アトピー性皮膚炎患者の皮膚細菌叢:多様性と競合が織りなす複雑な世界
【アトピー性皮膚炎と皮膚バリア機能の関係】
アトピー性皮膚炎は、多くの人々を悩ませる慢性的な炎症性皮膚疾患です。症状が重い場合、激しいかゆみや赤み、皮膚の乾燥などに苦しむことになります。最近の研究で、この病気の発症と進行に皮膚の細菌叢(細菌の集まり)が重要な役割を果たしていることがわかってきました。
特に注目されているのが、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)という細菌です。この細菌は、アトピー性皮膚炎の症状を悪化させる要因の一つとして知られています。
今回の研究では、重症のアトピー性皮膚炎患者16名と健康な人14名の前腕の皮膚を調べました。その結果、アトピー性皮膚炎患者の皮膚では、健康な人と比べて水分が逃げやすく(経皮水分蒸散量が多い)、角質層の水分量が少ないことがわかりました。これは、アトピー性皮膚炎患者の皮膚バリア機能が低下していることを示しています。
【皮膚細菌叢の多様性と黄色ブドウ球菌の影響】
健康な皮膚では、プロピオニバクテリウムやクティバクテリウムといった細菌が多く見られました。これらの細菌は、皮膚の健康維持に役立っていると考えられています。
一方、アトピー性皮膚炎患者の皮膚では、黄色ブドウ球菌やルグドネンシス菌(Staphylococcus lugdunensis)が多く見られました。特に症状のある部分で、これらの細菌が増えていました。
興味深いことに、健康な皮膚では細菌同士の協調関係が強いのに対し、アトピー性皮膚炎患者の皮膚では細菌同士の競争関係が強くなっていることがわかりました。特に黄色ブドウ球菌は、他の細菌と競合しながら増殖していると考えられます。
【黄色ブドウ球菌の遺伝的多様性と共通の特徴】
研究チームは、アトピー性皮膚炎患者から採取した15種類の黄色ブドウ球菌の遺伝子を詳しく調べました。その結果、これらの細菌は遺伝的に多様であることがわかりました。
しかし、遺伝的な違いにもかかわらず、これらの細菌は共通の特徴を持っていました。例えば、皮膚に付着しやすい性質や、バイオフィルム(細菌の集合体)を形成する能力などです。これらの特徴は、黄色ブドウ球菌がアトピー性皮膚炎患者の皮膚で生き残り、増殖するのに役立っていると考えられます。
この研究結果は、アトピー性皮膚炎の治療に新たな可能性を示唆しています。従来の治療法に加えて、皮膚の細菌叢のバランスを整えることで、症状の改善が期待できるかもしれません。例えば、有益な細菌を増やしたり、黄色ブドウ球菌の増殖を抑えたりする方法が考えられます。
今回の研究には限界もあります。例えば、調査対象者の数が少なく、in vitro(試験管内)での実験結果が実際の皮膚環境を完全に反映しているとは限りません。また、日本人を対象とした同様の研究はまだ少ないため、日本人のアトピー性皮膚炎患者でも同じ結果が得られるかどうかは、さらなる研究が必要です。
しかし、この研究は皮膚細菌叢とアトピー性皮膚炎の関係について重要な洞察を提供しています。今後、より大規模な研究や長期的な観察研究を通じて、これらの知見がさらに深められることが期待されます。
アトピー性皮膚炎でお悩みの方は、症状が重い場合や自己判断での対処が難しい場合は、必ず皮膚科専門医に相談してください。適切な治療と日々のスキンケアを組み合わせることで、症状の改善や管理が可能になります。
参考文献:
Sivori F, Cavallo I, Truglio M, et al. Staphylococcus aureus colonizing the skin microbiota of adults with severe atopic dermatitis exhibits genomic diversity and convergence in biofilm traits. Biofilm. 2024;8:100222. DOI: 10.1016/j.bioflm.2024.100222