Yahoo!ニュース

きしめん1杯1500円!業界の常識を覆すミシュラン掲載の名店の挑戦

大竹敏之名古屋ネタライター
Higashiyama Nikotenのきしめん。これに天ぷらがついて1500円

メニュー構成・価格・デザインとも異彩を放つ名古屋めん専門店

メニューはきしめん、味噌煮込み、カレー煮込みの3種のみ。価格は1500円~。こんな驚きのメニューラインナップのうどん店が名古屋に登場しました。その名も「Higashiyama Nikoten」。長年、名古屋市熱田区で営業してきた「千年(ちとせ)ニコ天」が、10月1日に千種区東山通へ移転オープンした新店舗です。

店構えも斬新。全面ガラス張りで壁は内外とも真っ白。赤、黄、青などのカラフルなデザインチェアが配され、オープンキッチンのカウンターの上部にはたくさんのワイングラスが。まるで若者向けのお洒落なカフェかダイニングバーという雰囲気です

大通りに面するガラス張りの店舗はまるでカフェのよう。地下鉄東山線東山公園駅4番出口より西へ徒歩1分。筆者が何度か訪問した時は、いつも席はほぼ埋まっていた
大通りに面するガラス張りの店舗はまるでカフェのよう。地下鉄東山線東山公園駅4番出口より西へ徒歩1分。筆者が何度か訪問した時は、いつも席はほぼ埋まっていた

きしめんはかなり幅広でおよそ2・5cm。透き通るほど薄くてすべすべ、それでいてもっちり感もあり。つゆも透明感があり、ダシには良質の本鰹などを使用し、しっかりとうまみがありつつも後味は上品。さらに昆布が豊かな風味を下支えしています。ダシの材料は名古屋のうどん店ではほとんど使われないものばかりなのですが、不思議と名古屋人の嗜好にも合い、その上でより多くの人を魅了する味わいにまとめ上げられています。これに大ぶりのエビ天またはとんかつが付くので、ボリュームも十分です。

天ころきしめん(冷)1500円。他、とんかつ、からあげのトッピングバリエーションがある
天ころきしめん(冷)1500円。他、とんかつ、からあげのトッピングバリエーションがある

味噌煮込みうどんもまた独特。麺と味噌つゆが別添えで出てくるつけめん式なのです。固形燃料で加熱したつゆに麺を入れ、手早く上げればしっかりした噛み応えを、よく煮込めばもっちりした柔らかさを、時間を調整しながら異なる食感を楽しめます。あらかじめ麺をゆで切ってあるのも味噌煮込みではあまりない提供方で、もちもちした食感で“味噌煮込みうどん=太くて固い”というイメージが覆されます。豚肉、鶏肉、油揚げ、かまぼこ、ネギ、白菜、ゴボウなど具だくさんで、麺の量も多いので十二分に満腹感を味わえます。カレー煮込みうどんも同様のスタイルです。

ぐつぐつ味噌煮込みうどん1500円。味噌つゆと具材がたっぷり入った土鍋を固形燃料で加熱し、麺を入れて煮込みながら食べる。ごはんと玉子を加えて雑炊で〆るのもいい
ぐつぐつ味噌煮込みうどん1500円。味噌つゆと具材がたっぷり入った土鍋を固形燃料で加熱し、麺を入れて煮込みながら食べる。ごはんと玉子を加えて雑炊で〆るのもいい

いずれも他にはない個性的かつ質の高い味わいを楽しめ、ボリュームも申し分なし。1500円という値段だけ見ると「高い」という印象を受けてしまいがちですが、食べれば納得の満足感を得られます。

市内のうどん店の平均単価はきしめん500円台、味噌煮込み800円台

とはいえ、価格もメニュー構成も店づくりも、従来のうどん店のイメージとは大きく異なるもの。名古屋市中心部のうどん店の平均単価はきしめん574円、味噌煮込みうどん882円(名古屋市東区の東麺類組合調べ)ですから、単純に数字だけ見れば高いことは確かです。小さな子ども連れは入店できない、というのもうどん店ではほとんど例のないルールです。

旧店舗の千年ニコ天は1960(昭和35)年創業の昔ながらの麺類食堂で、メニューは丼も定食もあり、うどん500円、きしめん600円とごく一般的なものでした。市内中心部からは距離があり立地には恵まれていませんでしたが、『ミシュランガイド愛知・岐阜・三重2019特別版』のミシュランプレート(星はつかないが「ミシュランの基準と満たした料理」)に選ばれたこともあり、近年は表で待つのも当たり前の繁盛店となっていました。

それだけにこの大胆なモデルチェンジの裏には相当の熟慮と覚悟があったはず。一体どのような思いで、新生・Higashiyama Nikotenをオープンさせたのでしょうか?

食事メニューはきしめん、煮込みうどん、カレー煮込みうどんの3種+トッピングのみ
食事メニューはきしめん、煮込みうどん、カレー煮込みうどんの3種+トッピングのみ

つくりたかったのは夫婦2人で切り盛りできる“小さな店”

「奇をてらったわけでも、敷居の高い店にしたかったわけでもないんですよ」と笑うのは店主の中村誠さん。旧店舗は賃貸物件で契約期限が切れるため、移転せざるを得なかったのだそう。カフェのような店づくりは「自分より若い人にきしめんを食べてもらいたくて、彼らが入りやすい雰囲気にしたかったから」だといいます。

「前の店でも、少しでもおいしくなるよう、麵でもダシでもいろんな方法や材料を試していたんです。奥さんにバレたら怒られるだろうな、と思いながら高価な材料を取り寄せたりして(笑)」という中村さん。自身が納得できるおいしいきしめん、味噌煮込みうどんを提供するためにはどうするか? 考え抜いた末にたどり着いた答えが“小さな店”でした。

席数はおよそ20席。40席近くあった旧店舗のほぼ半分の規模に縮小した。当面は昼のみの営業で、麺が売り切れ次第終了、不定休。事前の告知一切なしでオープンし、現在もHPやSNSアカウントを開設していない
席数はおよそ20席。40席近くあった旧店舗のほぼ半分の規模に縮小した。当面は昼のみの営業で、麺が売り切れ次第終了、不定休。事前の告知一切なしでオープンし、現在もHPやSNSアカウントを開設していない

「1人で毎日麺を打って、営業中は奥さんと2人で調理と接客をこなす。そのためには目が行き届く20席程度の規模で、1日50食を出すのが精一杯だと考えました」と中村さん。お客のテーブルに配膳しやすいシンプルな動線のレイアウト、厨房から客席の様子が見通せるオープンキッチンは、2人で切り盛りするために考え抜かれたものだったのです。そして、「小さな子ども連れNG」というルールも、決して広くはない店内に居合わせたすべてのお客が食事に集中できるように、との配慮というわけです。

幅広のきしめんやつけめん式の味噌煮込みは旧店舗でも取り入れたり、実験的に提供していたもの。しかし、5月に旧店舗を閉め、開店準備までの5カ月の間に研究を重ね、さらにブラッシュアップを図りました。「きしめんの場合は粉のこね方を変えて層をより重ねることで、薄くてももちもち感が出るようにしました。煮込み麺もダシも、すべてこれまでやってきたことをチューンナップしています」(中村さん)

店主の中村誠さん。きしめんは愛知県産小麦のきぬあかりを使用。一人前ずつ火の通り具合を確認しながら丁寧にゆでる
店主の中村誠さん。きしめんは愛知県産小麦のきぬあかりを使用。一人前ずつ火の通り具合を確認しながら丁寧にゆでる

1500円でも実は「コスパが高い」(!)

1500円という価格設定も、同様に熟考の末に導き出されたものでした。「自分が本当においしい!と思えるものをつくろうと思うと、ダシだけで1杯300円近く原価がかかるんです。もちろんここに麺が入りますから、1杯600円ではとてもやっていけないし、1000円でも利益はほとんど出ない。せめて選択肢として1000円のメニューも用意するべきという意見もあったんですが、それだと結局安い方に注文の多くが流れてしまう。客単価をちゃんと利益が出る1500円にならすためには、安いメニューを用意しない方がいいという結論に達しました」(中村さん)

原価率は飲食店の経営を考える上で基本となる数字のひとつ。一般的に30%前後が目安といわれ、同店の場合それをゆうに超えています。最近は何かと「コスパ」を飲食店の価値として重視するムキがありますが、500円のうどんでも原価が100円ならばそれは「コスパが低い」ことになり、1500円のきしめん(天ぷら付)で500円以上の原価がかかっているHigashiyama Nikotenは、実は「コスパが高い」のです。

中村さんはニコ天3代目で1975年生まれの46歳。妻の宏実さん(左)と2人で店に立つ
中村さんはニコ天3代目で1975年生まれの46歳。妻の宏実さん(左)と2人で店に立つ

付加価値の高い専門店の登場で“きしめん新時代”の到来なるか!‽

きしめんは一時の低迷期から脱し、ここ数年にわかに再評価の気運が高まっています。その象徴的な出来事が、今年5月にオープンした「星が丘製麵所」のブレイクでした。そして、Higashiyama Nikotenのオープンも、きしめん、そして名古屋のご当地麺の未来を明るく照らすムーブメントのひとつに挙げられると感じます。星が丘製麵所がチェーン化によってきしめんの大衆化を目指しているのに対し、Higashiyama Nikotenは専門店化によってきしめん、味噌煮込みうどんの価値を高めようとしているのが何より頼もしいところ。幅広のきしめんにカフェのようなお洒落な店舗デザイン、しかも地下鉄東山沿線の隣駅同士、と共通点も多い両店ですが、目指すところは対照的なのです。

それぞれの価値や本質が分かる、そんなきしめん・味噌煮込みうどんのファンが増えれば、名古屋の麺食文化はいっそう豊かに発展するはずです!

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

大竹敏之の最近の記事