女子サッカー界に衝撃を与えた大型補強。WEリーグの大宮アルディージャVENTUSは旋風を巻き起こすか
【相次いだ大型移籍】
新規参入チームが、女子サッカー界の勢力図を塗り替えるーー今年秋に開幕するWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)で、そんなシナリオが現実になるかもしれない。
初年度に参戦するのは、なでしこリーグで戦ってきた9チームと、新規参入の2チーム。後者の大宮アルディージャVENTUSとサンフレッチェ広島レジーナは、1月のオフに実力派の選手の獲得を相次いで発表し、話題をさらった。
既存のチームに比べると、チームの土台作りから始める分、時間的なハンデはあるが、逆に新しいチームならではの強みもある。
たとえば、アマチュアリーグからプロリーグに挑戦するキャリアの分岐点で、チームの立ち上げに関われることに魅力を感じる選手は少なからずいた。また、WEリーグは秋春制が採用されるため、開幕する9月までチーム作りに時間をかけられる。そして、両チームにはJリーグの男子トップチームがあり、育成や強化などのノウハウを生かすことができる。
さいたま市をホームタウンとする大宮は、なでしこリーグ(昨季2部)の「FC十文字VENTUS」を母体として創設され、FC十文字からは6名の選手が加入した。一方、25名中19名は他チームからの移籍で、その顔ぶれは錚々たるものだ。
2011年ドイツW杯で、ボランチとして優勝に大きく貢献したMF阪口夢穂(日テレ・東京ヴェルディベレーザから加入)、同じく左サイドバックのレギュラーとして優勝に貢献し、現代表の主力でもあるDF鮫島彩(←INAC神戸レオネッサ)、15年カナダW杯でサイドバックとして準優勝の原動力となったDF有吉佐織(←ベレーザ)。3人と同じ1987年生まれで、多彩なキックを蹴り分けるMF上辻佑実(←ちふれASエルフェン埼玉)。MF山崎円美(←ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)、FW井上綾香、DF坂井優紀(←共にマイナビ仙台レディース)など1部で豊富な経験を持つ選手や、若手有望株も加わった。DF乗松瑠華、FW大熊良奈(←共に浦和レッズレディース)、GKスタンボー華とMF仲田歩夢(←共にINAC神戸)は、年代別のW杯で入賞歴を持つ。
平均年齢は11チーム中、上から2番目の(26.2歳)と高いが、経験値の高さはリーグ全体でも頭ひとつ抜けている印象だ。
2月6日の新体制発表で新加入選手を代表して登壇した鮫島彩は、移籍の決め手を聞かれ、「新たに立ち上げるチームに初年度から携わってみたいという思いが強かったことが大きな理由の一つです」と語り、その後に、「代表で厳しい戦いを乗り越えてきた阪口、有吉と、この年齢になってまた同じチームでプレーできるかもしれない、ということも、私にとって大きなことでした」とも明かした。
彼女たちの獲得に力を発揮したのが、チームのトータルアドバイザー兼総監督を務める佐々木則夫氏だ。
日本女子代表の監督として、11年のドイツW杯で優勝、12年のロンドン五輪と15年のカナダW杯では日本を準優勝に導き、ともに代表で一時代を築いた選手たちからは「ノリさん」の愛称で親しまれてきた。現役時代は大宮アルディージャの前身の電電関東/NTT関東サッカー部でプレーしていたこともあり、引退後は大宮(男子)でユースの監督、強化部長などを歴任。16年4月に女子代表監督を退任後は、大宮のトータルアドバイザーや、十文字学園女子大学の副学長、FC十文字VENTUSのスーパーバイザー、日本サッカー協会理事などを務め、WEリーグでは設立準備室の室長として、リーグの立ち上げに携わった。
佐々木総監督によると、大宮が女子サッカーへの参入を決めたきっかけは、サッカー教室に来た少女に、「私は将来アルディージャのユニフォームを着られないんですか?」という言われたことだったという。
実績のある選手たちを獲得したその狙いについて、新体制発表で聞かれた佐々木総監督は、「なでしこジャパンでは、澤(穂希)さんや宮間(あや)さんなど経験のある選手が軸となり、それが周りの選手に波及し、攻守にアクションするサッカーのもとに世界一になったという経験があります。そういう経験を持った選手が中堅、若手を引っ張っていってほしい」と語り、交渉の経緯については「あの手この手を使って、なんとか集まってもらいました」と、笑いを誘った。
試合でベンチ入りはしない予定だが、練習を視察し、コーチングスタッフや選手たちとコミュニケーションを取りながらチームを支えていくという。
【ゼロからのチームづくり】
初代監督には、岡本武行氏を迎えた。岡本監督は前身のNTT関東サッカー部出身で、引退後は男子トップチームでGKコーチやユース監督、GMなどを務めた。大宮は以前、ASエルフェン狭山FC(現ちふれASエルフェン埼玉)と業務提携し、指導者を派遣していた時期がある。その時期にGMとして関わった岡本監督は、Jリーグとの環境の差や、仕事をしながらプレーをする選手たちのサッカーへの取り組み方なども見てきた。「男子とはまったく違う環境で取り組む姿を見て、クラブとして考えなければいけないと思う部分がありました。そういうことも生かしながらチームの強化をできればと思っています」と、大宮では環境面の向上も課題に挙げる。
ピッチ内でも、男子とは異なるアプローチをしていく。コミュニケーション面では、「選手個々としっかり話をして、納得してやってもらうこと」を大切にし、サッカーのスタイルについては、「パワーに頼るのではなく、技術的なところや、連動する部分を大切にしていきたいと思います」と語った。
どのようなサッカーのスタイルになるのかはまだ分からないが、中盤や最終ラインの経験のある選手たちが守備を安定させ、攻撃面ではじっくりとパスを回すポゼッションサッカーが想像される。コンビネーションの構築には時間が必要だが、ゲームの中で起こる様々な変化に柔軟に対応できる経験豊富な選手がいることは強みだろう。
コーチングスタッフには、W杯優勝メンバーで、昨年から指導者に転向した大野忍コーチを招聘。大野コーチは阪口や鮫島、有吉らとともに代表で一時代を築き、なでしこリーグでは得点王4回、MVPを3回受賞。通算320試合出場、182得点の歴代最多得点の傑出した記録を残した。昨年はINAC神戸の育成組織のコーチを務めていたが、「将来はWEリーグで監督に」(佐々木総監督)と、指導者としての将来性を見込まれて大宮のコーチに抜擢された。「頼られるコーチになりたいですし、選手と一緒にちゃんと戦えるスタッフになりたいと思います」と、意欲を漲らせた。
練習では、選手たちのパス回しに加わる場面も。現役時代さながらのゴール前の駆け引きやポジショニングなど、選手たちの刺激になるプレーも見せてくれそうだ。
3月12日時点で25名と人数は揃っているが、今後は外国籍選手を獲得する構想もある。外国籍選手の獲得にはWEリーグから補助金が出ることが決まっており、大宮は独自の海外情報網も生かして前線のストライカーの獲得を考えているという。
【新規ファン層拡大へ】
埼玉県からは、浦和レッズレディース、ちふれASエルフェン埼玉、そして大宮と、1県から3チームが参入基準を満たし、WEリーグの「オリジナル11」に名を連ねた。参入審査では、経営基盤の安定感や、椅子席で5,000名以上、大型映像装置(参入から5年以内に設置)などの条件を満たすホームスタジアムの確保が高いハードルとなった。
チームの運営会社は男子トップチームと同じNTTスポーツコミュニティで、同社の出資企業には、NTTドコモをはじめとするNTT関連企業が名を連ねる。また、男子トップチーム同様、15,500人を収容するサッカー専用スタジアムであるNACK5スタジアムを使用する。スタンドとピッチが近くて臨場感があり、2019年の皇后杯決勝ではベレーザと浦和が1万人を超える観客を集め、熱戦を繰り広げたことも記憶に新しい。
だが、それだけの観客が入る試合は多くない。WEリーグは毎試合の平均観客数5,000名以上を目標としているが、なでしこリーグでは16年から20年までの4シーズンの1試合あたりの平均観客数は1,480名だった。昨季はコロナ禍で入場者数制限もあり、715名にとどまった。5,000名の目標を達成するためには、ピッチ内での「結果」はもちろん、地域活動を通じた新規ファン層へのアピールも必要だろう。プロ選手は練習以外の時間を活用して、地域活動や社会貢献活動も行うが、選手たちからも様々なアイデアが出たという。鮫島は、そうした活動に意欲的だ。
「WEリーグは女性の社会での活躍にも着目していると思うので、いろいろと活動できたらいいなと思っています。新たに立ち上げるチームですから、フロントに企画を出したり、選手から積極的に発信していきたいですね」
新体制発表では、そう力強く語った。今後、どのようなアイデアが実現されていくのか楽しみだ。
【初代エースナンバーに込められた期待】
チーム創設初年度の今年、「顔」 となる背番号「10」を付けるのは、阪口夢穂だ。15年から17年まで、3年連続でなでしこリーグ最優秀選手賞を受賞し、高倉麻子監督率いる現代表でも主軸として活躍した。18年の4月にリーグ戦で右膝を負傷して以来、復帰とリハビリを重ねてきた中で、9年間所属したベレーザからの移籍については悩んだことも明かし、決断の理由をこう語った。
「佐々木さんから熱いオファーをいただいて考える中で、(代表では)2011年から素晴らしい夢をたくさん見せていただいたので、何か力になれたらと思いましたし、新しいチームであることに魅力を感じて決断しました」
オフザボールでも見所が多い阪口のプレーは、スタジアムまで足を運んで観たいと思わせる。軽やかなタッチで相手を置き去りにし、鮮やかなキックで局面をガラリと変え、自陣に引いた相手の心理を逆手に取るように、ボールを見せて駆け引きを仕掛ける。苦しい状況でも焦りを見せず、プレーを楽しもうとする余裕が、周りにも波及していく。
ポジションはボランチのイメージが強いが、ベレーザでは得点が欲しい時に前線に上がることもあった。常にピッチ全体を把握しているからこそ“黒子”に徹することもあるが、WEリーグでは貪欲にゴールを目指すプレーも見てみたい。
「練習の後にしっかり体をケアしたり、食事の面なども、サッカーを中心に考えてきました。そういう当たり前のことが意外と難しいのですが、それを今後も続けていきたいと思います」
長いプロ生活で培った、トップレベルでプレーし続けるためのそうした“心得”も、これからプロになる若い選手たちにとって学ぶことが多いだろう。
「これまでの経験を惜しみなく、このチームに還元できるように頑張ります」
その言葉には、新たな挑戦を楽しむ響きがあった。
9月の開幕前に、4月から6月にかけて行われるプレシーズンマッチで大宮の試合を見ることができる。参入を決めたきっかけとなったサッカー少女は、会場に訪れるだろうか。初のホームゲームとなる5月8日のサンフレッチェ広島レジーナ戦では、愛するオレンジ色のユニフォームを着て、「いつか私もこのピッチに」と目を輝かせる女の子たちの姿が見られるかもしれない。