本番間近のテストマッチ。強豪ドイツを圧倒したヤングなでしこ
【変化する女子サッカーの勢力図】
リオデジャネイロ五輪の女子サッカーでは、優勝候補に挙げられていたアメリカとフランスが準々決勝で姿を消した。3連覇を目指したアメリカがスウェーデンにPK戦で敗れ、フランスがカナダに0-1で敗れたのである。女子サッカーの勢力図も、世界ランキング上位のチームの力がどんどん拮抗している。
それは、育成年代も例外ではない。
U-20ワールドカップを3ヶ月後に控え、ドイツで強化合宿中のU-20日本女子代表は12日、U-20ドイツ女子代表とのテストマッチを行った。
ドイツはFIFAランキング2位のA代表もさることながら、育成年代も強い。U-20ワールドカップは前回大会(2014)を含めて過去7大会で3度の優勝を誇り、この年代では世界一の実績を持つ。当然ながら、3ヶ月後の本大会も優勝候補の筆頭だ。一方、日本は前回大会はアジア予選(2013年AFC女子選手権)で敗れたため、出場していない。U-20ドイツを率いるのは、2度のワールドカップ優勝に導いたマレン・マイネルト(Maren MEINERT)監督。この年代を長く見てきたスペシャリストであり、2年おきに変わるチームにも、勝者のメンタリティーは伝統として受け継がれている。
この年代のチャンピオンに対して、日本はチャレンジャーとして臨んだ。だが、試合が始まるとその構図は逆転した。
日本のスターティングメンバーはGK松本真未子、DFラインは左から北川ひかる、市瀬菜々、乗松瑠華、塩越柚歩。MFは左から守屋都弥、杉田妃和、隅田凜、林穂之香。FWには籾木結花と上野真実の2トップが並んだ。
「ドイツの圧力を真正面から受けずに『相手の状況でこちらの判断を変える』。それをいろんな局面でやることができば、狙いとするサッカーがある程度は通用するのではないかと思います」
試合前に高倉麻子監督がそう話していた通り、日本はワンタッチ、2タッチのテンポの良いパスワークで相手のプレッシャーをかわし、リズムの変化を加えながら攻撃のルートを探っていった。アジア予選から1年かけて作り上げてきた連携は成熟し、選手同士の距離感にはあうんの呼吸が感じられる。ドイツが警戒して守備のラインを下げると、左右にボールを動かしながら相手をおびき出し、裏を狙う駆け引きを見せた。事前にビデオでドイツの特徴を分析できていたことも大きかったという。背番号10を背負った籾木(日テレ・ベレーザ)はこう語る。
「ドイツはアジアや南米のチームと比べても、スピードやパワーが全然違うと肌で感じました。ただ、そのプレッシャーの中でもテンポよく回せましたし、相手のサイドバックが日本のサイドハーフに食いつくという情報があったので、その裏を自分や(上野)真実が積極的に狙っていました」(籾木)
前半15分を過ぎると、試合は完全な日本のペースになった。
【大舞台で引き出された積極性】
先発の11人中、塩越(DF/浦和レッズレディース)、守屋(MF/INAC神戸レオネッサ)、林(MF/セレッソ大阪堺レディース)、上野(FW/愛媛FCレディース)の4人は昨年夏のワールドカップアジア予選以降に呼ばれたメンバーで、このチームでは比較的、新しい。ドイツとの一戦で、指揮官がこの4人を先発に抜擢したのには理由がある。
「新しい選手たちが本当に強い相手に対してどれぐらいやれるか、見てみたいと思いました」と、高倉監督。
世界で勝つためには、限られた時間の中で、極限のプレッシャーや強い相手に対する対応力も求められる。その起用は、貴重な国際経験を積ませることと同時に、力を見極めるテストでもあった。
前半、ドイツは塩越と林が縦に並ぶ日本の右サイドを積極的に攻めてきた。序盤はその圧力に前を向けず、ダイレクトでバックパスを返してしまう場面も見られた。だが、経験のある隅田や籾木がサポートに入り、守備が安定すると、4人にも積極的なプレーが増えていった。
「海外の選手と試合をするのは初めてで、最初は気持ちが焦りましたが、余裕を持てば自分のプレーが通用すると感じられました。アピールも必要だし、自分がどれだけできるか試したいという気持ちも出てきました」(林)
逆サイドにも顔を出してボールに関わる積極性を見せた林は、38分には右サイドからのクロスで守屋のシュートをお膳立てした。
塩越は安全なショートパスだけではなく、1つ間を飛ばした前線への縦パスにトライし、上野は相手のDFラインの裏への動き出しを繰り返しながら積極的にゴールを狙った。
43分の日本の先制ゴールは、守屋のアシストから生まれた。
杉田からのスルーパスを相手DFが上がった裏のスペースで受け、相手のゴール前に絶妙のパスを入れると、右サイドからフリーで走り込んだ籾木が冷静に流し込む。美しい連携から日本が先制した。
「相手がボールウォッチャーになることが多く、(杉田)妃和からの裏へのパスもくると思っていたので、ワンタッチで裏に抜けるタイミングを狙っていました。(私は)右利きなので、あの場面では左足で確率が低いシュートを打つよりも、籾(木)ちゃんに渡した方が確実だと判断しました」(守屋)
前半の45分間の中でも、新戦力の4人が目に見えて自信をつけていく様子が見て取れた。それは、経験ある周囲の選手たちのサポートの結果でもある。
だが、ドイツがこれで終わるわけがなかった。ドイツは後半、中盤の選手を同時に3人交代して、一気にギアを上げてきた。両サイドハーフの位置が前半に比べて明らかに高くなり、パススピードも上がった。
【ドイツのギアチェンジを封じた日本】
日本は後半、GK松本に代わり平尾知佳(浦和レッズレディース)、右サイドバックの塩越にかわって清水梨紗(日テレ・ベレーザ)、左サイドハーフの守屋都弥に代わって長谷川唯(日テレ・ベレーザ)が入る。サイドに運動量豊富な2人を入れたことで、後半、日本はさらに攻撃力をあげてきた。両サイドで激しい火花が散り、試合は激しさを増していく。
だが、後半15分過ぎにはトーンダウンし、やがて、ドイツはサイドにボールを入れることができなくなり、ロングボールも蹴れなくなった。日本の守備に、「隙」がないからだ。ドイツが手詰まりになり後方でボールを回し始めると、前からプレスをかける日本が再びペースをつかんだ。
61分には林に代わり、スピードを持ち味とする西田明華(セレッソ大阪堺レディース)が右サイドハーフに投入される。68分には籾木のスルーパスに抜け出した長谷川の決定的なシュートが相手GKの好セーブに阻まれ、その4分後には右で三浦成美(日テレ・ベレーザ)のパスに抜け出した西田のシュートが惜しくも相手ゴールをかすめた。
圧倒的に攻めてはいるが、追加点が決まらない。試合を優位に進めながら、カウンターからの一発に沈むーーそれは攻撃的なスタイルと切っても切り離せないリスクで、サッカーではよく起こる悲劇でもある。日本が作った決定機の質と量に比べ、ドイツが日本のペナルティエリアに侵入し、生み出した決定機はわずか2回。だが、この2回で怖さを見せるのがドイツでもある。2度のピンチのうち、一度は守備陣が身体を張って防ぎ、もう一度は後半から入ったGK平尾が相手のシュートを身体に当てて防いだ。
終盤は両チームともに積極的な交代策を見せたが、結局、最後までドイツの良さをほとんど出させることなく、攻め抜いた日本が1-0で勝利を飾った。
【ダブルボランチと最終ラインの安定感】
日本が相手を寄せ付けず、新戦力の選手たちの良さを引き出すことができた理由として、ダブルボランチと最終ラインの安定感が大きかった。
ボランチの隅田(日テレ・ベレーザ)は攻守のつなぎ役として全方位にボールを捌(さば)きながら、激しい寄せでピンチをチャンスに変える場面が多かった。杉田(INAC神戸レオネッサ)は、寄せてくる相手にあえてボールを晒(さら)し、食いついてきたところで足の裏を使い、相手の重心の逆をとるプレーを何度か見せた。ひらりと身を翻(ひるがえ)しながらボールの方向を自在に変えるテクニックに、スタンドの関係者からはため息がもれた。
”虎の子の1点を守りきった”のではなく、”相手が自滅した”結果の勝利でもないことは、杉田の言葉が証明している。
「サポートの質や一人一人の動き出しが良く、パスコースがよく見えました。とくに、攻守の切り換えはみんなの意識がすごく高かったです。守備では後ろから(乗松)瑠華さんがよく声をかけてくれて、相手がスピードに乗る前にプレスをかけて『相手の良さを出させない守備』ができていました」(杉田)
最終ラインの4人が見せたラインコントロールは、試合を通じてほぼ完璧だった。相手の後方からロングボールが蹴られた瞬間、日本の最終ラインの手が一気にあがる。「オフサイド」という審判へのアピールである。
まるで一本の紐(ひも)でつながっているかのように、4人のDFラインはいつ見ても美しく揃っていた。このチームで最古参メンバーの一人でもある、センターバックの市瀬(ベガルタ仙台レディース)は言う。
「U-17の時は相手との体格差もそこまで大きくなかったので、今考えると、そこまで細かいポジショニングは気にしていなかったんです。でもU-19やU-20になると体格差が大きくなって、一瞬のスピードでやられてしまうので、一つ一つのポジショニングを丁寧に考えるようになりました」(市瀬)
センターバックの乗松と左サイドバックの北川(ともに浦和レッズレディース)は球際で強さを見せ、1対1の局面はほぼ「全勝」した。1対1の強さやフィジカルの強化は、今回の合宿中、選手たちが取り組んでいることの一つでもある。
「日本は、海外の強い選手に対して『1対1でかなわない』ということを前提にしてしまうようなところがありますが、まずは1対1ありきだと考えています。『組織(的な対応)に逃げないようにしよう』と言い続けています」(高倉監督)
選手の意識の変化が、形となって表れ始めているのを実感する。試合後の表情には、自分たちの良さをしっかりとピッチで表現できた充実感が漂っていた。
【経験から得た自信】
選手たちにとって、この勝利から得るものは相当に大きかったはずだ。この年代の世界トップクラスの力量を肌で感じ、相手にほとんど何もさせなかったのだから。逆にドイツも、スタイルが違う日本にここまで圧倒されるとは考えていなかったはずだ。この試合は、メディアに対しては「試合映像と写真撮影は禁止」という条件付きでの公開となり、ドイツのクラブチームスタッフや選手の家族など、僅かな関係者が見守る中での試合となった。試合結果を受けて、ドイツは残り3ヶ月間で徹底的に対策を練ってくるだろう。11月の本大会では、ともにグループを首位で通過した場合、準決勝で当たる可能性が高い。本番で勝つために、日本も立ち止まってはいられない。
15日の夜7時(日本時間16日午前2時)からは、地元の女子チーム、ボルシアVfLメンヘングラットバッハと対戦する。年齢制限のない大人のチームとの対戦であり、この試合もチームの経験値を上げる貴重な一戦となりそうだ。