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「お呼びでないイヴァンカ」パロディとディープフェイクスの境界

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
from Twitter

「#お呼びでないイヴァンカ」というハッシュタグのついたパロディ画像が拡散している。

トランプ米大統領の長女で大統領補佐官の肩書を持つイヴァンカ・トランプ氏が、ヤルタ会談やノルマンディー上陸作戦など、歴史的な場面に写り込んでいる加工画像。

大阪の主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)や、その後の米韓会談、南北軍事境界線(DMZ)の米朝会談でも、当然のようにニュース映像に写り込んでいたイヴァンカ氏を皮肉った、パロディ画像の数々。

中には、イヴァンカ氏の顔を別人に差し替えたAI加工動画「ディープフェイクス」もあった。

その一方、時を同じくして、 「ディープフェイクス」 への規制を求める声も、急速に高まっている。

米ヴァージニア州は7月1日、「ディープフェイクス」を対象とした初の法規制を施行させた。連邦議会には、超党派の議員による新たな規制法案も提出された。

同じようなテクノロジーや手法を使うパロディや風刺と「ディープフェイクス」 。

その法規制に対しては、「表現の自由」への影響を懸念する意見も少なくない。AIの急速な進展に、「表現の自由」を挟んだ議論の綱引きが続く。

●遍在する「イヴァンカ」

イヴァンカ氏のパロディ画像拡散のきっかけとなったのは、G20で撮影された短い動画だ。

英国のテリーザ・メイ首相やフランスのエマニュエル・マクロン大統領、カナダのジャスティン・トルドー首相国際通貨基金(IMF)専務理事で欧州中央銀行(ECB)次期総裁のクリスティーヌ・ラガルド氏という首脳らの議論の輪の中に、イヴァンカ氏が入ろうとした場面。

動画には、すぐ横にいたラガルド氏が、いかにも「お呼びでない」という視線をイヴァンカ氏に向ける一瞬が捉えられていた。

この動画はフランス大統領府が公開したものだという。

これに、「#お呼びでないイヴァンカ(#UnwantedIvanka)」のハッシュタグがついたパロディ画像の拡散が続く。

6月30日にツイッターで口火を切ったのは、政治サイト「クルックト・メディア」のポッドキャスト番組「ヒステリア」のホスト、エリン・ライアン氏だ。

誰か、イヴァンカのフォトショップをつくってくれる人はいない? 不釣り合いな場所に割り込むお呼びでないお邪魔虫という感じで。

1945年に英国のチャーチル首相、米国のルーズベルト大統領、ソ連のスターリン首相が第二次世界大戦の戦後処理を話し合ったヤルタ会談に、イヴァンカ氏が同席するパロディ動画を投稿したのは、ニューヨークのジャーナリスト、ヘレン・ケネディ氏。

メディアサイト「メディア・マターズ」の編集長、パーカー・モロイ氏が投稿したのは、1944年のノルマンディー上陸作戦のイヴァンカ氏。

黒人指導者、マーチン・ルーサー・キング氏による1963年のワシントン大行進を題材にしたパロディ画像は、数種類が飛び交った。

パロディには動画も含まれていた。発端となったG20における動画をべースに、イヴァンカ氏の顔を歌手のブリトニー・スピアーズ氏に差し替えた「ディープフェイクス」動画だ。

次から次へとパロディの加工画像や動画が連続投稿される、いわゆる「コラ祭り」の状態となった。

●ヴァージニア州のディープフェイクス規制

このパロディ騒動のさ中、米ヴァージニア州では7月1日、「ディープフェイクス」を規制する州法が新たに施行された

米国における「ディープフェイクス」規制の初めての取り組み、と言われている。

ヴァージニア州では、2014年に州法でいわゆるリベンジポルノを禁止している。今回は、同法に「ディープフェイクス」などの加工画像・動画を含める改正を行い、2019年3月に成立していた

また連邦法レベルでは、新たに民主党下院議員のデレク・キルマー氏ら超党派議員による「ディープフェイクス報告法案」が6月28日に提出されている。

これは直接の規制にかかわるものではなく、国土安全保障省に対して「ディープフェイクス」の動向に関する年次報告書を発行するよう求めるものだ。

「ディープフェイクス」をめぐっては、すでにニューヨーク州議会では2018年5月、プライバシー保護などの観点から、ディープフェイクスの規制法案が提出されている。

連邦法では、共和党のベン・サッセ上院議員が、2018年12月にディープフェイクス規制法案を提出したが、廃案となっている。

また、民主党のイベット・クラーク下院議員も2019年6月、ディープフェイクスの発信へのラベル付けを義務化する規制法案を提出している。

●「法規制は悪いアイディア」

このような「ディープフェイクス」に対する法規制を支持する意見も強い。特にリベンジポルノなどでの悪用により、リアルな被害者が出ていることもそのような動きを後押しする。

だがその一方で、懸念の声も上がっている。

懸念のポイントは特殊効果やパロディなどを含めた「表現の自由」への侵害だ。

「お呼びでないイヴァンカ」の投稿は、加工画像、加工動画ではあるが、米大統領補佐官という公職にあるイヴァンカ氏に対する風刺、批評の範疇に入るだろう。まさに「表現の自由」だ。

ハリウッド映画でも、「ディープフェイクス」に似たテクノロジーが様々な作品に使われてきている。

トム・ハンクス主演の「フォレスト・ガンプ」(1994年)では、特殊効果によって、ケネディ大統領の記録映像の中で主人公とやりとりをする場面が描かれた。

また、「スター・ウォーズ」の2016年公開のスピンオフ作品「ローグ・ワン」では、1977年の第1作「エピソード4/新たなる希望」に続くレイア姫とターキン総督が、別人の演技のモーションキャプチャーとCGによって当時のままの姿で復活出演している。

そのため米国映画協会(MPAA)は、 ニューヨーク州議会に規制法案が提出された際、 「(表現の自由を定めた)修正憲法1条に違反する」などとして反対を表明している。

また、ネットに関する人権擁護団体「電子フロンティア財団(EFF)」も、「ディープフェイクス」が注目され始めた2018年2月、既存の法律で対応は可能であり「条件反射的な対応は、不要な憲法問題を引き起こす」として、新たな法規制に否定的な見解を表明している。

同様の反応はメディア関係者からも出されている。

ジャーナリストのマシュー・イングラム氏は、メディアサイト「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」で、ファクトチェックメディア「スノープス」の元編集局長、ブルック・ビンコウスキー氏のこの問題に対するコメントを紹介している。

みなさんが、ディープフェイクスから自分自身やお互いの身を守りたいという気持ちはわかりますが、より大きな虚偽情報、プロパガンダ、そしてソーシャルメディアのアルゴリズムの問題に手をつけずに、これらの動画の対策として法律を起案するのは、木を見て森を見ていない、と私には思えます。

その問題に取り組まない限り、テクノロジーは進化を続け、「果てしない法律の後追いゲームになるでしょう」とビンコウスキー氏。

さらに、ハーバード大学ニーマン・ジャーナリズム・ラボ所長のジョシュア・ベントン氏も、ツイッターで「ディープフェイクス」問題について、こう述べる。

別の見方を:メディアはディープフェイクスに過剰反応しすぎだ。2020年の大統領選にはまずほとんど影響をあたえないんじゃないか。

ディープフェイクスの画像が出回れば、メディアはそれをチェックできるだろうし、ディープフェイクスを信じてしまう人たちは、ずっと単純な加工動画にも騙されてしまう。この問題はもっと幅広い課題を抱えている――ベントン氏はそう見立てる。ビンコウスキー氏の見解とも重なる見解だ。

そして、イングラム氏自身も、こう指摘している。

いずれにしても、その影響範囲すら明らかになっていない問題への対策として、法規制に飛びつくのは賢明な方法とは思えない。特にそれが、修正憲法1条にかかわることが明白な場合には、なおさら。

(※2019年7月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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