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ベールを脱いだ怪物 〜ゴロフキン対マックリン戦より

杉浦大介スポーツライター

Photo By Kotaro Ohashi

6月29日

WBA 世界ミドル級タイトル戦

米国コネチカット州フォックスウッズ・リゾート&カジノ

ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン/27勝24KO)

3ラウンド1分22秒KO

マシュー・マックリン(イギリス/29勝(20KO)5敗)

戦慄のボディショット

筆者が座っていたリングサイド2列目の記者席からは、ゴロフキンが一閃した左ボディフックの軌道と、マックリンが苦悶の表情を浮かべて沈んで行く姿が鮮明に見えた。

しばらく立ち上がれなかったマックリンを見て、レフェリーは第3ラウンド1分22秒で試合をストップ。その直後、興奮で頬を赤く染めたマックリン側のルー・ディベラ・プロモーターは記者席に駆け寄り、何かに取り憑かれたかのようにこう捲し立てた。

「パンチが当たった後に何かが砕けたような音がした。25年に渡ってボクシングを見て来たけど、これまで観た中で最も強烈なボディショットだったかもしれない。ゴロフキンは野獣だよ」

・・・・・・一部で囁かれていた“ゴロフキンは過大評価ではないか?”という疑問の声も、これで奇麗に消え去ることだろう。 

マックリンは決して安全パイではなく、2012年にはセルヒオ・マルチネスの持つWBC世界ミドル級王座に挑み、11ラウンドにストップされるまで激戦を繰り広げた経験もある。その前年にはドイツでフェリックス・シュトルムの持つWBA世界タイトルに挑戦し、大善戦の末、“ホームタウン・ディシジョン”の声が挙がる1−2の判定負けを喫したこともある。

そんな風に世界トップクラスのボクサーたちと渡り合って来た実績を持つタフガイも、ロシアの破壊的パンチャーにはまるで歯が立たなかった。

8連続KO防衛

「疑いも無く、これまで戦った中で最強のファイター。脱帽するしかない。凄い王者だ。とても辛抱強くもあり、クリーンヒットを奪うのは難しかった」

第1ラウンドから相手のパワーに驚いているようにすら見えたマックリンは、試合後にはそう語ってシャッポを脱いだ。

3月には石田順裕を同じく3ラウンドでストップしたのを含み、ゴロフキンはこれでWBA王座8度の防衛戦ですべてKO勝利。2013年は5試合を行なうと宣言し、実際に最初の6ヶ月で3戦してすべてKO勝利を収めて来た。KO率88.9%はすべてのタイトルホルダーの中でトップな上に、アマ355戦350勝の実績が示す通り、技術的な下地も十分に備えているように見える。

ついにベールを完全に脱いだミドル級の新怪物ーーー。単なるパンチャーではなく、完成されたボクサーであることを証明し続けるゴロフキンは、プロのリングでこの先どこまで駆け上がって行くことになるのか。

今後の相手は

「調子はよく、楽な試合だった。リングでやりたいことはすべてできたし、彼のパンチは効かなかった。いつでも、どの選手とも戦う」

マックリン戦後には、戦闘時の迫力からは想像もつかない無邪気な笑顔とともにそう語ったゴロフキン。かねてから”ジュニアミドル級からスーパーミドル級までどの選手とでも戦う”と明言して来たものの、ここまで驚異的なパワーと迫力を誇示し続けているだけに、今後は対戦者探しに少々苦労する可能性もある。

期待されるのはWBC王者マルチネスとの新旧王者決戦だが、アルゼンチン人王者は複数の故障で年内は休養予定。ゴロフキンの強さに度肝を抜かれたマルチネス側のディベラ・プロモーターも「14ヶ月のブランク後にあんなアニマルと戦わせる気はない」と口走っており、この一戦の実現は難しそうである。

「理想を言えばフリオ・セサール・チャベスJrと対戦させたい」

ゴロフキンを抱えるK2プロモーションのトム・ローフラー氏が希望を語っている通り、チャベス・ジュニアは彼らには願ってもない相手のはずだ。

マックリン戦でも観客動員は2211人に止まり、ファイトマネーも35万ドル程度と、ゴロフキンはアメリカではまだ決して“ビッグネーム”とは呼べない。そんなロシア人王者にとって、ミドル〜スーパーミドル級を通じて最大の商品価値を誇るチャベスとの対戦は一気にメインストリームに躍り出る格好のチケットとなる。

しかし惨敗のリスクが大き過ぎるゴロフキンとの対戦を、チャベスの興行権を握るトップランク社のボブ・アラム氏が組むとも考え難い。この試合が実現するとすれば、チャベスが今後に凋落し、アラムがドル箱の“最後の換金”を目論んだ場合だけではないか。

ゴロフキン対ウォードの頂上決戦は可能?

それよりも多少現実的なのは、スーパーミドル級の帝王アンドレ・ウォードとのスーパーファイトの方だろう。

ゴロフキン対マックリン戦のゲスト解説を務めたウォードは、試合後に「(ゴロフキン戦は)問題はないよ。僕のキャリアを辿ってもらえば、誰が相手でも大丈夫だと分かるはずだ」とリングサイドで明言。スーパーミドル級を統一した実力は高く評価されるウォードも、地元オークランド以外では知名度はもう1つだけに、このニューセンセーションの挑戦を受けて立つことのメリットは大きい。

「(ウォードとのドリームマッチは)実現したら凄い試合になるだろうが、もう少し時間がかかる。ゲンナジーに準備ができていないという意味ではなく、プロモーター側の見方として、(より大きな試合にするために)来年の方が適切だ」

もちろんそんなローフラー氏のコメント通り、ゴロフキン対ウォード戦が可能になるとしてもしばらく先のことになる。

とりあえず今年内に予定されるゴロフキンの残り2戦の相手には、8月にアトランティックシティで行なわれるIBF世界ミドル級王者ダニエル・ギール対ダレン・バーカー戦の勝者、あるいは4月にマルチネスに善戦したマーティン・マレーが有力という。いずれにしても、ゴロフキンのカリスマ性に魅せられたHBOは全面バックアップを約束しているというだけに、今後もそれなりの相手が用意されることになるはずだ。

過去数戦の圧倒的な内容は、目の肥えたアメリカのボクシング関係者をも震撼させるに十分だった。”Hype(誇大宣伝)”が本物だと証明され、これから先にこのロシアンパンチャーがどんなキャリアを辿って行くかに注目が集まる。

現時点ではっきりしているのは1つ。誰と対戦することになったとしても、ゴロフキンのファイトが、世界中のボクシングファンの”Must-Watch(絶対に見逃せない)リスト”に載ったことはもう間違いない。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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