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「イスラーム国」の「カリフ」ってどうやって決めるの?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 「カリフ」を僭称したアブー・バクル・バグダーディーの死亡が事実ならば、後継として誰が「カリフ」を僭称するのかは重大な関心事である。既に複数の人物が報道などで取りざたされているが、「イスラーム国」の構成員・支持者・ファンにとって、同派の運動は「国家」であり、さらには理想の「イスラーム統治」を体現する「カリフ制」である。カリフやカリフ制の何たるか、カリフを選出する手続きについては、本邦においてもイスラームの歴史・法学・思想を専門とする研究者の手により様々な解説や情報が提供されているはずなので、その方面については門外漢である筆者の著述よりもそちらを参照されたい。その一方で、「イスラーム国」の実践は「イスラーム的正しさ」を演出(≒偽装)しつつ、ご都合主義的・恣意的(=「時代や状況に即した解釈と実践」と言い直してもよい)な運用も目に付く。つまり、イスラームの歴史・法学・思想を理解したり解説したりしても同派の行動様式に説明がつかない場面もあるし、展望も予想もできないことも当然あるということだ。

 実は、「イスラーム国」は、傘下の広報製作部門で教理・教学についてのプロパガンダを担当する「ヒンマ文庫」を通じ、2015年7月に「カリフ」のような指導者に求められる属性、どのような人々からどの程度の忠誠表明(バイア)を受ければ「カリフ」と認められるのかについて論じたパンフレットを刊行し、「カリフ」の擁立についての同派なりの見解を表明している。このパンフレットは、「カリフ」に相当する偉大な指導者の条件として、13世紀のイスラーム法学者を引用して10項目を挙げている。中でも注目すべきは、「クライシュ族の者であること」が条件として挙げられていることである。パンフレットの冒頭では、預言者ムハンマドにまでさかのぼることができるアブー・バクル・バグダーディーの系譜が記されている(もちろん、客観的事実かどうかは別問題である)。クライシュ族とは、預言者ムハンマドが属するマッカの名門一族のことである。

 どうすれば「カリフ」として認められるか、という問題について、パンフレットは「カリフの選挙人」の「ある程度の人数が」忠誠を表明すればよいと主張している。同時に、「カリフの選挙人」の全員の忠誠表明が必要ではないか、人々みなの忠誠表明が必要ではないか、との疑義を、正当ではない法解釈、(「イスラーム国」が「異教」とみなす)民主主義の発想であるとして一刀両断に否定した。「カリフの選挙人」とはイスラーム法学用語で、そうなるための条件もイスラーム法学の中で論じられている。ただし、「イスラーム国」はそうした議論を省略し、「カリフの選挙人」とはどのような人々か、総数は何人か、そのうち何人が忠誠を表明すれば「カリフ」として認められるのかについては一切説明していない。アブー・バクル・バグダーディーが「カリフ」を僭称した際、誰が「カリフの選挙人」だったのか、何人が同人に忠誠を表明したのか等についての情報も一切ない。

 ここまで、アブー・バクル・バグダーディーとおそらく同人の後継として擁立される者の「カリフ」としての正統性に関する「イスラーム国」の主張を概観したが、ここからは「イスラーム国」の実践に注目しよう。同派にとっては、「国家」とはイスラーム教徒(ムスリム)の共同体のことであり、現在の国際社会で通用している「国家」の意味とは異なる。また、「イスラーム国」にとっての「国民」はムスリムのことであり、現在の居住地や人種、肌の色…などなどを問わず平等な権利を享受することになっている。ところが、現実の「イスラーム国」の振る舞いは、あからさまな地域・人種差別に満ちていると言ってもいいほどのものであった。

 イラク・シリアにおける「イスラーム国」には、2011年~2017年ごろまでに世界中の100カ国以上から4万人を上回る戦闘員やその家族が流入したとされる。アラブ諸国ではサウジ、チュニジア、ヨルダンが大口の人材供給地だったし、旧ソ連諸国(チェチェンやタジキスタンを含む)からも多数が密航した。また、インドネシア、バングラデシュなどのアジア諸国や、EU諸国からも多数が密航した。建前通りならば、こうした外国人も平等に処遇され、能力に応じた地位に就くはずだが、イスラーム過激派として戦闘経験が豊富だったチェチェン人の幹部の一部を除き、チュニジアや旧ソ連出身者はまさに惜しげもなく自爆要員として起用された。欧米出身者・アジア出身者もプロパガンダ動画の出演者としてはそれなりに重宝されたが、中核的な幹部になった者はほとんどいないようだ。また、「イスラーム国」は「西アフリカ州」、「ソマリア州」、「中央アフリカ州」などの「支部」を設けアフリカ大陸にも拡散したことになっているが、アフリカ在住の合流希望者に対し、イラク・シリアに来るのではなくアフリカに設けた「州」に向かうように促していた。つまり、アフリカ系の人員には来てほしくなかったのである。このような差別的な構造は、マグリブ諸国にある諸「州」おいては、チュニジア人、リビア人などが組織を運営し、スーダンやサハラ諸国の出身者が下っ端の自爆要員に起用される、という形で再生産されていたように見受けられる。

 クライシュ族の者や預言者ムハンマドの系譜をひく者は、論理的には世界各地に存在しうる。彼らの一部は、外見・言語・文化の面で預言者ムハンマドの時代の人々とずいぶん異なっていることだろう。「イスラーム国」の意識や実践に鑑みると、例えクライシュ族や預言者ムハンマドの子孫でも、次の「カリフ」がアフリカやアジア出身者から輩出されるとは考えにくい。アラビア語が下手で「カリフ」らしく演説できないであろう「移民2世、3世」のような人々も難しいだろう。また、アフリカ、中央アジア、東南アジアなどにある諸「州」から「カリフ」が擁立されることも、「カリフ」がこれらの地域に移転する(=「イスラーム国」が「拡散する」)ことも考えにくい。タイトルの問いに答えるならば、「イスラーム国」はあくまで犯罪組織、テロ組織としての利害や周囲の環境、そして見栄えを考慮して頭目を選出するのだが、それを「イスラーム的正しさ」で演出するのに適当な章句や解釈をコーランなどから見つけ出してくるのだろう。そして、アブー・バクル・バグダーディーが「カリフ」を僭称し、「カリフ」を演じた時と同様、「イスラーム国」という運動・組織を運営している者たちが創造した「カリフ」を承認し忠誠を表明するよう、末端の組織・構成員や支持者・ファンに要求するという手続きに進むことだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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