学校教育のデジタル活用は道半ば 本当の課題は「教師のスキル不足」ではない
政府が進める「GIGAスクール構想」のもと、小中学生の子どもたち一人ひとりに情報端末(ノートPC、タブレット)はほぼ行き渡った。
一方、他の先進国と比べて、日本の学校でのICT(情報通信技術)活用は10年、20年遅れてきた、と見る識者もいる。コロナ危機で端末整備が一気に進んだことで、やっと日本の教育が大きく変わるかもしれない。そう期待する人も多い。
だが、そう楽観視できるだろうか?本稿では、直近の状況、変化の有無を観察した上で、今後に向けた課題を整理する。
■96%の自治体で端末整備完了、残り4%は一部端末のみ
8/30に公表された文科省の最新の調査(速報値)によると、96.1%の自治体で端末を整備済みで、残りの70市町村等はまだこれからだ(図)。
公立小中学校等における端末の整備状況(本年7月時点)
ただし、以上は公立小中学校の話だ。公立高校については、都道府県ごとに整備状況の差が大きいし、公費負担なのか、保護者負担なのかも分かれている(図)。整備率も保護者負担もこんなに違うのは不公平なのでは、という意見もあると思うし、重要な問題だが、本稿では指摘にとどめる。
公立高校における端末の整備見込み(見込み整備台数÷生徒数、本年8月現在)
■利活用は進んでいるのか?
端末の整備と校内ネット環境の整備は、スタートラインであり、問題はその先だ。利活用はどの程度進んでいるのだろうか。
学校教育でICT、デジタル技術が活用できる場面は非常に多い。
たとえば
- 「オンライン授業」(※注)または授業動画の配信
- デジタル教科書、デジタルノートを活用した授業
- プログラミング教育
- 家庭学習での端末活用
- さまざまなデータを活用した個々の子どもに応じた学習、支援の充実(例:つまずきやすいポイントを発見しやすい。個々の習熟度や関心におうじた課題に取り組む。)
- 家庭との連絡・コミュニケーションの円滑化(例:紙の連絡帳の廃止・デジタル化、オンラインで授業参観、ウェブ会議で相談)
- 教職員の業務の効率化、働き方改革
などが進むことが期待される。
(※注)「オンライン授業」と言っても、さまざまなものが含まれるときがあるが、ここでは、ウェブ会議などを介した双方向性のある授業を想定する。
しかし、これらはどの程度進んでいるだろうか。チャレンジ、実践している学校もある一方で、まだまだこれからという学校も多い。学校間の差、地域(教育委員会)ごとの差が大きくなっている。
現在進行形の話としては、子どもたちにも感染力が強い新型コロナのデルタ株が猛威をふるうなか、オンライン授業を問題なくできる学校もある一方で、そうではない学校も多い。
ある保護者は、「コロナが深刻化して1年半も経つのに、いまだ学校は短縮授業や分散登校というくらいで、対面授業に固執するのは、どう理解したらよいのでしょうか」という声を寄せてくれた。
残念ながら、文科省の調査では利活用の実態はよくつかめない。小学校段階では84.2%が全学年で利活用を開始しており、11.9%が一部の学年で利活用を開始、3.9%が利活用を開始していないとの調査結果が載っている。中学校では、91.0%が全学年で利活用を開始、5.5%が一部の学年で利活用を開始、3.5%が利活用を開始していない(以上、前掲の文科省資料)。
約96%の小中学校が利活用している、と読めるデータかもしれないが、初期設定をして、その後たいして使っていない場合などもおそらく含まれるだろうし、利活用の中身はよく分からない。
端末の自宅への持ち帰りを実施している学校は25.3%にとどまる(前掲文科省調査)。もちろん家庭のネット環境の問題もあるが、持ち帰りを認めると、破損やトラブルも想定されるため、学校側は禁止しているところも少なくないようだ。そのため、コロナ危機下のこんにちでも自宅からつないでオンライン授業等を実施する練習もできていない学校もまだまだ多い。ネット環境のない家庭にはポケットWi-Fiを貸し出している自治体などもあるが、そこまでできていない自治体もある。
MM総研が今年8月に小中学生1万人とその保護者に聞いたところ、「端末が配られており利用している」が63%、「配られたが利用していない」が2%、「配られていない」が36%であった(同社ウェブサイト)。文科省調査とずいぶんちがう理由は定かではないが、本格的な利活用をスタートしていない学校も相当数あるのかもしれない。
■問題は本当に教師のスキル不足なのか?
さて、今後、学校でデジタル技術の活用が進むための課題はなんだろうか。
小中学校段階について、文科省が教育委員会に聞いた調査(本年5月時点)によると、「学校の学習指導での活用(39.8%)」「教員のICT活用指導力(35.8%)」「持ち帰り関連(32.3%)」の3つが特に多い(図)。学習指導での活用にも、先生たちのスキル不足は影響するし、別の項目として教職員研修の課題も相当あることから、教師のICTスキルは大きな課題のひとつと教育委員会、文科省に認識されているようだ。
自治体におけるGIGAスクール構想に関連する課題
関連して、次の2つのグラフは、OECD・PISA2018調査で校長(日本の場合は高校)に尋ねた結果の一部だ。字が小さくて恐縮だが、日本がどこにあるか見つけてみてほしい。
図 「教員は、指導にデジタル機器を取り入れるために必要な技術的スキルと教育的スキルを有している」と回答する校長の学校に通う生徒の割合(「その通りだ」、「まったくその通りだ」の合計)
図 「教員には、デジタル機器を取り入れた授業の準備のために十分な時間がある」と回答する校長の学校に通う生徒の割合(「その通りだ」、「まったくその通りだ」の合計)
お気づきになっただろうか。日本は、両方のデータとも右下の端、不名誉な世界最下位だ。つまり、日本では、教員のICTスキルに自信をもっていないし、ICTを活用した授業の準備をする時間も足りていないと、校長はとても強く感じている。
両者は関連し合っているだろう。日本の先生が長時間労働であることはよく知られているが、スキルアップや人材育成の時間は不足している。
しかも、これは高校の校長への回答をもとにした調査だが、日本の場合、高校よりも中学校、また中学校よりも小学校の先生のほうが担当授業時間は多い傾向があるし、日中の時間不足は、小中で一層深刻だ。
こうした事実を踏まえるなら、単に先生たちに「せっかく端末は配られたんだから、しっかり使えるようにスキルアップしてよ」とプレッシャーをかけるだけでは不十分だろう。折しも学校現場は感染症拡大で、さまざまな対応に追われている。スキルアップする余力を生む時間というリソースを確保する策こそ必要だ。具体的には、教員数の確保、増員、ICT支援員やサポートスタッフの増員などだ。
■日々の授業がしっかり準備できない
一方で、教師の「スキル不足」、「ICT活用力が足りない」などと抽象的に言っても、具体的にどんなものを指すのだろうか。
ほとんどの場合、高度なプログラミングやデータ解析のスキルが求められているわけではないし、一部の熟練者しか使えないアプリの必要性が高いわけでもない。たとえば、オンライン授業であれば、児童生徒のセッティングができること、Web会議(Zoom, Google Meet, Microsoft Teamsなど)でつなぐこと、オンライン上でコメントや課題のやりとりができることなどであり、小学生では苦労する場面も多いことは理解できるが、教師側にものすごく高度なスキルが要求されているわけではない。アプリの多くは激しい競争もあり、よりユーザーフレンドリーになるべく、日々更新されてもいる。
もの、場面によっては相当準備が必要なICTスキルもあるかもしれないが、そういう場面が多いわけではないだろう。わたしが心配なのは「とにかく忙し過ぎて、新しいものは置いておきたい(取り入れたくない)」、「これまで通りでいけるうちは、これまで通りで進めておきたい」と思っている先生たちもいることだ。それほど、先生たちは日々大変だし、考える気力、余力がなくなるほど疲れている(そういう人ばかりと申し上げているわけではないが)。
コロナ前からもその兆候は見て取れた。わたしが教員向けに2019年、20年に実施したアンケートでは、「通常の日について、教材研究や授業準備が足りず、〝流すような〞授業になっていると感じることはありますか」と尋ねた。〝流すような”授業という表現は、感覚的だが、準備不足で十分練られないまま、適当に過ごす授業、深い学びにつながらない授業をイメージしている。先生たちからたまに聞く言葉だ。
結果は図のとおり。「ほとんどない」という回答は、小学校教員では約1割、中学校教員は3割弱、高校教員は4割弱に過ぎない。月3日以上そう感じる日がある人は、小学校で約7割、中高で4割近くに上る。小学校では、「ほとんど毎日のようにある」という人も約14%いる。
つまり、個々の先生たちの意識・意欲やスキル、仕事効率の問題などもなくはないが、より深刻なのは、日々の授業をしっかり準備できる余力がないという問題だ。これは、児童生徒一人一台端末が整備される前からも問題だったし、デジタル技術が授業等でまだまだ活用されない教室がある背景のひとつともなっている。
■「学校」「教育委員会」単位での改善の余地はある
こうした現実を踏まえた「学校」「教育委員会」単位での対策が必要なのであり、端末整備と教職員研修くらいでは不十分だ。
たとえば、ICT活用といっても、児童生徒の提出した課題や授業に使う教材などを入れている学習系の情報システムと、児童生徒名簿や出欠情報、成績情報などを格納した校務系システムは、連携していないところが圧倒的に多い。文科省調査では両システムを連携している自治体は4.2%にとどまる(前掲文科省資料)。
同じような名簿を再度つくる、あるいはデータの受け渡しにUSBメモリをつかって紛失するなど、さまざまな非効率や問題が生じている。また、システムやデータの連携不足もあって、学校のなかにさまざまな児童生徒の情報が散在していて、活用しきれていない。校務系のシステムに教職員が自宅等から接続できるのも4.7%の自治体に過ぎず(前掲文科省資料)、テレワークも進みにくい。
しかも、紙ベースの資料が学校ではまだまだ多い。たとえば、入学関係書類も保護者が手書き、転校などがあっても、紙で情報を受け渡ししておりデータ連携などない学校が多数だ。
先生たちの1日の勤務のうち、かなりの比重を占めるのは児童生徒の課題やテストへの採点、添削だが(データについては参考文献の拙著などを参照)、採点システムなどを利用している学校は一部だ。授業に使う教材やプレゼン資料なども、共有している学校、自治体がある一方で、「他人のは使いにくいんだよね」と言って自前を続ける先生もいる。
このように、学校単位や教育委員会単位で改善の余地があるところは多い。デジタル技術を授業や事務、保護者等とのコミュニケーションなどでしっかり使っていくためにも、先生たちがICTを使って多少でもラクになったという状態にもっていくことが先決だ。
■「忙しい」を言い訳にし続けないために
とはいえ、なにもかも、「忙しい」ばかりを言い訳にできない、という点も指摘しておきたい。
たとえば、多大な時間を費やしている部活動指導のほんの一部の時間でも、デジタル化の準備に振り向けたほうがよいのではないか。
また、事実として、本人や家族にぜんそくなどの基礎疾患があって、登校できない児童生徒は1年半前からかなりの数いる。NHKの報道によると、本年4月時点で、東京23区と全国の政令市で分かっているだけで7千人以上。1日以上休んだ子を集計しており、長期にわたる欠席とは限らないが、なかにはずっと通えていない子もいる。最近は児童生徒の新型コロナ感染例も増えているなか、登校したくてもできない、控えるという児童生徒も増えているとの報道もある。
そうした事情のある子たちには欠席扱いしないといった配慮、措置だけでは、不十分だろう。
学校によってはWeb会議などで先生が声がけをしたり相談にのったりしているところもあるが、プリントを配布し、あとはたまに電話するくらいで、放置に近いところも少なくない。こうした場面こそ、ICT、デジタル技術をもっと活躍させられるはずだ。
先生たちはとても忙しいとはいえ、子どもたち本位で何を優先度高く取り組む必要があるのか、何は効率化、改善していけるのか、各学校、教育委員会で改めて見つめなおす必要がある。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】
(参考)
佐藤学『第四次産業革命と教育の未来』
妹尾昌俊『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』
妹尾昌俊『教師崩壊』
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