100人以上の女性が列をなす検査を導入。アフリカのNGO男性にみる起業のヒント
朝8時40分、病院にはたくさんの女性が列を作っていた。西アフリカのトーゴ、首都から車で6時間北上すると第二の都市カラがある。そこからさらに1時間弱のバガという村、その周辺はトウモロコシや芋などの畑に囲まれている。私が現地を訪れた7月23日には352人、翌日には219人もの女性が集まった。皆、子宮頸がんの検査を受けに来ている。
女性たちと話してみると、検査を受けられることを本当に喜んでいた。
バナマさんは9歳の男の子と7歳の女の子の母親。今は近所の魚屋の手伝いをして生計を立てている。今日は子宮頸がんの検査を受けるため、雇い主に話をして午前中を休みにしてもらった。「テレビ番組を見て子宮頸がんについて知りました。初期には自覚症状がないと聞いて怖かった。検査結果が陰性で安心した」と話してくれた。
バニトマさんは、7人の子どもの母親。トウモロコシや大豆などを作り、ヤギや鶏を飼っている。農作業は夫婦と子どもたちで行い、育てた家畜は売ることもある。最初の子を除く6人全員をこの病院で産んだ。トーゴの農村部では、今でも自宅出産も珍しくない。病院で出産するのは、健康に対する意識の高さの表れと言える。バナマさん同様、検査結果は陰性。「安心しました」と笑顔を見せた。
筆者自身は昨年、住んでいる自治体の国民健康保険を扱う部門からの手紙で知って子宮がんの検査を受けた。無料で検査を受けられる医療機関名が複数記されている。その中から駅に近い産婦人科を選んで電話で予約を取り、仕事を少し調整し自転車で10分ほど。待ち時間を合わせても1時間かからず、検査結果は数日で判明した。国民皆保険制度や地方自治体の担当部門が機能しているがゆえのスムーズな流れを意識することもあまりない。
子宮頸がんはある種のHPVウイルスが原因で起こる。早期に発見して前がん病変の段階で治療できれば予防は可能だ。けれども途上国の場合、検査設備や技能を持つ人、予算が不足しているため、手遅れになって亡くなる人があとを絶たない。トーゴの保健大臣はがん対策を国の重要課題として掲げており、予防や治療に関心を持つ人は多くいる。問題は検査に必要な技能を持つ人、検査機器、予算が足りないことだ。日本で当たり前の様々なことが、この国ではまだ当たり前ではない。
そこに画期的な検査・治療方法を持ち込んだのが、トーゴ家族福祉協会(ATBEF)。子宮頚部を目でみて診断を下す「ビジュアル・インスペクション」を試験的に導入した。人体組織のサンプル採取・検査をせずに診断できるため、検査結果を何カ月も待たなくていい。この検査で前がん病変が見つかったら「クリオセラピー」と呼ばれる患部凍結療法を行う。
トーゴ女性からの支持は予想以上だった。冒頭に記したバガ村では、2日間に500名の検査を企画、地元ラジオやコミュニティ・ヘルス・ワーカーがそれを伝えると、定員を上回る女性たちが詰めかけた。
首都ロメの診療所で子宮頸がんの検査と治療を担当した準医師は「結果が陰性だと分かった女性から抱きつかれたこともあります。多くの女性がこの検査を受けられて、とても喜んでいる」と話す。2年間で、1万2261人の女性が検査を受け、361人に前がん病変が見つかり治療を受けた。
ところで、女性たちからの圧倒的な支持を集めた検査・治療をトーゴで初めて手掛けたキーパーソンは男性だ。「いろいろ調べた結果、子宮頸がんを目視により検査し、その場で凍結治療するのは、多くの女性のニーズに合致すると思いました」。こう話すのは、ATBEFのジョエルさん。資金調達や広報など対外関係の責任者だ。ATBEFは1975年設立の老舗NGOで、トーゴ国内に4つの診療所と3つのモバイル・クリニックを運営する。モバイル・クリニックとは、車に医療機器を搭載して農村部などの遠隔地で医療サービスを提供する仕組みで、アフリカ諸国では珍しくない。
ところで、トーゴで子宮頸がん対策が必要とされる背景にはアフリカ地域全般に当てはまる健康問題がある。HIVの蔓延だ。トーゴ国内、全人口の2.5%がHIVポジティブとされる。性感染に加え、妊娠出産授乳期には母子感染も起きやすい。そして、HIVポジティブの女性はHPVウイルスを自力で撃退できないため子宮頸がんを発症しやすい。
諸課題をまとめて解決する施策のひとつが、ビジュアル・インスぺクションと凍結治療である――。国内のニーズを把握したジョエルさんは、プロジェクトの資金を集める計画を練った。申請したのは、国際家族連盟(IPPF)がHIV対策や性と生殖に関する健康と権利のため、特に革新的なプロジェクトに限定して拠出する日本信託基金(JTF)、その名の通りスポンサーは日本政府である。トーゴ国内初の取り組みであること等が評価され、プロジェクトには2年で15万ドルの予算がついた。
IPPFでJTFの責任者を務める高澤裕子さんはジョエルさんたちATBEFの子宮頸がん予防プロジェクトを高く評価する。「国内初の画期的な試みでした。サービス提供のみならず、戦略的な啓発活動も非常に高い成果を上げました。加えて、予算管理・数字の裏付けも非常に丁寧で信頼性が高い。いかなるクライアントも拒否しないポリシーを貫く一方、ドナー資金が途絶えてもサービス提供を続けられることの重要性を意識し、非営利ながらシビアな料金設定もしています」。
国際協力というと人助けのイメージが強いが、プロジェクトに必要な資金を集めるにはドナーが納得できるよう論理的な説明が必要である。また、ニーズを的確に把握し実施していくためには、ビジネスパーソンと同様の戦略的な思考が求められる。
ジョエルさんの働き方、仕事の進め方はまさに社会的起業家であった。もともと、石油会社や通信社などで働いていた。医療福祉分野のNGOに転職したのは、求人情報で知ったのがきっかけだ。「誰かがハッピーになるのを見ることほど、自分が幸せを感じることはない。一方で、子どもが泣いているのを見るのはとても悲しい」と言い、今の仕事を天職と感じている。
人脈の広さは4日間にわたり、二都市+いくつかの街や村を視察して実感した。ATBEFが拠点を置く首都ロメはもちろんのこと、第二の都市カラのホテルや、途中通りかかった巨大なカトリック教会の若者集会や取材中のラジオ記者など至るところでジョエルさんは知り合いに遭遇しては笑顔で話し合っていた。日本からトーゴの入国にはビザが必要だが、事前にトーゴ通信省から公式に取材者証を発行してもらえたのも、ジョエルさんの交渉力によるものだ。
子宮頸がん検査や治療も、家族計画も、主に女性の健康を守る仕事だ。今回、取材をしていて、そういう分野で熱心に働く男性たちの姿が印象に残った。
首都ロメにあるATBEFの診療所で働く産婦人科医のビンゴ医師。この子宮頸がん予防プロジェクトの計画策定、実施にATBEF医療チームの責任者として関わってきた。バガ村では、予定を2時間以上超えて検査と治療にあたった。
ビンゴ医師はとても忙しい日々を送っている。診療所の正式な受診時間帯は午前7時~午後5時だ。患者が多い日は診察が終わるまで残っているから、朝7時~夜7時までは診療所にいる。手術がない日は大学の医学部で学生に講義をする。今回は片道6時間かかる2泊出張に同行してくれた上、行った先の病院では検査に治療、帰りの車の中では学生のレポート採点をしていた。
看護師だった父親と家族と共に、トーゴ北部の村で育った。「女性が出産するのを助けたい」と考えるようになったのは自然な流れだった。「自分が育ったのは農村部だったから、分娩台がなかったり分娩を助ける器具がなかったり、大変な状況を見てきた」。淡々と語った。
最後のフロンティアとも呼ばれ、近年、企業からの関心が高まっているアフリカ。国や地域によっては、グローバル企業や日本企業の支社が既に事業を行っているところもある。それでもトーゴに進出している日本企業は、まだ数えるほどだ。西アフリカでナンバーワンの良港を持ち、平均5人近い子どもが生まれて人口が増えている同国に経済発展の大きな可能性があるのも事実だ。
近年は「援助から投資へ」と言われるように、アフリカと日本の関係も変わってきた。日本企業の中には、現地従業員の健康確保や医療系ビジネスの市場に関心を持つところもあるだろう。ATBEFの取り組みは、トーゴの女性の健康や人権の向上に加え、今後、トーゴで事業を始めたいと考える企業にとって、手掛かりになるものであるように思えた。
(写真は全て筆者撮影)
8月28日~30日、横浜でアフリカ開発会議(TICAD7)が開かれます。本記事でアフリカにおける医療問題、特に女性に関する課題に関心を持った方は公式サイドイベントがお勧め。現地事情や政策についてお聞きになれます。詳しくはこちら。