怪しい戦況図にご注意を:ハマス空挺兵が核施設を狙うという誤情報
2023年10月7日、イスラエル・ガザ地区を支配する武装組織ハマスが大規模攻勢を開始、地上越境侵入と同時にロケット弾の大量発射を行い戦争状態に陥りました。ハマスの戦闘員が壁を壊し越境侵入してくるとは予想していなかったイスラエル軍は奇襲を受け、民間人に大勢の死傷者が出ています。
ハマスの地上侵攻は特殊部隊の襲撃作戦やテロ攻撃に分類される手法で、正規軍の様に土地を占領して確保することは最初から狙っておらず、民間人を殺傷し誘拐し人質を取る目的で行われました。72時間経過してハマスに越境された領域の掃討は概ね済んでイスラエル軍は土地は取り返しましたが、しかし多数の民間人が殺傷され誘拐されガザに連れ込まれたままです。
既にイスラエル軍はガザ空爆を開始し、予備役30万人を動員して地上侵攻の準備を始めました。もはやイスラエル軍の逆侵攻による大規模なガザ市街での地上戦が不可避な情勢となっています。
フェイク情報の蔓延:嘘の動画や写真、嘘の戦況図
戦争や災害になるとインターネット上では必ずフェイク情報が蔓延します。場所も時間も全く関係無い映像だったり、場所は同じだが何年も前の過去の映像だったり、加工された映像だったり、愉快犯やあるいは宣伝戦で意図的に流されるフェイクの動画や写真が大量に出回るので注意が必要です。
今回のガザ紛争ではロシアーウクライナ戦争と比べてもフェイク情報の蔓延が異様なほど多い状態となっています。SNSではさっそく攻撃ヘリコプターを撃墜した様子のゲーム動画(Arma 3)を実際の戦場のハマス兵だと偽って投稿されたものが大量に出回りました。また過去のガザ紛争時の動画を現在の様子だと偽って投稿されるケースも後を絶ちません。無関係なエジプト軍の落下傘兵の過去動画もハマス兵と称して出回りました。檻に入った誘拐された子供たちと称する映像も過去の無関係なものでした。
今回はこの中でも悪質なフェイク情報だった「嘘の戦況図」について説明します。これは意図的にデマを流し不安を煽ろうとするものでした。しかしこの嘘の戦況図は、実は一番初めの投稿ではそれほど悪質なものではありませんでした。後から更なるフェイク情報が追加されて悪質なものへと変貌したのです。
最初の投稿:ハマスのモーターパラグライダー空挺兵
※アラビア語から和訳。なお投稿者mhaktrはXではフォロワー数が少ないが(現在はアカウント凍結されてしまった)、YouTubeではチャンネル登録者数17.9万人の大手の動画投稿者。
この時点で既に誤情報ではありますが、さほど問題がある投稿ではありませんでした。なお地理が少し間違っています。ベエルシェバ(Be'er Sheva)はガザ境界から40kmの都市のことでよいのですが、タサリム(Tse'elim)基地とはツェエリム(Tze'elim)基地のことです。綴りが違うのはヘブライ文字→アラビア文字→ラテン文字に転写する際に幾つかの異なるパターンがあるためです。このツェエリム(Tze'elim)基地はイスラエル陸軍の訓練場でガザ境界から20kmの位置にあります。つまり基地はベエルシェバより20kmも離れています。
ツェエリム基地(31.175566253915633, 34.56222736741917)
おそらくツェエリム襲撃という誤った情報は「ツェエリム基地司令官が負傷」という情報が誤解されたもので、実際には負傷した司令官が部隊の指揮を執っていた位置はガザ北東部に隣接したスデロット(Sderot)でした。なおツェエリムの付近でハマス兵士が侵攻してきたのはツェエリム基地から北東15kmのオファキム(Ofakim)です。
そしてこの間違ってはいるが勘違いしているだけでさほど問題とまでは言えない戦況図があちこちに転載されていくうちに、後から悪質なデマ情報が追加されてしまいます。先ずはシリアなどアラビア語圏で流行り、次にロシアなどで流行り(ロシア語に翻訳される)、インドやアフリカでも流行り(英語に翻訳される)、内容が何時の間にかこうなっていました。
フェイク情報:ハマス空挺兵でディモナ核施設がピンチ?
ダルジル・メディアはソマリア最大のラジオ局です。なおこの投稿のツァリム(Tsalim)とはツェエリム(Tze'elim)のことです。最初の投稿がアラビア語だったのでラテン文字に転写する際にこの綴りになったものと思われます。なおロシア語圏ではこの嘘の戦況図についてЦалимとキリル文字に転写されており同じような発音の綴りになっています。なおTze'elimをそのままキリル文字に転写するとЦеэлимです。もちろん元の地名はヘブライ語ですが、別の文字に転写する場合に幾つかのパターンがあるので、表記ブレが発生する場合があります。
しかし実際のツェエリム基地はイスラエル陸軍の訓練センターで、防御目的の戦力を配置する基地ではありません。
大きな問題点として出鱈目な嘘が追加されています。ツェエリム基地についてロシア語で広まった際に「ディモナ核施設を守る基地」、英語で広まった際に「ディモナ核施設近くのベエルシェバにある基地」と、最初の投稿には無かったディモナ核施設に関連した文章が勝手に付け加えられています。
まるでネゲヴ砂漠の都市ディモナ(Dimona)の近くにある核施設「シモン・ペレス・ネゲヴ原子力研究センター(通称ディモナ核施設)」がハマス兵士の侵攻でピンチであるかのように煽っています。ですが、地理を正確に把握すれば嘘だと直ぐに分かります。
実際のガザ境界からの距離
- ツェエリム(Tze'elim)基地まで約20km
- ベエルシェバ(Be'er Sheva)まで約40km
- ディモナ(Dimona)核施設まで約80km
最初の投稿の地図がベエルシェバとツェエリムの位置を混同していた時点で間違いなのですが、伝言ゲームでディモナ核施設の位置まで混同されて、まるで核施設の付近にハマスのモーターパラグライダー空挺兵が攻めて来てピンチであるかのようなフェイクニュースとなってしまいました。
しかし実際にはツェエリム基地とディモナ核施設は約60kmも離れていて、とても近いとは言えません。
小さな間違いに後から大きな間違いが追加されて悪質で出鱈目な内容になってしまったのが、今回の嘘の戦況図です。ディモナ核施設がピンチだと煽れたら何でもよかったのでしょう。イスラエルの地理を理解していない外国人を騙すにはこれで十分だったのです。