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春先の池の氷には絶対にのってはいけない 氷がピキッと割れる瞬間をカメラがとらえた

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
放射状に亀裂が入った氷。強固な氷なら衝撃を受けこのようになるが(筆者撮影)

 春先、気温が緩む季節となりました。ワカサギ釣りなどでため池の氷の上にのるには危険な季節です。人がのった氷がピキッと割れる瞬間をカメラがとらえました。そこには落ちたら這い上がれない怖い現実もあります。

映画の世界が現実の動画に

 映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」には、幼少期のマドレーヌ・スワンが結氷湖上で追っ手から逃がれようとしたその時、足元の氷がピキッと割れるシーンがあります。映画館のスクリーンに目が釘付けとなり、ドキドキしたものです。

「ピキッと割れる。」それは映画の中の世界だけの話なのか、それとも現実の世界にも起こりえるものなのか。疑問を解くべくその瞬間をカメラでとらえましたので、動画1にて早速ご覧下さい。

動画1 氷がピキッと割れる瞬間(筆者撮影 17秒)

 動画を撮影した現場の氷の厚さは1.5 cmから2.0 cmの間くらいです。かなり危険な厚さです。これは人が氷上にのることによって割れるか割れないかのギリギリの厚さと言えます。

 身長170 cm、体重75 kgの筆者がまず1歩目を氷の上にのせました。その瞬間にピキッと音がして氷に亀裂が入りました。動画下の足元から画面の上に向かって亀裂が瞬間的に走ったのが見えたでしょうか。

 次に2歩目の左足を氷の上にのせようとした時です。右足にさらなる荷重がかかり、ピキッという音とともに右足の先にて横方向に亀裂が走りました。これ以上は足を前に進めることができなくなってしまいました。

 ここまで、氷とは言っても表面は乾燥していたので、靴が滑るということはありません。よく乾いた氷を指で触ると滑るよりはむしろ指にくっつくことがあります。そんなイメージをもってもいいかなというところです。

 映画では、足元から放射状に亀裂が走るような描写をよく見かけます。カバー写真に示した通りピキッピキッピキッと蜘蛛の巣のような亀裂が走るとすれば、それはかなり強固な氷の上のことです。思いっきりかかとを氷の表面に落としたり、ジャンプをして着地したりした時に現れます。

 一方動画1に示したように、比較的強度の低い氷では、足を乗せた瞬間にある一方向に亀裂が走るものです。

亀裂が入ったらアウトなのか?

 足元の氷に亀裂が入ったら「命はなくなる」と思ったほうが良いです。特にある方向に一直線に亀裂が入ったとすれば「進むも地獄、戻るも地獄の状況を暗示する」と言っても過言ではありません。

 動画1の続きとして、動画2を準備しました。動画の中では、2歩目のピキッの後に、前進をためらう足のステップがそこにありました。つまり、人はこういうときに元にいた陸に戻ろうとするものですが、筆者もご多分に漏れず、そのとおりの行動に出ました。

 体の方向を反転するために右横に1歩を踏み出しましたが、やはり氷に亀裂が入りました。その後数ステップを踏み出すことで、亀裂の隙間から氷の下の水が滲み出してきたのが分かるでしょうか。

 こういう状況に陥ると、氷の破片がただ水に浮いているだけとなります。ここに足を踏み入れると、氷の破片の隙間から足が水底に向かって吸い込まれていくように落ちていきます。

動画2 さらに氷の上を歩く様子。見ているだけでもドキドキしてしまう(筆者撮影 41秒)

 動画2では氷の下から溢れ出てくる水の様子、そこに足をのせつつ足のステップが戸惑いを隠せない状況がよく表現されています。 

 とうとう右足が割れた氷とともに水中に潜りました。左足で体重を支えながら辛うじて右足を水中から抜いたのですが、次の右足の1歩でやはり没水、そして左足も没水し、両足が水の底に沈むことになりました。

 この動画撮影は、水の深さが50 cmのプールで行われましたので、水深は筆者の膝下。それでも最後は筆者の足の動きがプチパニックのような動きの映り様となりました。

全身が浸かる深さだとどうなるのか

 死に至る危険性が大きく分けて2つあります。

 危険性のその1は低水温です。氷が安定して張っているということは、その下の水の温度はほぼゼロ度です。無防備に落水すれば、水に浸かった体にはその冷たさから直ちに針に刺されたような痛みが容赦なく襲ってきます。そして指先を始めとして全身の筋肉が次第に硬直して動かなくなっていきます。

 危険性のその2は氷上に這い上がれないこと。氷の下からの溢れた水は氷の表面を濡らし、その氷上に手をかけても滑ってしまい、這い上がることができなくなります。周囲の人が慌てて助けに来ても次々に氷上で滑り、氷の穴に吸い込まれていくかもしれません。この滑り様と言ったら、本当になすすべがありません。

実際に発生した水難事故

 平成29年2月27日に岩手県奥州市で発生した水難事故では、ため池にワカサギ釣りに来ていた釣り人の4人が、割れてできた氷の穴の下の水底から翌日に溺れた状態で発見されました。

 このため池では、寒くて十分な厚さの氷が張っている1月頃から釣り人がワカサギ釣りに訪れて、氷に穴を開けて釣りを楽しんでいたようです。

 ただ、時期的に春先は氷も緩む季節。岸から10 mほど離れた氷にできた穴の状況から、4人が釣りをしていた場所の氷が割れて落水したことが予測できます。一日の変化をみても氷の厚さが大きく変わる日に氷上にのってしまったのでしょうか。「昨日はだいじょうぶだった。朝も大丈夫だった、今も大丈夫だろう」が通用しないのが水難事故であります。

春先の氷の上には絶対にのらないように

 今回の記事にてご案内した動画では、筆者は厚着の上にドライスーツを着用して水没しても体が急激に冷やされない対策をしています。

 水難学会所属の氷上救助者、並びに救助隊所属の消防職員と、十分な経験を積んでいるベテランの医師を配置して、万が一の事象に対応できる体制のもとで行っています。

 氷から落水すれば、本当に命を失いかねません。氷の上に興味のある方々はぜひ今回の動画を視聴するにとどめて、春先の氷には絶対にのらないようにしてください。

 そして、春先から行動範囲が広がる子供たちにも「氷の張った池には絶対に近づかないよう」に言って聞かせてあげてください。

 本事業の一部は、日本財団令和4年度助成事業「わが国唯一の水難事故調査 子供の水面転落事故を中心に」の助成により行われました。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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