効率性が見直されること。デメリットは、現場での新しい試みが不可能になることかもしれない」と語る、映画監督もいる。

しばらくの間、映画やドラマ制作現場では混乱を避けられそうにないが、今回の決定は“映像・オーディオ記録物製作および配給業”とともに特例業種から外された“芸能企画業種”も、同じ悩みを抱えることになるという見方だ。

出退勤の概念が曖昧なマネージャーの場合、労働時間が3〜4日で52時間を超えるのが一般的だからだ。彼らが週52時間勤務をするためには、仕事を減らすか、それともシフト制にするかの二択に迫られることになる。

つまり、芸能事務所にとっては所属タレントのマネージメントのやりくりが大変になるか、マネージャーを補強して人件費が増えることになるということだ。

いずれにしても、マネージメントの不備がタレントの活動にも影響を及ぼしかねない芸能界の特性上、「週52時間勤務」は韓国芸能界が乗り越えなければならない課題になりそうだ。

韓国の“働き方改革”は、エンタメ界および韓流コンテンツにどんな影響を及ぼすか。今後の動向を注視したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

慎武宏の最近の記事