Yahoo!ニュース

大相撲九州場所十両の土俵で活躍した安青錦 元安美錦から受け継ぐ技術の秘訣とウクライナで抱いた夢の実現

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
新十両で10勝を挙げた、ウクライナ出身の安青錦(写真:すべて筆者撮影)

大相撲九州場所で新十両の土俵に上がった、安治川部屋の安青錦。メキメキと成長してきた20歳の力士が、関取デビューを10勝で飾った。

ウクライナ出身の安青錦。師匠である安治川親方(元関脇・安美錦)の巧さを引き継ぐ期待の彼に、初めてインタビューを行った。師匠のコメントと共にお届けする。

成長の要因 スピード落とさず肉体改造も

――先場所は、新十両の土俵で見事二桁勝利。おめでとうございます。特に心に残っている取組はありますか。

「2つあります。ひとつは欧勝海関に負けた一番。長い相撲になって、力を出したけど負けて悔しい気持ちと、十両で初めての黒星だったので。もうひとつは、勝ち越しを決めた一番(12日目・若碇戦)。ホッとしました。負け越して(幕下に)落ちたら、また黒まわしをつけなきゃいけないとか大部屋に戻らなきゃいけないとか、そうやって怯えていたので、まずは勝ち越して安心しましたね」

――目指している理想の相撲は。

「低く当たって前に攻めていく相撲です。前みつを取って、そこからもっと前に攻めるか、出し投げを打って横から攻めるか。そんな形です」

――見ていて、師匠である安美錦の安治川親方に、技術面を徹底的に教わっているなと感じました。脇を締めてしっかり膝を曲げて攻めていく形など、巧さが光っていたなと。

「自分はそこまで体が大きくなくて、そうじゃないと勝てないので。それに、これからはもっといろんな技を出していこうかなって」

――すごい。例えば最近できるようになった技などありますか。

「片方の前みつを取って、もう片方で下手を差しているとき、そのまま前に出ようとしても、差しているほうは相手が上手を取りやすくなるじゃないですか。それで自分も上体が起きて攻められなくなっちゃう。だから、差しているほうの腕を抜いて、体を開いて出し投げを打って、そこから攻めればいいって親方にずっと言われてきたんですが、それが最近やっとできるようになってきました。下手を抜ければ、自分は動けるし相手の上手も遠くなるということです」

――まさに技術ですね。体が大きくないとのことですが、トレーニングを頑張って体を大きくしていると伺いました。目標体重はどれくらいですか。

「いまは138kgくらいだけど、145kgまでいきたい。スピードは落ちないように、筋肉をつけながら、ご飯を食べてトレーニングしてという感じです。ジムは週に4回。ベンチプレスが一番好きで、いまMAX200kgです。本当はサウナも好きなんですけど、体重が減っちゃう気がして、最近あんまり行けていないです」

ジムへは週に4回は通うという安青錦。取材日も土俵周りで積極的に体を動かしていた
ジムへは週に4回は通うという安青錦。取材日も土俵周りで積極的に体を動かしていた

故郷から相撲の稽古に励み憧れの角界へ

――ウクライナ出身の関取。相撲を始めたきっかけはなんでしたか。

「地元に、ボクシングやレスリング、柔道などができる施設があって、6歳の頃、柔道を習いにそこに通い始めました。練習が終わってお母さんのお迎えを待っている間に、先輩たちがマットを敷いて相撲を取り始めたんです。ルールがシンプルで勝負も早くて面白いなと思って、お母さんにやりたいってお願いして。そこから、柔道はやめて、相撲とレスリングを習うようになりました」

――いろんな格闘技が習える複合施設は日本にはあまりなさそうなので興味深いです。大相撲との出会いは。

「12歳くらいのときに、YouTubeで初めて映像を見て、大相撲っていう世界があることを知りました。それまでは、プロの世界があることを知らなかった。貴乃花さんと朝青龍さんの取組を見て、うわあすごいなって。そこからどんどん調べていって、いつか自分も力士になりたい、日本に行きたいと思うようになりました。2019年に大阪で世界大会があって、そのとき初めて日本に来ました」

――その大会で、関西大学とのご縁ができたと。

「はい、関西大学の山中(新大)さん(現・相撲部コーチ)と知り合って、すぐインスタを交換してやり取りして。山中さんの出身校の報徳学園でも稽古させてもらっていたので、そこから安治川親方を紹介してもらって入門できました」

――初来日して山中さんと知り合ってインスタ交換して…って、言葉はどうしていたんですか?

「あ、全然喋れなかったですよ(笑)。自分はまだまったく日本語話せなかったし、お互いに英語も得意じゃなかったんで、なんとなーく喋って、でもお互いわかっていました」

――フィーリングが合ったんですね。いまとても流暢ですが、日本語はどうやって覚えましたか。

「最初は、一緒に稽古している大学生たちの会話を聞いていたけど、やっぱり相撲部屋に入ってから一番覚えました。みんなと生活しているなかで聞いて覚える。読み書きは、まだ自分の四股名と部屋の住所くらいしか書けませんけど、これからですかね」

――それでも、まだ2年でこれだけ話せるのがすごいです。頭が柔らかいんですね。

「うーん、立ち合いで当たりすぎて固くなってきたかな(笑)」

目指すは「安美錦」「若乃花」「若隆景」の技術

――日本に来て、おいしくて感激した食べ物ってなんですか。

「日本って本当に、うまいものめっちゃ多いじゃないですか。寿司も焼肉も、初めて食べたとき『これすごいな』って思いました。でも、何より丸亀製麵の肉ぶっかけうどん!あれがめっちゃうまくてびっくりしました。安いのにおいしくてジャンクじゃなくておなかいっぱい食べられるっていうのは、海外ではなかなかないです」

――たしかに。それにしても、順応性が高いですね。食事や生活など、問題はありませんでしたか。

「梅干しと鶏皮が苦手ですが(笑)、ほかはあんまりないですね。この部屋も3年目。大部屋から個室に移ったのはうれしいけど、寂しいときもあります。ここはドアを開ければすぐ隣が大部屋だからいいんですが、九州の宿舎は個室が離れていたので一人で寂しくて、誰かに電話してはちょっと来て~ってお願いしていましたね」

――それでもまだまだ上を目指していくなかで、憧れの人などはいますか。

「もちろん師匠。あとは、3代目若乃花さんと若隆景関の技術に憧れています」

細かい技術を磨きながら、すり足など相撲の基礎もしっかりとこなす
細かい技術を磨きながら、すり足など相撲の基礎もしっかりとこなす

――今後、どんなお相撲さんになっていきたいですか。

「お客さんに喜んでもらえるような相撲を取って、もし負け越しても、お客さんの印象に残る、愛される力士になりたいです」

――入門後、まだ故郷には帰られていないそうですが、関取の活躍がご家族への恩返しにもなっていますね。

「いまウクライナは危ないので、母はドイツに住んでいます。前からドイツで仕事をしていたんです。だから、会いに行こうと思えばいつでも行けるけど、もう少し番付が安定したら、と思っています」

――そうでしたか。そういえば来年は同じヨーロッパのロンドンで巡業がありますね。

「はい、でもそのためには、そのときに幕内にいなきゃいけないでしょう?だから、ロンドン巡業で母にも会いに行けるように頑張ります」

師匠・安治川親方の談話

「安青錦はいま、頑張ってトレーニングして体を大きくしているところです。筋肉がついてくると、例えば脇を締めるとき、いままでの動きだと肉が邪魔でうまく締められなくなるから、肘をひとつ前に出してから締めるんだよとか、そういった本人の主観と体のズレのような細かいことは教えています。あと、彼はなんでも自分からわからないことを聞いてくるんですよ。意識が高いので、ほかの力士もみんなこうあるべきだなと思います。正直、最初はね、外国の子ということで受け入れるか少しためらったんだけど、会ってすぐに、ああこの子なら大丈夫だと思ったし、きちんと行動してくれているので、このまま意識高く頑張ってほしいなと感じています。いつも、親方はいま何を考えているかなとか、そういうことも気にして、理解しているんです。関取に上がった後は、親方がいないときは親方の代わりに若い衆に指導してもいいんですか、といったようなことを聞いてきてくれました。もちろんそうしてやってくれって言いましたし、生活面も面倒を見てくれているみたいです。え?すでに安美錦のような技術?それは心外だな。まだまだだよ(笑)」

若い衆にも積極的に声をかけ、指導する姿が印象的だった
若い衆にも積極的に声をかけ、指導する姿が印象的だった

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

飯塚さきの最近の記事