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監督采配の差でロシアに敗れたスペイン。日本はロシアのように戦えるか?

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:ロイター/アフロ)

実を結ばなかったスペインの1137本のパス

 決勝トーナメント1回戦第3試合。優勝候補スペイン対開催国ロシアの一戦は、1-1のまま延長戦に突入したものの、スコアは動かず。結局、PK戦を3-4で制したロシアが準々決勝に進出した。

 当然ながら、下馬評では圧倒的にスペインに軍配が上がっていただけに、ロシアにとっては願ってもない大金星。約7万8千人の大観衆の約9割を占めた地元サポーターが熱狂するのも当然だ。

 ただ、試合を冷静に振り返ってみれば、スペインが落とし穴にはまる要素はあった。とりわけこの試合の勝敗を分けたのは、両監督のベンチワークだった。スペインは、開幕直前に指揮官が交代するという前代未聞のハプニングがあっただけに、その代償をこのロシア戦で払うことになったということになる。

 試合の構図は、大方の予想通り。とても分かりやすかった。

 まずロシアは、5-4-1という守備重視のシステムを使って、とにかくスペインのパス回しに対してスペースを与えず、全員が粘り強く対応。ボールを奪ったら、1トップの高身長FWジュバを起点にロングカウンターを仕掛けるという戦略で、格上に挑んだ。

 対するスペインは、いつも通りに自分たちのサッカーを実践。スペインがこの世の春を謳歌していた2008年から2012年の頃のスタイルとは少し変化を見せてはいるものの、基本的にはパスをつないで相手守備網を崩すというポゼッションスタイルである。

 実際、この試合のデータも両チームの“色”を如実に表していた。

 ボール支配率はスペインの74%に対して、ロシアは26%。パス本数はスペインが1137本でうち成功したパスが1031本。対して、ロシアは285本、成功したパスは204本。延長を含めた120分間の記録とはいえ、スペインが記録した1試合1000本超えのパス本数は、驚愕の数字と言っていい。

 ボールを支配するスペインに対して、後ろに重心をかけたロシアがイタリアのお家芸“カテナチオ”さながらの様相で守り切った120分。この試合をひと言で表現するとすれば、そうなる。

 ただ、それを望んでいたのはあくまでもロシアのチェルチェソフ監督であって、スペインのイエロ監督ではない。スペインからすれば、もう少しロシアに攻めてきてほしかったはず。あれだけ屈強な選手がペナルティエリア付近のスペースを空けず、120分間ハードワークを続ければ、黄金時代のスペインでも崩すのは難しいからだ。

 もっとも、開始12分にイグナシェヴィッチのオウンゴールで先制を許した時は、ロシアのプランが早くも崩れるかに見えたのも事実。しかし得点の時間帯が早かったため、チェルチェソフ監督は迷うことなくプランを継続することができたこともロシアに幸いした。

 しかも前半41分。ロシアのコーナーキックでピケがハンドを犯してロシアにPKが与えられると、ハンドを誘ったジュバがしっかりゲット。前半を1-1で終えられたことも、ロシアにとって大きかった。

開幕直前に緊急就任したイエロ監督の限界

 両チームのベンチワークに差が出たのは、そこからだった。

 まずチェルチェソフ監督は、後半開始から左ウイングバックのジルコフを下げて、グラナトを3バックの左で起用。クドリャショフが左ウイングバックに移動した。さらに61分、サメドフに代えてチェリシェフを投入する。

 驚いたのは、その直後に3枚目のカードを切ったことだ。65分、1トップのジュバに代わってスモロフがイン。その間、試合の流れは大きく変化していない。つまりそれは、今大会から延長戦で4枚目のカードを切ることができるルールが導入されたことを前提とした、チェルチェソフ監督の用意周到な采配だった。

 逆に、スペインのイエロ監督は完全に後手を踏んだ。最初に動いたのはロシアが3枚目のカードを切った後の67分。トップ下のダビド・シルバを下げて、イニエスタを投入。その3分後には、右サイドバックのナチョに代わってカルバハルを起用した。

 そして80分、ほとんど何もできなかった1トップのディエゴ・コスタを下げてイアゴ・アスパスを投入し、これが3人目の交代。しかし、前半から手詰まり感満載だったにもかかわらず、選手交代で選手の配置を変えることはしなかった。

 簡単に言えば、人を代えただけ。グループリーグ3試合でもそうだったが、緊急登板のイエロ監督にはプランAはあっても、BやCは持ち合わせていない。そこが、優勝候補スペインの致命傷、落とし穴となった。

 ようやく手を加えたのは、延長104分にアセンシオを下げてロドリゴを投入した時だった。ロドリゴは1トップの位置に入り、イアゴ・アスパスは右ウイングに移動。イスコは自由に動く権利を与えられていたが、基本布陣は4-3-3に変化した。

 しかし、時すでに遅し。ロシアはゴロヴィンが15.96kmという驚きの走行距離を記録するなど、チームとして146kmを走り抜き、まさに死力を尽くしてスペインのポゼッションサッカーに対抗したのだった。

 ただし、ロシアの極端な守備的サッカーは、試合そのものを退屈にしたことは否めない。前日のフランス対アルゼンチン戦を見た時に感じたスピード感、アグレッシブさ、攻守の切り替えの速さは、残念ながらスペイン対ロシア戦では感じられなかった。

 逆に言えば、そういう退屈な試合に仕向けたからこそ、ロシアはPK戦の末に8強というご褒美を手にすることができたと言える。また、地元サポーターの大声援がなければ、あれを120分間やり続けることは不可能だったはずで、まさに開催国の特権を最大限に生かした大金星だった。

 翻って、格上ベルギーと対戦する日本の指揮官は、どんな戦略で挑むのか?

 開催国でもなく、しかもポーランド戦で“ミソ”をつけてしまった日本が、ロシアのような守備的サッカーをやり遂げることはかなりの勇気が必要で、緻密な守備戦術とタフな精神力も欠かせない。

 それを考えると、おそらくグループリーグの最初の2試合で見せたような、4-2-3-1のオーソドックスなサッカーで対抗するしかなさそうだ。ただ、ノーマルな姿勢で戦えば、順当な結果に終わる確率は高くなる。

 いずれにしても、スペインのイエロ監督ほどではないとはいえ、ベルギー戦のキーマンが開幕約2ヵ月前に緊急就任した西野監督になることは間違いなさそうだ。

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サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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