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<ガンバ大阪・定期便98>宇佐美貴史の『スイッチ』。柏戦のキックフェイントはいかにして生まれたか。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
ここまでチーム最多の7得点。攻守にチームを牽引している。写真提供️/ガンバ大阪

 天皇杯2回戦・福島ユナイテッドFC戦を終え、週末のJ1リーグ第18節・柏レイソル戦に向けたトレーニングが始まった6月14日。練習を終えた宇佐美貴史はクラブハウスを去るにあたって、気になる言葉を残していた。

「今日からまたスイッチ入れた。やるよ」

 その日は午後から予定が入っていた様子で、足早に車に乗り込んだため、長く引き留めて話を聞くことは遠慮したが、だからこそ、言葉の真意が分からずモヤモヤした気持ちを抱えたままクラブハウスを後にしたのを覚えている。

 改めて言うまでもなく、今シーズンの宇佐美はスイッチを入れるも何も、常に入り続けているような状況だ。それは、毎試合、ピッチで表現されるプレーのキレが物語っている。昨年末、12月20日に自主トレを始めてから元日を含めて1日も休むことなく迎えた新シーズンは、試合を重ねるごとにグイグイと音を立ててギアが上がっていくような雰囲気すらあり、それはゴール数、アシスト数、走行距離、スプリント数など、さまざまな数字でも示されている。

 そんな彼が、スイッチを入れた、と言う。直近の福島戦へは出場がなかっただけに、J1リーグ再開に向けた『スイッチ』ということだったのか。

 そんな思いを抱きながら16日、柏戦を取材するべくパナソニックスタジアム吹田に向かったら、15分にいきなり、あの絶妙なキックフェイントからの先制点を目の当たりに。ますます『スイッチ』の意味が知りたくて、19日の練習後、彼に尋ねた。

「ここまで、個人的にも攻守にポジティブに受け止められるシーズンを過ごしてきたし、チームとしての結果も…まだまだ伸び代はありますけど、ある程度はついてきている中で、正直、少し自分に違う意味の危機感を覚えていたというか。このままの勢いでいけば、マジでシーズンが終わる前に擦り切れてしまうんちゃうか、って感じていたんです。それもあって、6月1日の湘南ベルマーレ戦(第17節)が終わった後、一旦、劇的に頭の中をオフにしようと決めたんです。もちろん、練習もきちんとやっていたし、チームとして行動している以上、チームの士気を下げるようなパフォーマンスはすべきじゃないとは思っていたので、あくまで僕の心の中での決め事だったんですけど。だから傍目にはきっとオフにしているとはわからなかったはずです。いや、中断期間中の練習試合もパフォーマンスは全く良くなかったから、もしかしたらその姿を見て、コンディションが悪いなと思った選手はいたかも知らんけど(笑)。

ちょうど6月に入って1年の約半分を過ごしてきたタイミングだったというのもあったし、福島戦への出場もほぼないと思っていたのもあります。だからこそ、天皇杯が終わるまでの約10日間は敢えて心を激抜きして、全く何も考えず、何の電気もついていないような空気が抜けたような状態で過ごしていました。で、福島戦が終わった後、柏戦のトレーニングが始まる時に、自分の中バツンと音が聞こえるくらいスイッチを入れました」

 これは1年をしっかり戦い抜くだけではなく、その中で、できる限り、パフォーマンスの波を作らないようにするためでもあったという。

「プロサッカー選手とはいえずっと100%で糸を張り詰めたような状態でいると、必ずどこかでそれが自分の負担になってしまう。特にベテランになるほど、否が応でも、自分のことだけじゃなくてチームのこととか、周りのことを考えることが増えますからね。去年からキャプテンを預かっているのもあるけど、若い頃なら自分のことだけに集中できた部分でも、今は周りのことが自然と目に入って『試合に出ていない選手は今、どういうマインドでいるんかな』とか『リハビリに取り組んでいる選手は、気持ちを保てているんかな』とか、気になること、考えることも増えて、頭の中をオフにする時間がますますなくなった。でも、それだと肝心の自分自身がどこかでガス欠になる気がするから。…ってことを昨年も感じて、今年は自分をコントロールできるようになることもテーマやったというか。そのためにも、オンとオフの状態をうまく自分の中で作ることで『ここで、しっかり張り詰めたい』『ギアを上げたい』という時に、わかりやすくスイッチが入るような状態にしておきたいと思いました」

 その取り組みは、この半年間、心身に溜め込んでいた見えない疲れを払拭することにもつながったのだろう。再びスイッチを入れ、そのピークを柏戦に合わせていった宇佐美は、この日、全身に血液が一気に行き渡るような感覚を覚えながらピッチに立ったという。

 それが15分に挙げた絶妙なキックフェイントからの先制ゴールにもつながった。

「ウェルトンのサイドにボールが入った時に、自分のスペースを潰さないようにスローダウンしながらペナルティエリア内に入って行ったんですけど、最初はボールをもらって、右にタッチでずらして外巻きにシュートを打つつもりだったんです。でもシュートを打つ直前の、0.1〜2秒のところで『ああ、違うわ、切り返しや!』と思い直して、キックフェイントを入れました。自分の体がついていくのかも心配だったくらい、相手にとってもリアリティのあるキックフェイントだったので引っかかってくれたのかなと思います。体に無理がききすぎている状態だったからあの切り返しもできたけど、おかげで右のお尻が筋肉痛になった」

柔らかく、強く仕掛けて、瞬時の判断でゴールを奪う。宇佐美の真骨頂というべき得点だった。写真提供️/ガンバ大阪
柔らかく、強く仕掛けて、瞬時の判断でゴールを奪う。宇佐美の真骨頂というべき得点だった。写真提供️/ガンバ大阪

 もっとも、このシーンは、コンディションの良さだけで語られるものではなく、日頃から地道にプレーを探究し続けている宇佐美だからこそ生まれたものだと言い切れる。彼自身も普段からトレーニングしていたことがしっかり活かされたと振り返った。

「試合前のアップもそうだし、練習終わりでもたまにやるんですけど、僕はよく一人で、相手をイメージしながら40メートルくらいのドリブル練習をしているんです。シザースを入れたり、フェイントを入れたりしながら。ただ、それを無意識でやると自然と自分の得意な形になってしまうというか。僕なら、右足裏で転がした時は、右足からシザースを入れていることが多いな、とか、インサイドで持ち出してすぐにガッとギアを上げていることが多いな、とか。たとえば、タッチしたボールが少し長くなってしまった時に、足裏でグッと止めに行っちゃう選手もいれば、ボールより向こうに足を出してアウトサイドでバチっと止める選手もいるというのも、ある意味、それぞれが持っている癖みたいなものだと思います。そういえば、ギタリストの方が本番で音を出す前に、慣らしでギターをバババッと掻き鳴らすじゃないですか? あれも無意識のうちに自分の好きなコード進行で弾いてしまうことが多いそうなんですけど、それに似た感覚じゃないかな。サッカーにおけるドリブルやフェイントにも絶対に自分の癖みたいなものはあって、咄嗟の判断では特に、自分の得意な形で勝負しがちになる。でも、裏を返せば、癖だと思うほどの形は相手にも読まれやすいということですから。それもあって、僕は咄嗟に判断を変えられるようになりたい、と考えるようになり、ドリブル練習をするときは必ずいろんな状況を作り上げて、瞬発的にプレーを選べるようなトレーニングを続けてきたんです。つまり、自分がいつもやっているムーブに持っていきそうになったら必ず違う判断を選ぶ、みたいな感じ? それをシャドーボクシングのように繰り返してきたことがあのキックフェイントの瞬間にも活きた、ということだと思っています」

 対峙する敵を上回るために、常に自分に変化を求めて、地道にトレーニングを積み上げる。小学生時代に所属していた長岡京SSの小嶋重毅監督に言われた「家長(昭博/川崎フロンターレ)は天才やけど、お前は天才じゃない」という言葉を今も愚直に受け入れ、変わらずにその憧れの人を追いかけながら、巧くなることを追求している宇佐美らしいエピソード。

 そういえば、15節・川崎フロンターレ戦の試合後、その家長のアシストによって奪われた失点シーンを振り返った時も、悔しそうに、でも、嬉しそうに話していたのが印象的だった。

「失点シーンは相手を褒めるしかない。枚数もかけられていた中で、家長くんらしい閃きというか、余裕というか、あの間合いで、1ステップで質の高いボールを蹴れる家長くんならではのプレーから奪われた。こちらもペナルティエリア内に、ほとんど全員が戻っていた中でやられたことからも相手を褒めるしかない。相変わらず、家長くんは最高の選手でした。対峙するたびに、毎回、ボールを奪いにいこうと決めていて、実際は奪えないことが多いんですけど、でも楽しかった」

 そんなふうに、今も憧れの人が同じピッチで戦い続けていることも、宇佐美が進化を求め続ける理由だろう。

 宇佐美がプロ2年目の10年に初めて、家長(注:当時はセレッソ大阪に所属)と対戦した際に話した言葉を、改めてここに置いておく。

「家長くんと僕とではプレーの迫力も違ったし『相手にとって怖い選手』かどうかの度合いも、遥かに家長くんの方が上だと痛感しました。だから、僕はこれからも練習をやり込める選手でいたい。天才にはなられへんやろうけど、練習した分だけ巧くなると信じているから」

 あれから約15年近い年月が流れた今も、それは宇佐美の変わらない信念として彼の中に備わり続けている。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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