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世界に広がる土地買収【後編】海外の土地を最も買い集めている国はどこか―「土地収奪」の主役たち

六辻彰二国際政治学者
土地収奪に反対するベトナムの農民(2016.9.20)(写真:ロイター/アフロ)

 世界の大規模な土地の売買をフォローしているランド・マトリックス・データベースによると、2000年1月1日から2018年3月9日までに世界全体で売買された土地は50,534,384ヘクタール。サッカーのフィールドにして70,186,644個分で、ポルトガルの面積の5.5倍にあたります

 このなかには外国企業によるものも数多く含まれます。その土地買収は合法的なものがほとんどですが、それでも外国企業によって土地が独占的に利用され、場合によっては自然環境や現地の人たちに悪影響を及ぼすものも少なくありません。そのため、「土地収奪」はグローバルな問題として浮上していますが、規制はあまり進んでいません。

 規制が進まない背景には、他国による「土地収奪」を批判する国自身が、多くの場合それと無縁でないことがあります。いわば「みんながやっているなかで自分だけやめられない」という構造自体が、「土地収奪」の最大の問題といえるでしょう。

誰が買っているか?

 それではまず、世界で進む土地買収をデータからみていきます。データはランド・マトリックス・データベースのものを用います。ここでは公開されている、200ヘクタール以上の取り引きが対象となっていますが、オーストラリアなどデータベースから漏れている国もあります。

 さて、表1は他国の土地を独占的に利用する契約を結んだ企業の出身国を、面積順に並べたものです。いわば土地を大規模に「輸入」している国のリストで、ここでは他国企業との合弁事業は除き、単独での事業に限定します。また、購入だけでなく長期リースも含まれます。

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 ここからは、「輸入国」の多くが欧米諸国、アジアの新興国、中東の富裕な産油国に集中していることと同時に、米国が「輸入」面積で2位以下を大きく引き離し、世界全体の土地買収の約7分の1を占めることが分かります。一方、他国の土地を買い集めているとしばしば指摘される中国は、その対象国が米国と同じ32ヵ国で、取り引き成立数では米国を上回るものの、面積では4分の1以下にとどまります。

 さらに注目すべきは、シンガポール、アラブ首長国連邦(UAE)、ルクセンブルクなど、国土面積が狭いにもかかわらず一人当たり諸国が高い国のなかに、大規模な土地を海外で入手している国が目立つことです。例えばシンガポールの場合、国土面積の36倍以上の土地を海外から「輸入」している計算になります。

誰が売っているか?

 次に表2は海外企業と独占的な土地利用の契約を結んだ主な国を、その面積順に並べたものです。いわば土地を大規模に「輸出」している国のリストですが、ここでは自国企業と外国企業の合弁企業を除きます。

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 ここからは、ロシアやブラジルといった「大国」に属する国も含まれるものの、「輸出国」の多くがアフリカの貧困国に集中していることが分かります。なかでもコンゴ民主共和国は、世界全体での土地の売買の約8分の1を占めます。その他、南スーダン、モザンビーク、マダガスカル、エチオピアなど、アフリカのなかでも所得水準の低い国に「輸出国」が目立ちます

 その一方で、ウクライナやカンボジアなどは、件数が多いだけでなく、取り引きされた土地が国土面積の4パーセント以上を占める点で特徴的です。カンボジアの場合、中国だけでなく欧米諸国、中東産油国と幅広い取り引き相手がいますが、これに対してウクライナの場合、ほとんどの取り引きは欧米諸国なかでもヨーロッパの国です。これは親欧米的なヴィクトル・ユシチェンコ大統領(任2005-2010)のもとでウクライナにヨーロッパ企業の投資が相次いだ結果です。

何のために買うか?

 それでは、なぜ土地買収が増えているのでしょうか。図は、その目的別のグラフです。

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 ランド・マトリックス・データベースでは資源開発やインフラ整備のものがほとんど掲載されておらず、それらを除くと農業と林業が圧倒的に大きな比重を占めていることが分かります。

 このうち農業に関しては、将来的な食糧不足への懸念と、2000年代の食糧価格高騰の影響で、安定した食糧調達を求める動きが広がったことが、土地買収の大きな背景になっています。先述のシンガポールなど、富裕でも耕作可能な土地がほとんどない国には、特にその傾向が強いといえます。

 一方、注目すべきは、地球温暖化対策との関係です。バイオ燃料の原料となる作物栽培は、土地買収全体の15パーセントを占めます。サトウキビやトウモロコシから製造されるバイオ燃料は、植物の生育過程の光合成で二酸化炭素を吸収するため、石油など化石燃料と比べて環境への負荷が小さいと考えられています。2015年に採択されたパリ協定で各国に温室効果ガス排出規制が義務付けられるなか、バイオ燃料に改めて注目が集まっていることも、土地買収を促す一因となっているのです。

 最後に、林業も無視できません。先進国をはじめ豊かな国では自国の森林を保護する動きが加速していますが、その一方で木材需要は減っていません。最大の「輸出国」であるコンゴ民主共和国では、広大な国土を覆うジャングル地帯での木材調達が「輸入国」による土地買収の大きな目的になっています。しかし、それは結果的に、コンゴをはじめとするアフリカ各地ではげ山が増加する一因となっています。

合法と正当の間

 土地を買う側は農作物など必要な物資を生産し、調達するために土地を「輸入」します。それに対して、売る側の多くは「他に売るものが乏しい場合」に売ることになります。つまり、土地買収は需要と供給に基づく商業的な取り引きで、その多くは合法的なものです。

 しかし、法に適っていれば正当とは限りません。大規模な土地の取り引きには現地政府との関係が重要になりますが、その国の政府が民主的でも公正でもないことは、特に開発途上国では珍しくありません。その結果、違法なものはもちろん、例え合法的な土地買収であっても、現地政府と癒着した企業による、「土地収奪」とも呼ばれる不当なものが多く含まれるのです。

 世界の「土地収奪」を告発するNGOの国際的ネットワークであるGRAINによると、例えば最大の「輸出国」コンゴ民主共和国では2015年6月、世界的な食品メーカーであるユニリーバが出資し、米英仏などの政府機関が資金協力するカナダ企業が10万ヘクタールの土地を所有し、パームヤシ農園を経営しているのみならず、周辺住民を同国の最低賃金を下回る1日1ドルで雇用していたことが発覚。これが広く報じられたことで、カナダ企業は状況の改善を約束せざるを得なくなりましたが、GRAINのデータベースにはこの他にも世界全体で400件(3500万ヘクタール)以上の「土地収奪」が記録されています。

「土地収奪」はなぜなくならないか

 フランス政府は2018年2月、中国を念頭に外国企業による農地の買収を制限する方針を打ち出しました。日本でも、北海道での森林買収の多くが中国企業によるものです。これらの「中国の悪行」は日本を含む西側メディアで頻繁に取りあげられ、GRAINの報告書でも多く登場することから、中国がグローバルな「土地収奪」の主役の一人であることは確かです。

 その一方で、中国の「土地収奪」への警戒があっても、それを世界レベルで規制する動きにならないのは、ほとんどの主要国が多かれ少なかれ、これに関わっているためです。農産物などの確保に向けた競争が激しくなるなか、「自分だけレースから降りる」という選択は、ほとんどの国にとって困難です。この構造が世界中で土地が不当に取り引きされる状況を促しているといえるでしょう。

 したがって、日本もこれと無縁ではありません。モザンビークでは2014年、日本の国際協力に関わる事業でブラジルとポルトガルの合弁企業アグロモス社が大豆生産のために10000ヘクタールの土地を取得したことをめぐり、大規模な抗議デモが発生しています。

 もちろん、私自身を含む日本人の生活がこの世界の歪みのうえに成り立っているわけですから、「土地収奪」を生む土壌を糾弾するだけでは一向に問題が解決しないことも確かです。そのなかで重要なことは、世界の歪みを意識することです。例えば、食品ロスをなくすことは、「もったいない」という伝統的な観念に適い、自分の財布に優しいだけでなく、過剰な食糧需要、さらには土地買収の必要を減らすことにつながります。我々の日常生活は、良くも悪くも、世界の歪みと無関係ではないといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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