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総合格闘技の練習を開始するフロイド・メイウェザーの本気度

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
「次はオクタゴンのリング」と張り切るメイウェザー(写真:Esther Lin)

UFCルールでマクレガーと再戦

 昨年のクリスマス前、総合格闘技(MMA)UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)参戦をほのめかしたボクシングのアイコン、フロイド・メイウェザー(米)。一旦そのニュースは消滅したが、ここ最近、話がぶり返している。本格的にUFCのリングに上がるため練習をスタートするというのだ。ボクシングでは無敵だった男が果たしてどこまで異種の才能を磨き上げるか定かでないが、目標は昨年ボクシングルールで対戦したUFCのチャンピオン、コナー・マクレガー(アイルランド)とのUFCルールによるリマッチだという。

 マクレガー戦の時も冷ややかな視線を向けたボクシング界は今回も「お好きにどうぞ」という雰囲気だ。そして今度も噂の域を出ず、いずれ転向話は消滅するだろうと予測している。私もその一人だが、マクレガー戦はボクシングの初心者相手に勝利が保証されていたものの、UFCルールとなれば立場は完全に逆。リスクが大き過ぎる。ボクシングでも打たれることを極端に嫌がり、ディフェンス重視の戦法を貫いたメイウェザーが自らオクタゴンのリングで醜態をさらけ出すとは想像できない。

 それでもマクレガー戦の時も試合のほんの2,3ヵ月前まで実現すると信じる人は多くなかった。条件(ファイトマネー、興行収益)が整えばいかなることでも叶えてみせるのがメイウェザーという男の真髄に思える。今回もそれに当てはめると100パーセントあり得ないとは断言できない。最初に報じたのがTMZというショービジネスとスポーツ選手のゴシップを中心に流すサイトだとしても読むに値するニュースだった。

ボクシングルールでマクレガーをストップした昨年8月の一戦(写真:ボクシングシーン)
ボクシングルールでマクレガーをストップした昨年8月の一戦(写真:ボクシングシーン)

コーチは現役チャンピオン

 TMZの直撃取材を受けたメイウェザーは「私はレスリングができる。私のレスリングの力は捨てたものではないよ。10段階としたら7ぐらいかな。それを練習次第で9までもって行けると思う。もちろん手の分野(ボクシング)では10段階の100だ。キックの方はおそらくまだ4ぐらいだろう」と回答。コーチ役にはUFCウェルター級王者タイロン・ウッドリー(米)が就任した。

 周囲は3ヵ月ほどのトレーニングでMMAデビューが可能とも伝えるが、2人は慎重だ。

「すぐにスタートするけど、もう少し時間が必要だ。たとえ6ヵ月から8ヵ月かかっても構わない。私たちはすべてが順調に正しく進むことを希望する」(メイウェザー)。「私が彼に教えるべきことは、いかにレスリングを避けるか、いかに相手のキックをもらわないかだ。各ラウンドが開始する時、必ず立った姿勢でスタートする。1ラウンド5分間、いかにその体勢を長くキープできるかがカギとなる。4ヵ月ほどで人に見せられるぐらいになるだろう。キックと組み合い、投げ技が披露できるまで6,8ヵ月というところだ」(ウッドリー)

 コーチのコメントは極端に言えば「キックと寝技に目をつぶり、ボクシングで勝負する」ということになる。果たしてそれは可能なのか?

元チャンピオンは3分で降参

 ボクシングでミドル級、スーパーミドル級、クルーザー級の世界王者に就き、ヘビー級でも元統一王者イバンダー・ホリフィールドを破った著名選手ジェームズ・トニー(米)が2010年8月、UFCに参戦。ランディ・クートゥア(米)に初回3分あまりで寝技に持ち込まれ、締め技で惨敗した。トニーとメイウェザーを一概に比較できないが、当時42歳になったばかりのトニーと現在41歳のメイウェザーはほぼ同じ年齢。もしUFCの土俵で戦うと、かなりシビアな結末も予測可能となってくる。そんな屈辱に50勝無敗のレコードで引退した、人一倍プライドが高い男が耐えられるだろうか。

 これまでのメイウェザーの試合、莫大な収益を生んだマニー・パッキャオとの一戦の前に行ったマルコス・マイダナ(アルゼンチン)との2戦では突進する相手を巧妙にクリンチでさばく場面が見られた。馬力があるマイダナがクリンチをほどいて攻め込もうとするが、そうさせない体の力が感じられた。投げを食らって倒されればわからないが、コーチが指摘するように立ち技の体勢では体が密着してもメイウェザーはそれほどピンチに追い込まれることはないと推測される。

 問題はキックへの耐久性か。フットワークでかわそうとするだろうが、一発ももらわないことは不可能。同時に自身のキック力が今後の特訓でどれだけ向上するか判断しかねる。そこにも41歳という年齢が立ちはだかる。どう考えても無謀に思える。

 もしメイウェザーが初心どおりトレーニングに専念してUFCデビューに邁進すれば、それは彼のニックネーム“マネー”への執心しかないだろう。いきなりマクレガー戦が組まれることはないと思うが、早くもオッズが発表されており、2人が19年9月までにUFCルールで再戦するとして、賭け率は10-1でマクレガー有利と出ている。

クートゥアに1ラウンドで屈したトニー(写真:ボクシングシーン)
クートゥアに1ラウンドで屈したトニー(写真:ボクシングシーン)

本当の理由は何?

 繰り返すが、こんな恥辱的な数字にメイウェザーが無神経でいられるはずはない。異種格闘技とはいえ、負ければボクシングのきらめくキャリアに重大な汚点を残す。熱狂的なファンを悲しませる愚行にはしるとは普通、考えられない。

 ところでウッドリーはUFCのダナ・ホワイト会長とは対立する関係らしい。メイウェザーはそこに着目したのかもしれない。ホワイト氏はマクレガー戦でメイウェザーのファンベースを獲得したといわれる。ボクシングファン同様、彼らは“マネー”の負けるシーンを渇望する。メイウェザーの挑発的な発言も彼らの神経を逆なでする。同氏に対抗する立場を取りながら「近い将来、俺をリングに上げざるを得なくなる」というプランを描いているのかもしれない。

 とはいえ、メイウェザーの頭にあるのはマネーへの執着に違いない。米国メディアはメイウェザー・プロモーションズのトップとしてボクシング興行を開催する彼が将来、プロモーターとしてUFCに進出を狙っていると憶測する。その時、目玉選手と考えているのがウッドリーなのだという。少しできすぎているストーリーかもしれないが、“収益拡大”という言葉がすべてを解決する。UFCの練習は、それに備えてデモンストレーション効果を狙ったもの? もしそうなら、ファンもメディアもまたしても彼に振り回されていることになる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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