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十両は立浪部屋3人による優勝決定巴戦 その裏にあった「もうひとつ」のドラマ

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
写真:日刊スポーツ/アフロ

十両優勝は6人での争い!

照ノ富士感動の復活優勝で大いに盛り上がった大相撲七月場所。その偉業が成し遂げられる前、十両の土俵では混戦の優勝争いが繰り広げられていた。十四日目に4敗でトップに立っていた旭大星と水戸龍が、千秋楽に黒星を喫したことで、5敗で並んだ力士が6人出てきたのだ。

平成13年七月場所に、十両で史上最多の8人による優勝決定戦が行われているが、それ以来の三つ巴を含む決定戦である。土俵下で6人の力士がくじを引く姿は、どこか懐かしく感じられ、ふと元横綱・若乃花がくじを引いている様子がフラッシュバックしたのだが、私の記憶はいつのものなのだろうか。

くじ引きを終えた6人が、3人ずつ東西に分かれる。まずここで3番行い、勝った3人で巴戦を行う。

最後は「立浪」同部屋対決

この3戦の結果で、またしても珍しい事態が起きた。なんと、勝ち上がった天空海(あくあ)・明生・豊昇龍の3人が、全員同じ立浪部屋だったのだ。若貴の兄弟対決をはじめ、2人の同部屋対決は過去にあったものの、三つ巴で3人とも同部屋というのは、十両以上の土俵では史上初の出来事。見ているほうとしては大変興味深いが、やるほうはきっとやりづらいであろう対戦が始まった。

まずは明生対豊昇龍。立ち合い、両者互角に踏み込み、豊昇龍が右の下手を狙いに行くが、一度離されて右四つの体勢になる。内掛けで牽制し、投げの打ち合いになるも、最後は明生が下手投げを決めた。両者共に、体幹と足腰の良さが光り、自分の力を出し合う非常にいい相撲だった。

まだ息の上がる明生だが、そのまま天空海との対戦に突入。自分より大きな天空海を相手に、長い相撲になると体力的に不利かと思われたが、勝負は一瞬だった。立ち合い頭でぶつかると、次の瞬間左に素早く動いて突き落とし。これで、天空海と豊昇龍が対戦することなく、番付筆頭の明生が、混戦となった十両の土俵を制する結果となった。

熱い抱擁と来場所への望み

取組後のテレビ中継で印象的だったのは、花道の奥で、勝った明生を豊昇龍が待ち受け、互いの健闘を称え合うようにがっちりと抱擁を交わしたことだ。相撲界は、ラグビーのように試合が終われば「ノーサイド」というわけにもなかなかいかない。今回の十両優勝決定戦は、同部屋で、常に近くで切磋琢磨している仲間同士が争ったことで、こうした珍しい光景が見られたといえよう。今場所では、照ノ富士復活優勝に加えて、この一幕が多くのファンの心をとらえた。相撲の世界ではあまりいわれない「スポーツマンシップ」を、そこに見たのだ。

しかし、本来相撲界にも、言葉が使われないだけで、その精神は存在すると信じている。以前、横綱・白鵬に「フェアプレー」について取材をしたことがあった。彼は「最初から最後まで誠意をもって取組に臨むことに、一番の意義がある。そして、お客さんが見たいと思っている相撲をしっかり取ること。それが、私にとってのフェアプレーです」と話してくれた。

一番一番、精いっぱい自分の相撲を取って、お客さんに喜んでもらうこと。その誠実な心こそ、力士たち一人一人がもつ「フェアネス」であり、「スポーツマンシップ」である。互いの努力を称え合う場面が見られたことで、そんな力士たちの普段の思いが可視化され、より多くの人に伝わったのであれば、とてもうれしく思う。

十両筆頭で優勝を決めた明生と、優勝争いに残った旭大星が返り入幕を、2枚目で9勝を挙げた翔猿が、念願の新入幕を決めている。今回、最後まで健闘し、優勝した明生を素直に称えた豊昇龍も、新入幕の望みがあるかもしれない。今場所の素晴らしい成績とその将来性に加え、相撲におけるスポーツマンシップを多くの人に広めた功績も加味して、ぜひ念願の幕内へとコマを進めてもらいたいものだ。

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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