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【戦国時代】その正体はくノ一?武田信玄に仕えて暗躍した謎の巫女“望月千代女(もちづき・ちよめ)”とは

原田ゆきひろ歴史・文化ライター

ときは1563年、家康の治める三河の国で、一向一揆の騒乱が勃発。まだまだ勢力が大きくなかった当時、この反乱はただでさえ痛手でした。しかし彼にとって、さらにショッキングだったのは自らの家臣にも、一向一揆側について弓を引いてきた武将がいた事実です。

その中にはのちに参謀となる、本多正信までもが入っていました。家康軍は何とか鎮圧に成功しますが、その衝撃は相当なものであったことは、間違いありません。

さて、2023年の大河ドラマ“どうする家康”でも、この出来事は描かれていましたが、その回のラストには山道を歩く、謎の巫女たちが登場しました。

阿部寛さん演じる武田信玄は、とある巫女に話しかけます。

「一揆は存外、早くに収められたのう」


「はっ。もう少し、引っかき回しとうございましたが・・」

脚本においては、じつは武田家が糸を引いていたという解釈がなされましたが、このとき一揆勢を扇動していた“千代”という役のモデルが、望月千代女と呼ばれる人物です。彼女の正体は、いったい何者なのでしょうか。

未亡人から神職へ

三河一向一揆の2年ほど前、武田信玄は川中島で上杉謙信と死闘をくり広げていました。もっとも激戦となった4回目の合戦では、武田勢も多くの家臣が討ち死に。その1人には信玄の甥にあたる、望月盛時(もちづき・もりとき)という武将がおり、千代女は彼の妻だったと言われます。

未亡人となってしまった彼女は、最初は旧縁を頼って生活していたと言いますが、あるとき武田家から甲斐と信濃にまたがる、巫女たちのリーダーを命じられます。

また信玄は信濃の祢津(ねづ)村という場所に、巫女を育成する道場も設立しました。

当時、周辺地域はいたるところで合戦が勃発し、身寄りのない孤児や捨て子も増えていましたが、千代女はそうした子らを集め、生活の面倒を見たと言います。

子どもたちが先々も生きる術を得られるように、読み書きなどの教養を教えたり、少女であれば巫女として技能を伝えることもあったと言います。

自らも戦乱で家族を亡くしており、同じく辛い境遇に置かれている子たちの気持ちが、よく分かったのかも知れません。

歩き巫女は諜報員?

やがて千代女は、何人かの巫女や従者を引き連れ、全国を練り歩くようになりました。現代のイメージでは、巫女さんといえば神社に務めているものですが、当時は特定の神社に所属せず、各地を巡る“歩き巫女”という形態が存在していました。

各地で祈祷や伝道を行うほか、ときには困りごとの相談に乗ったり、巫女として才能のある人物を見つけると、新たに自分たちの仲間へ加えることもあったそうです。

しかし、それらは慈善事業でやっているだけでなく、武田家が後ろ盾となっている以上、じつは忍者や諜報員に近い役割も兼ねていたと言います。

戦乱の最中にあっては、各大名とも領内への怪しい人物の出入りは、とうぜん警戒します。しかし今よりもはるかに神仏の存在が信じられていた時代、巫女たちを不遇にするのは、権力者といえども気が引けるものです。

何より巫女を諜報員にするという発想自体が、当時としては思いもよらぬことで、武田信玄の発想はかなり斬新でした。

また領民に困りごとを相談されるということは、色々な不平不満やウワサも耳にします。武田家とすれば「○○は寝返る可能性があるな」「この地域に兵を集めているな」など、今後の軍略にとって重要な指針となるのです。

武田軍はただでさえ高い戦闘力を誇りますが、こうした最新情報をもとに、信玄はもとより真田家など1流の策略家が計略を加えることで、並みいる戦国大名から頭ひとつ抜けた存在となっていました。

この歩き巫女たちが大河ドラマのように、扇動まで行っていたかは分かりません。しかし信玄は多数の密偵を駆使するなど、情報収集を極めて重視していたのは事実です。

一見“動かざること山の如し”に見える段階から、勝ち筋は着々と組み立てられ、それが“疾(はや)きこと風のごとし”の動きへと、繋がっていたのかも知れません。

慈愛の巫女か?非情の諜報員か?

さて、千代女は身寄りのない子どもをお世話していましたが、優れた才能をもつ少女を見出すと、巫女兼・諜報員として育成していたとも言います。

こう聞くと、千代女の善意は偽りであり、目的のためなら何でも利用する非情な人物にも見えますが、実際はどうだったのでしょうか。

その真実は歴史のみ知るところですが、歩き巫女として本当に人々の悩みを解決したことがあったからこそ、いく先々で信頼を得られたと考えられます。また孤児たちが飢えないよう“手に職”を授けていたとも言えます。

・・ちなみにイメージとして、ジブリアニメの“もののけ姫”は、戦国に近い時代を舞台にしていますが、作中に登場する“エボシ御前”は、冷酷な行動も厭わない女性として描かれます。

工房集落“タタラ場”の防衛や発展につながることであれば、犠牲が出る戦いや森への侵略も躊躇しません。

一方で、病人など社会的弱者の人々を積極的に保護し、彼らから心から尊敬されている一面もあり、善悪では計りきれない部分がありました。

千代女のエピソードも、彼女の設定と似通った部分を感じずにはいられません。とくに明日をも知れない乱世の時代にあって、善悪はきっちりと割り切れない部分が、数多くあったことでしょう。

慈愛の巫女と、非情の諜報員。どちらが本性かという2択ではなく、どちらも望月千代女という人物の真実だったのではと、そのように思えてなりません。

歴史・文化ライター

■東京都在住■文化・歴史ライター/取材記者■社会福祉士■古今東西のあらゆる人・モノ・コトを読み解き、分かりやすい表現で書き綴る。趣味は環境音や、世界中の音楽データを集めて聴くこと。鬼滅の刃とドラゴンボールZが大好き■著書『アマゾン川が教えてくれた人生を面白く過ごすための10の人生観』

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