佐藤天彦九段も絶賛! 激熱のVtuber将棋初心者大会、大激闘の末に劇的な幕切れ(決勝レポート中編)
「すごい! こんな手が指せるんだ」
佐藤天彦九段はそう驚いていた。
Vtuber将棋初心者大会決勝戦▲XK⇒ペケ子-△AIcia Solid(アイシア=ソリッド)戦。後手のアイシアさんは△8八歩と打ち捨てる好手を放った。
局後、アイシアさんは次のように語っていた。
アイシア「祈りの手筋って呼んでるんですけど、私は」
佐藤「ああ、なるほどなるほど(笑)」
アイシア「あと、ここに歩を打てば、なんかカッコいいかな、と思って」
佐藤「確かに」
アイシア「プロの棋戦で、たまに見かけるので」
佐藤「うん。ほんと、形。手筋ですよね、これはね」
アイシア「意味がつながってよかったです」
佐藤「うん、つながってました、これは」
△8八歩に対して▲同金ならば△4九角がきびしい。先手のXK⇒ペケ子さんは▲同玉と取る。そこで△6九銀が「割り打ち」と呼ばれる飛金両取りの攻めだ。
攻めの銀をさばいたあと、持駒にした銀を打ち込み、矢倉のかなめの金を取る。アイシアさんは理想的な攻め方だ。
対してペケ子さんも割り打ちの銀を返す。
お返しが決まって、一進一退の形勢が続く。このあと、ペケ子さんは銀を捨てる代償に飛車を成り込み、飛金両取りのハードパンチを浴びせる。
佐藤「これは炸裂しているかもしれないです。これはいやですよ、後手のアイシアさんの側が。この▲7一角の対処は難しいです。いやでもよく見たら△3三角みたいな手もあるのかも。もしかして」
ここでは△3三角が最善手のようだ。しかしそれは、天彦九段だから思い浮かぶ手。△3三角のような手をすぐに指せたら、少なくともアマ級位者ではない。アイシアさんは△5二飛とぶつけた。これもなるほどという勝負手だ。形勢はペケ子さん優勢。ただし飛車を手にすれば、アイシアさんにも逆転のチャンスは生じる。
進んでアイシアさんの△3三銀も粘り強い受け方。
こういう手が指せると、将棋はそう簡単には負けない。
佐藤「うーん、ここはどうするんだろう。これは、実はね。▲4二金って打てば。△4四銀▲3一銀で。加藤先生じゃないですけど『▲3一銀が見えたんですよ!』みたいな」
こうした発言をフォローするのが筆者の仕事だと思われるので補足すると。1982年の名人戦七番勝負最終局▲加藤一二三挑戦者-△中原誠名人戦。加藤挑戦者は最終盤、長い変化の先に、▲3一銀という好手を発見して名人位を勝ち取った。
佐藤九段はとっさに、その将棋史に残る名場面を例にあげたわけだ。
本局に戻って、▲4二金の最善手は、よほどの達人でなければ指せない。そうした手は指せなくても、優勢をキープできる着実な手が見つかれば、それでよい。よくないのは▲5五馬や▲5四馬で、△5八飛と王手馬取りに打たれて一気に逆転する。
ペケ子さんは落ち着いて▲4五馬と逃げた。
佐藤「いや、しっかりしてる。見えてますね」
かくきりこ「大事故は起こさないと。素晴らしい」
手番はアイシアさんに移る。今度はアイシアさんが攻め、ペケ子さんが受ける番だ。追い上げるアイシアさん。ペケ子さんの側はどうしのぐか。
佐藤「いやあ、どう受けるんですかね。あっ、でもすごい手あるかも! これ▲6八金って引く手がいい手か、もしかして」
ポメヒ「なにそれー」
かくきりこ「なにそれー」
運営さん2人は、解説聞き手のお手本のようないい反応をした。▲6八金もまた「なにそれー」と驚くような、きわどい手。そして4五の馬筋を通して的確な受けだ。ズバズバと、きわどい最善手を示し続ける佐藤九段。もちろんここで▲6八金引を指せる人は、そう多くはない。
本譜、ペケ子さんは▲6八金打でしのごうとする。対してアイシアさんは△7八金と追撃。このあたりで形勢は逆転。ついにアイシアさんの辛抱の実るときがきた。
局後、アイシアさんは次のように語っていた。
アイシア「ちょっと前に出た藤井聡太先生の本があって。藤井先生がわるくなったときに、あきらめずにどう指してるかっていうことを語られてて」
アイシアさんの心の支えとなった、藤井八冠(現七冠)の言葉を引用してみよう。(聞き手は山口恵梨子女流三段)
アイシア「その気持ちでいこう。どうせミスることはわかってたんで。それでいこうと決めて。こっからなんとかみたいな気持ちで」
佐藤「確かに藤井聡太さん、開き直ってというか、居直ってというか、逆転につながる勝負手を放つことが多い方なんで。逆転の手法っていうのは、いろいろ人によるんですけど。そこは、ちょっと危なっかしい、本当に通るかわかんないような、そういう逆転術というか。(アイシアさんは)そういう手が目立ちましたよ、確かに」
Vtuber将棋初心者大会の大きな特色は「アニキ」システムが設けられていることだ。アニキ(コーチ役)が親身になってセイト(本大会参加者)の上達方法を考え、アドバイスし、練習に付き合う。
ペケ子さんにはうーたさん、アイシアさんにはたややんさんという、頼りがいのあるアニキがついていた。
個人がそれぞれ、孤独に努力し続けるのが、将棋界の通例だ。それだけではなく、アニキたちがセイトたちに優るとも劣らない熱量をもって寄り添い、励まし続けたのが、本大会が盛り上がった要因の一つだろう。
局後、アイシアさんは、たややんアニキについて、こう語っていた。
アイシア「一番たややん先生に教えてもらったのは・・・。もちろん勉強法とか、いい教材とか、いっぱい教えてもらったんですけど。まだ私が全然のときに、私は悪手をすぐ指したら『ああダメだ』って思ったときも、たややんさんはずっと一緒に考え続けてくれて。それを見たときに『ああ、将棋ってこうやってやるんだ』っていうのがなんとなくわかりまして。直接教えてもらったものもそうなんですけど、たややんさんが将棋そのものに向き合われている姿勢で、なんか私は一番びびっときたところが多くて。改めて、将棋だけじゃないというか。どう生きるべきかというか。すごい大切なものをたくさん教えていただいたなと思ってまして」
ここからはペケ子さんが粘り続ける。ここでの▲7七銀もしぶとい受けだ。
アイシアさん、ペケ子さんはともに級位者で、技術という点では、上達の余地は大いにある。技量の伯仲した両者が、互いに苦しい状況を迎えながらも、力の限り懸命に指し続けた。そういう意味で、本局は名局といってもいいのではないか。
佐藤九段、アニキ、他の参加者、運営、観戦者たちが見守る中、熱い終盤戦はまだまだ続いていった。
(後日アップ、後編に続く)