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横須賀中央の良心、大衆そば屋「えびすや」が8月末で43年の歴史に幕-香るつゆ・スカ天-

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
横須賀中央駅から5分、若松町にある「えびすや」(筆者撮影)

 京急横須賀中央駅(神奈川県横須賀市)から程近い若松町にある創業43年の大衆そば屋「えびすや」が8月31日をもって閉店するという。

「えびすや」は横須賀中央の良心だ

 女将の須藤玲子さんが30歳半ばから元気に営業してきた店で、歴代の市長も密かに食べに来ていたという。若者が来ては女将に人生相談をして食べて行く。値段も安く朝7時から営業している。まさに「横須賀中央の良心」といわれてきた超庶民的な店である。閉店のうわさを聞いて、2019年2月以来、実に2年半ぶりに訪問することにした。

以前と変わらない横須賀中央駅に降り立つ

 京浜急行横須賀中央駅に降り立てば、残暑の空は青く南国情緒が漂う。中央酒場も海軍カレーの店もコッペパンの店も健在である。「えびすや」は駅から5分ほど。開店準備中の焼き鳥「相模屋」がある裏道を進み右折するとすぐ到着する。

 「えびすや」がみえてきた。店の周りは再開発が進んでいる。閉店に至ったのもそんな背景があるのかもしれない。

いつもと変わらない横須賀中央駅(筆者撮影)
いつもと変わらない横須賀中央駅(筆者撮影)

駅前コンコースから大通りをみる(筆者撮影)
駅前コンコースから大通りをみる(筆者撮影)

焼き鳥相模屋がある裏路地をまっすぐ行って右折(筆者撮影)
焼き鳥相模屋がある裏路地をまっすぐ行って右折(筆者撮影)

「えびすや」はもうすぐ(筆者撮影)
「えびすや」はもうすぐ(筆者撮影)

元気な須藤女将に癒される

 入店すると従業員のお姐さんがすぐに挨拶してくれた。覚えていてくれたのだろう。女将の須藤さんも元気でなによりだ。

 午前11時前だが席はほぼ埋まっている。常連さんが皆閉店を惜しむ挨拶を交わしている。ほぼ毎日来る家族連れ、近所の旦那衆、高齢の女性客などさまざま。自分も長年の労をねぎらい、「天ぷらゆで玉子そば」(480円)の食券を買って席に着いた。

元気な須藤女将と従業員のお姐さん(筆者撮影)
元気な須藤女将と従業員のお姐さん(筆者撮影)

「えびすや」は昭和54(1979)年に創業

 「えびすや」は昭和54(1979)年に創業した。当時は基地の町として繁栄し、お店は大盛況だったという。須藤さんが作る天ぷらは平べったく、立ち食いそばファンの間では「スカ天」として有名であった。そのまま食べるとカリっとした食感で、つゆにひたすとじわっと溶け出す独特の味である。たぬきもこの天ぷらを元に作っているため、カリカリの食感が味わえると人気である。

これが人気のスカ天(筆者撮影)
これが人気のスカ天(筆者撮影)

「天ぷらゆで玉子そば」は絶品だ

 久しぶりの「天ぷらゆで玉子そば」がすぐに到着した。つゆをひとくち。カツオ節や日高昆布を使った出汁を引いた、甘みの少ない奥深いつゆである。このつゆは本当にうまいと思う。

 そばは田浦にある船食製麺の茹麺だが、湯通ししてもコシがあるしっかりした麺である。スカ天をカリっとかじり、そばを啜り、つゆを飲む。この味がなくなってしまうのは本当に残念である。半分に切ったゆで卵をつゆにひたして食べるといいアクセントである。

久しぶりの「天ぷらゆで玉子そば」(筆者撮影)
久しぶりの「天ぷらゆで玉子そば」(筆者撮影)

大人気の「カレー天ぷらそば」

 ここで大人気の「カレー天ぷらそば」(490円)も紹介しよう。片栗粉とカレー粉を溶いて温めたそばつゆに流して、一緒に玉ねぎを煮込んで透明感のあるカレー餡をつくる。それをかけそばにかけまわし、天ぷらとネギをのせて完成である。出汁の香るつゆ、上にのるカレー餡、カリっとしたスカ天が絶妙のハーモニーを奏でる。

 知り合いの酒と食の達人は「中央酒場」で出来あがった後、「えびすや」の「カレー天ぷらそば」で〆ないと横須賀中央に来た気がしないというほどである。

大人気の「カレー天ぷらそば」(筆者撮影)
大人気の「カレー天ぷらそば」(筆者撮影)

閉店まで頑張ると女将

 客が減った頃、須藤女将に閉店の話を切り出してみた。

「30代半ばの若い頃からやって来て40年以上だから、もうそろそろ体力や動きが限界かな。お店は近隣の皆さんに愛されて本当に良かったと思う。頑張って来た甲斐があった。惜しまれながら閉店するのがよいと思う。それまでとにかく頑張る」としみじみと語ってくれた。

最後まで頑張ると須藤女将(筆者撮影)
最後まで頑張ると須藤女将(筆者撮影)

「冷しそば」は記憶に残る味

 さて、そんな話を聞いていたら完食してしまったので、「冷しそば」(380円)をもう一杯いただくことにした。値段も2年半前と変わらない。ありがたいことである。

 登場した「冷しそば」の冷たいつゆをひとくち。このつゆは冷やしで食べても絶品である。出汁の奥深さが沁みわたる。そばもコシがあってよく冷やされている。シンプルな姿の中に「えびすや」の味が詰まっている。

「えびすや」の味が詰まっている「冷しそば」(筆者撮影)
「えびすや」の味が詰まっている「冷しそば」(筆者撮影)

須藤女将と「えびすや」に感謝

 最後に須藤女将の口上を記しておこうと思う。

閉店のご案内

四十三年に渡り、当地にて営業して参りましたが、誠に勝手ながら令和四年八月三十一日(水)をもちまして「えびすや」を閉店致します。

沢山の沢山の皆様の溢れるばかりの愛を頂戴し、働き者揃いの従業員に囲まれ楽しく「えびすや」を続けることができました。

長年に渡るご愛顧に感謝申し上げると共に皆様のますますのご健勝を心よりお祈り申し上げます。

えびすや店主 須藤玲子

須藤店主の似顔絵入り挨拶も掲載(筆者撮影)
須藤店主の似顔絵入り挨拶も掲載(筆者撮影)

 「えびすや」の味を継承したいという方も多いそうで、どこかで継承店ができるかもしれない。実現するかはまだ何とも言えないそうである。

 若松町のこの地で須藤女将が営んできた世界は終わりを告げる。しかし、日常にあった「えびすや」の味はこれからもファンの心の中で輝きつづけると思う。

 須藤女将と従業員のお姐さんに別れの挨拶をして店を出た。見上げた店前の空は今まで以上に青く澄みわたっていた。

「えびすや」前から見た空は青く澄みわたっていた(筆者撮影)
「えびすや」前から見た空は青く澄みわたっていた(筆者撮影)

えびすや

住所:神奈川県横須賀市若松町1-16

営業時間:月~土7:00~17:00     

定休日:日祝

最終営業日 2022年8月31日(水)

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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