WEリーグ初代MVP・山下杏也加が示したゴールキーパーの価値。GKの受賞は日本女子サッカー界で初
【リーグ最少失点を支えたGK】
2021年に始まった女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」初代MVP(最優秀選手賞)を、INAC神戸レオネッサのゴールキーパー(GK)山下杏也加が受賞した。
日本女子サッカーリーグが発足した1989年から今まで、GKの受賞は一度もない。Jリーグでも、過去29回の表彰式でGKがMVPになったのは、2010年に楢崎正剛さんが受賞した1回のみ。受賞回数をポジション別で見ると、女子はFW18回、MF13回、DF2回。男子はMF13回、FW12回、DF3回、GK1回と、攻撃的なポジションにスポットが当たってきた。
今季の山下の活躍は、これまでのパターンを覆す説得力があったということだ。
19試合に出場し、失点はわずか「7」。神戸に加入して1年目ながら、「開幕8試合連続無失点」「16試合連続無敗」などの記録に貢献。
至近距離や1対1のスーパーセーブで度々、スタジアムを沸かせた。ビルドアップに関わる足下の技術も高く、優勝が決定した相模原戦ではFW田中美南の先制ゴールをロングキックでアシスト。高いラインの背後のスペースを狙われることもあったが、的確な判断とスキル、「絶対に決めさせない」という気迫でも圧倒した。
「みんなが必死にボールを追いかけてくれたからこそ、失点も少なかったですし、美味しいところを止めただけのキーパーですが、(MVPを受賞できて)本当に嬉しいです」
山下はチームメートに感謝を述べた。
順風満帆だったわけではない。チームは最後まで首位を譲ることなく優勝したが、皇后杯では10代の選手が主体の日テレ・東京ヴェルディメニーナに敗れ、リーグ戦でも内容面で劣勢を強いられる苦しい試合はあった。抑えきれない感情が発露し、冷静さを失っているように見える場面もあった。
GKにしか見えない景色がある。だからこそ味方に状況を伝え、要求し続ける。練習から失点をなくすことにこだわり、檄を飛ばすこともあったという。「自分が伝えたことに対して、(言葉や反応が)返ってこなくて、一方通行になっているような感じもあります」と、思いを吐露した(3月)こともある。ただシーズンを通して見ると、ディフェンスリーダーのDF三宅史織の頼もしい活躍や攻撃陣の奮起もあり、前半戦に比べて、後半戦はチーム全体の熱量が上がったように感じた。
「選手同士で話し合う機会を増やして、サッカー以外の問題もみんなで乗り越えたことで、上っ面のチームではなくなりましたね」
星川敬監督は今季を振り返り、そう語っていた。そして、山下を「二番手がいないGK」と讃えた。新加入だからと遠慮することなく、熱くチームを鼓舞しながら、山下自身も仲間に支えられてきたことに深く感謝している。
「今季はサッカーでもピッチの外でもたくさんの人に迷惑をかけました。いろいろな方のサポートがなければ、自分はこの(表彰式の)場にいないと思います」
自分に言い聞かせるようにそう言った。
【華やかなスタイルでアウォーズに登場】
白のジャケットに、白のパンツ、胸元にスカーフ、足下はモカシン。アウォーズのステージに登壇した山下のスタイルは、華やかな装いで登場した選手たちの中でもひときわ目を引いた。ただ、MVP受賞は事前に知らされてはいない。
1993年のJリーグで初代MVPに輝いたキング・カズ(三浦知良)が、赤いジャケットで授賞式に登場した時のインパクトは多くのファンの記憶に刻まれている(動画)。そのことを例に挙げ、共同通信の記者が質問した。
「どういう思いでその服を選んできたのですか?」
山下はこう答えた。
「(岡島喜久子)チェアから、『(アウォーズを)派手にやりたい』という声があったので、昨日買ってきたんですけど、みんな思ったより暗めだったのでちょっと恥ずかしいです(笑)。(「花より男子」の)花沢類を意識しました」
茶目っ気が伝わるコメントに、会見場の空気が和んだ。
GKのMVP受賞は、これから女子サッカーを始める子供たちにも影響を与えるだろう。山下自身、サッカースクールで子供たちと触れ合う時に、GKを希望する子がほとんどいないことを寂しく思っていたという。
「これからはGK(というポジション)にも注目してみてほしいな、と思います。たくさんの子供たちに『サッカーをやってみたい』『もう一回試合を見に行きたい』と思わせたいので、(来季は)よりハイレベルなプレーをお見せできるように頑張ります」
熱いGKが日本女子サッカー界を牽引していく。
*表記のない写真は筆者撮影